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第80話

 研修の最終日を迎えた。午後からのダンス特別レッスンを終えたら、帰宅となる。


昨夜、翼くんと電話で話した時に、夜は外食に行こうって誘われたけど、翼くんの好きな物を沢山作って驚かそうかな~♪


そんな事を考えながら、レッスン会場になっているホールへ足を踏み入れた。今回レッスンを希望した受講生の中には、珍しく男性の姿もあった。

それから女性講師と黒岩くんが打ち合わせなのか、話し込んでいるのが見える。


「はい、全員揃いましたね。」


打ち合わせが終わった講師が軽く手を叩いて、私達受講生へ向き直った。


「今日はワルツの基礎を覚えて帰って下さいね。まずはお手本を……」


言葉を切って受講生を見渡した講師は、ふと私に目を留めて、前に出るよう促してきた。


「あなたが森崎さんね。前にも受講した事があるとお聞きしましたので、黒岩さんと一緒にお手本を見せて頂けますか?」

「えっ?」


普通お手本って、先生が見せるものよね……それに何故黒岩くんがレッスンまで……


予期しない状況に戸惑っていると、黒岩くんが微笑みながら手を差し伸べてくる。


「森崎さん、どうぞお手を。」


さっき講師と黒岩くんが話し込んでいたのって、この事だったのかも……


そう思った一瞬で、ゾクッ!と寒気が背中を伝った。手まで細かく震えてきそうで、無意識のうちに力が入っている。

翼くん以外の人に抱き締められるだけでは無い……ダンスのレッスンさえも、体が拒否反応を示してくる……


「森崎さん、どうしたの?」


黒岩くんが、不思議そうに顔を覗き込んでくる。


「あ、あの……」


断らなきゃ……逃げなきゃ……


震えを抑えながら断ろうとした時、ホールのドアをノックする音が聞こえ、浦和くんが入ってきた。


「失礼いたします。久しぶりに私もレッスンを受けたいのですが、宜しいでしょうか?」


上品な貴公子の微笑みに、受講生の女性だけでなく、講師までもが色めき立った。


「ど、どうぞ!男性が少ないので助かりますわ♪」


講師がワントーン高い声で答えると、浦和くんは更に口を開いた。


「では、今回レッスンを受けたいという友人も、ご紹介致します。」


ドアから一人、背の高い男の子が入ってくると、黄色い歓声が沸いた。


  『きゃぁ!元カリスマモデルの秋人だ♪』

  『えっ?あの今はデザイン会社を経営してる人?』


受講生の女性達の会話を聞きながら、流石は浦和くんの友人だわ……と、妙に感心してしまう。だけどその後入ってきたもう一人の姿を見て、思考が停止した。


嘘っ!つ、翼くん?!


口をパクパクさせて固まる私を見て、翼くんは悪戯が成功したかのような笑みを向けてくる。

若干の動揺を見せながら、講師が口を開いた。


「で、では、レッスンを再開致します。まずは黒岩さんと森崎さんのお手を……」

「先生、それ、俺がやってもいいですか?」


講師の言葉を遮ると、返事も聞かないまま、翼くんが私に歩み寄ってきた。


「森崎さん、よろしくお願いします。」


にっこりとしながら差し出された翼くんの手を自然に取り、二人でホールの中央へ向かう。そして、身体を密着させてボジションを取り、流れてきたワルツに合わせてステップを踏み出した。


もう震えなんて感じない……翼くんと触れあうだけで、こんなにも気持ちが落ち着いてくる……


「翼くん、ありがとう……」


小声でお礼を言うと、翼くんは不思議そうな顔をしながらも微笑んでくれる。


「百合ちゃんのパートナーを誰にも譲りたく無かったんだけど、喜んで貰えて嬉しいよ♪」


私の事情を知っている浦和くんが、翼くんに話したのかもしれない。もしかしたら、翼くんは無理してスケジュールを開けてくれたのかもしれない。

みんなに申し訳無いと思う一方で、翼くんと踊るのが楽しくて仕方ない。


「翼くんと踊りたくて、レッスンを申し込んだんだもん。嬉しくて当たり前じゃない。」

「うわっ!何?その殺し文句……今すぐキスしたくなるんだけど。」

「同僚になる人達の前だから、可能なら抑えてね。」

「頑張りま~す♪」


二人だけの会話を楽しみながら、微笑みあった。


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