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第79話

 「……というスケジュールで、今回の研修を進めていきます。」


研修の前に黒岩くん、いや、黒岩課長が研修の詳しい行程の説明を始めた。


「それと、最終日の午後からになりますが、希望者のみダンスのレッスンを受ける事が出来ます。希望者は本日中に申し込みをして下さい。」


へぇ~。まだダンスのレッスンやってるんだ。翼くんも映画の撮影でダンスの腕を上げたって言ってたし、久しぶりにレッスンを受けてみようかな……


そう思い立って、早速申し込みをした。




 「森崎さん、一緒にランチしない?」


講義が終わったお昼時、研修会場の会議室を出ると、黒岩くんが待っていた。


「黒岩く……いや、黒岩課長。」


呼び名を言い直すと、黒岩くんは苦笑いを浮かべた。


「調子が狂うから、仕事以外では前と同じでいいよ。」

「ふふ、了解!」

「森崎さんが辞めた後、このホテルに新しいカフェテリアが出来たんだ。良かったら、そこへ行かない?」

「もしかして、ロビーのところ?雰囲気が変わってたから、行きたいと思ってたんだ!」

「なら決まりだね!案内するよ。」

「うん、よろしくね!」


こうして、黒岩くんと連れ立ってカフェテリアへと足を運んだ。




 カフェテリアのテラス席に腰を下ろし、黒岩くんお薦めのランチを注文する。


「……で、氷室さんは社内結婚して、今は旦那さんの転勤先のサンフランシスコへ行ってるんだ。」

「へぇ~!そうなんだ!」

「英語が苦手だって言ってたから、苦労してそうだよな。」

「ふふっ!そういえば、私も聞いた事があるわ。」


久しぶりに聞く同期達の話はとても新鮮で、話に花を咲かせながら食事を楽しんだ。

だけど、アフターコーヒーを飲み始めた時、黒岩くんは急に真面目な顔つきをしながら、カップをソーサーに置いた。


「……みんな心配してたぞ。森崎さんの事。」

「えっ?」

「急に仕事辞めたと思ったら、まったく音沙汰が無くなったし、氷室さんの結婚式にも来なかっただろ?招待状の返事も無いって心配してたんだ。」

「そうだったんだ……ごめんね。」

「いや、別に謝る事では無いし、今、こうして会えたから良かったけどな。」


氷室さんの結婚式の招待状なんて、見て無い……きっと、元夫に捨てられたんだ……


俯いて深い溜め息をつきそうになった時、驚くような言葉が耳に飛び込んできた。


「なぁ、俺たち付き合わないか?」

「……」


……へっ?

思わず顔を上げて、黒岩くんに目を向ける。ホテルマン特有の穏やかな笑みが、本気かどうか表情を読み取れなくしている。


「バツイチ同士でお互いが解り合えると思うんだ。どう?」

「ど、どうって言われても……いきなり過ぎでしょ!」

「いきなりじゃぁ無いよ。俺、入社した時から森崎さんの事が好きだったし。気づいて無かった?」

「ごめん……まったく……」

「まぁ、返事は急がないから考えておいて。復職したらデートでもしようよ。」


黒岩くんはそう言いながら伝票を持って立ち上がろうと、席から腰を浮かした。


ま、マズイ!今を逃したら、断る機会を失ってしまう!


「あ、あの!実はもう付き合っている人が……」

「えっ?もう?」


驚いた顔をしながら、黒岩くんはもう一度、私の向かい側へ座ってきた。


「また急に辞めたりされても……」

「それは大丈夫!ちゃんと復職も応援してくれているから。」

「どんな奴か聞いてもいい?諦めつかないし。」

「そ、その……年下だけど、私よりもしっかりしてて……」

「それ、年下と付き合う奴の常套句だぞ。んで、大体は若い女の子に乗り換えされるのがオチだって。」


うっ……確かに以前はその心配はしてたし、否定は出来ない……


「でも、大丈夫だと思う。本当に私の事を大切にして貰ってるし、復職を決意出来たのも彼のおかげなの。」

「恋は盲目って歳でも無いだろ……悪い事は言わないから、そいつは止めとけって。騙されてるかもしれないだろ?」

「そんな事は……」

「そんな事あるって。今はモデルだか何だか有名人が年上と交際宣言した影響で、年上の彼女が流行ってるらしいけどさ。」


そのモデルって翼くんの事よね……そして、年上の彼女は私なのですが……


どう説明しようか考えあぐねていた時、浦和くんが私達のテーブルへ顔を覗かせた。


「こんにちは。復職予定の森崎さんですよね?」

「は、春樹常務!」


私よりも先に黒岩くんが反応し、いきなり畏まりながら席から立ち上がった。


浦和くんって、この若さで常務なんだ……流石だわ……


「ちょっと彼女にお願いがあるので、お借りしても宜しいですか?」

「も、モチロンですっ!」


益々畏まる黒岩くんに上品な笑みを向けて、浦和くんは私を席から立つよう促し、有無も言わさずロビーへと連れ出された。


「浦和くん、お願いって……」


周りに人が居ないのを確認してから恐る恐る声をかけると、浦和くんは悪戯が成功したかのように、小さく舌を出した。


「森崎さんが困っていらっしゃるように見えましたので、嘘をついてみました。」

「って事は、話の内容は……」

「すみません。盗み聞きするつもりは無かったのですが、聞こえてしまいまして……」

「いえ、正直助かりました。どう説明しようか迷っていたので……」


素直に頭を下げてお礼を言い、小さく安堵の溜め息を漏らした。


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