第78話
浦和くんのホテルに復職する日が、四月からと決まった。
「やっぱ寂しいなぁ……」
即戦力を期待するとの事で、明日から特別に社内研修の参加を要請された。
「いや、仕事の復職は応援するけどさ……」
そして、研修へ行く荷造りをしている傍で、クッションを抱いて口を尖らせている翼くん……
「一週間も百合ちゃんに逢えないなんて……」
「明日からたったの四泊よ。金曜日には帰ってくるから。」
「でも……」
ふふっ!口を尖らせる翼くんが可愛いって言ったら、余計に拗ねちゃうかな♪
荷造りが一段落したところで、ベッドに腰掛けていた翼くんの頭をふわっと抱き寄せる。
「えっ?百合ちゃん?!」
「私も翼くんに逢えないのは寂しいよ。」
「ほ、本当?」
「本当よ。だから、ちょっとだけ充電させて♪」
チュッ♪
翼くんの顔を覗き込んで、啄むようなキスを落とす。翼くんは驚いたように目を見開いて……と思ったのは一瞬だけで、すぐに、獲物を狙うような獣の光を宿した。
「百合ちゃん……俺を煽るのが上手くなったね。」
……へっ?
マズイっ!翼くんのスイッチが入った!
寝起きは可愛い顔しているのに、スイッチが入ったこの妖艶な色気は、一体何なの……?
「あ、明日から研修だし……」
だから、早く寝ないと……と、後退りしながら言おうとしたが、いとも簡単に塞がれた唇に遮られる。
「俺、あれぐらいじゃぁ、充電足りないし!一週間分、百合ちゃんを頂きます♪」
「それは、んっ……!」
またしても言いかけた言葉は、翼くんの唇によって阻まれた。
だ、だから、明日は……
せめてもの抵抗で、唇を閉じたままにしていると、翼くんの掠れた低い声が、甘く囁いてくる。
「百合ちゃん、口開けて……もっと百合ちゃんを感じさせて……」
無駄な抵抗も虚しく、その声に導かれるよう軽く開くと、容赦なく翼の吐息が絡んできた。
翼くんこそ、私を煽るのが上手い……少し強引なのに、何処までも優しいキスは、いとも簡単に思考を停止させる。初めての夜を越えた後でも、肌を滑る手は何処までも慈しむように柔らかく、恐怖心を抱いていたなんて嘘のように思えてしまう……
「百合ちゃん、甘い……もっと欲しい……」
結局その晩、たっぷりと味わい尽くされてしまった。
「ふわぁ……」
翌日、欠伸を噛み殺し、若干気だるさも残る身体を引きずりながら研修会場である、紅葉坂インフィニティホテルへ向かう。
はぁ……明け方まで寝かせて貰えないなんて、元気良すぎ……寝不足で肌荒れが……年には勝てないわ……
これも、一回り年下の男の子に惚れてしまった報いだと、自分に言い聞かせ、研修会場の受付までやって来た。
「お疲れ様です。所属と名前をお願いします。」
「私は……」
受付の女性に声を掛けられ、返事をしかけたところで、受付にやって来た男性に遮られた。
「こちらの女性は、復職特別枠の方ですよ。」
声を掛けてきた男性に目を向ける。眼鏡をかけてインテリっぽい雰囲気だ。何処かで見覚えがあるような顔だけど、イマイチ思い出せない。
「森崎さん、お久しぶりだね。元気にしてた?」
あれ?この男性は私を知っているの?
然り気無く名札をチェックした時、記憶が甦ってきた。
「……もしかして、同期の黒岩くん?」
「そうそう!覚えていてくれて、嬉しいよ!」
「眼鏡なんてかけているから、最初は気がつかなかったわ。今は研修担当なの?」
「そっ!人事部で課長してるんだ。」
「うわぁ!出世したわね~!」
「ははっ!そうでも無いさ。それより、研修名簿で森崎さんの名前を見たときは驚いたよ。もしかして離婚……?」
「うん、離婚したの。」
「そっか。まぁ、俺もバツイチだし。」
「そうなの?」
「まぁ、積もる話はまたゆっくりな。研修頑張れよ。」
「ありがとう。」
黒岩くんは軽く手を挙げて、会場へ入っていった。
一人でも知り合いがいる事に安心しながら、手続きを済ませ、私も会場へと足を踏み入れた。




