第77話
「えっ?翼くんも……」
カラオケボックスの部屋へ入ってきたリンは、俺が居るとは思わなかったらしく、驚いている。
「座れよ……」
リンは昔より派手なメイクをして、何処かのキャバクラで働いているそうだ。
「何で、俺に子供を寄越した?」
「翼くんの子供だからよ。そのうち連絡するつもりだったのよ。」
「何で、そんな嘘をつくんだ?」
「はぁ?アンタ、寝た女の顔も覚えてないの?」
「覚えてるよ。確かにお前とは一回寝たな。」
「その時の子供なんだって。だからさぁ、暫く預かってよ。養育費を払ってくれてもいいんだけど。」
やっぱ金が目的かぁ……
頑なに俺の子供だと主張するリンに、シュウが揺さぶりをかける。
「リン、そらはテルの子供だろ?」
「そ、そんな男、知らない……」
明らかに動揺してるな……
「翼とそらの親子鑑定をしてな。赤の他人だって証明されたんだ。」
「嘘……そんなの嘘よ!」
だが、観念したのか、今度は俺に頭を下げてくる。
「翼くん、お願い!お金を貸して!家賃さえ払えば、元の生活に戻れるの!」
「元の生活って?男と住む為か?」
「……あの男に家賃を渡していたんだけど、大家に払って無くて……マンション追い出されてから行方不明になっちゃって……でも、お金を工面するって言ってたし、そのうち……」
「二度とその男と会わないって約束するんなら、貸してもいい。」
リンの言葉を遮って、条件を告げる。
「な、何で?あの男は、そらの面倒も見てくれるし、いい人だよ!何でそんな事を言われないといけないのよ!」
「お前、それ、本気で言ってるのか?渡した家賃を使い込むヤツだぞ!」
「あ、あの時は、ちょっと物入りになったって……」
「嘘をつけばそれを信じる、金は渡してくれる、その男にとってお前は、ただ都合のいい女だ。そんな見え透いた嘘にも目を瞑るから、そらの事も気付かないんだろ!」
「そらの事って何?」
「そらの背中を見たか?」
それから、そらが男から虐待を受けていた事を話した。背中には無数の傷があり、母親を庇う為に黙っていた事を……
「そ、そんな……虐待って……」
「男にしがみつくのが大事か、そらが大事か、よく考えろ。」
「うっ……うぅ……そら…………ごめん……」
泣き崩れたリンは、やっと白状した。そらがテルってヤツの子供だって事を……妊娠に気付いた時にはテルが警察に捕まって、知らせる事も出来ず、一人で産んで育てていた事を……マンションを追い出された時に俺を思い出して、そらを預けたって事を……
そして、滞納している家賃を稼ぐまで、そらを再び預かる事になった。
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《百合子目線》
今日は、そらくんのお母さんがお迎えに来る日だ。大きめのボストンバッグにそらくんの荷物を詰めて、準備をしている。
「なぁ、ゆり。ママはいつくるんだ?」
そらくんは、朝からそわそわしっぱなしだ。
「ふふ!外で待ち合わせよ。昼過ぎに翼くんが帰ってくるから、それから一緒にお出掛けしようね♪」
「うん♪」
何だかんだあっても、やっぱりお母さんがいいよね……
一抹の寂しさを感じながら、荷造りの手を進めた。
「荷物はこれだけか?」
「うん。」
翼くんが帰宅し、一緒に待ち合わせ場所の公園まで出掛けた。公園の噴水の前にあるベンチには、派手目なカップルが一組いるだけで、まだお母さんは来ていないみたいだ。
「ママっ!」
突然、そらくんがカップル目掛けて走り出した。
「そら~!」
カップルのうちの女の人が立ち上がって、そらくんを抱き留めている。
えっ?あの男の人は……まさか虐待をした人では無いよね……
不安に思っていると、そらくんとカップルが私たちに近付いてくる。
「翼さん、すんません。シュウさんから連絡貰って……」
「……もしかして、テルか?」
「そうっス。」
テルって、そらくんの本当のパパ?
そらくんは初めて見るテルくんを、少し警戒している。
「ママぁ……このひとは?」
「そらのパパだよ。」
「……」
信じきってないそらくんに、テルくんも戸惑っているみたいだ。見かねた翼くんが、そらくんの頭を撫でている。
「実はなぁ、そらをびっくりさせようとして、俺もママも黙ってたんだ。」
「……ほんとうに?」
「本当の本当だ。そらと似てるだろ?」
「何処が?」
「目がそっくりだ。」
よく見れば、少し鋭い目付きが確かに似ているかも……
「ほんとうにパパなの?」
様子を探るようにテルくんをじっと見つめるそらくんに、テルくんが緊張しながら答えている。
「あぁ、じいちゃんにそらの写真を見せたら、俺の小さい頃とそっくりだって言ってたし。」
「えっ?じいちゃんもいるの?」
急に家族が増えると聞いて、そらくんの目がキラキラ輝き始めた。
「もしかして二人……」
「はい、一緒に暮らす事になったっス。」
翼くんの問いに、テルくんが照れながら教えてくれる。
良かった……今度こそ、そらくんは幸せに暮らせる……
暖かい気持ちで、手を振りながら去っていく三人を見送った。
「百合ちゃん、やっと二人きりになったね~♪」
三人の姿が見えなくなったと同時に、翼くんが肩へ手を回してくる。
「そうね。」
「百合ちゃん、お疲れ様!今日はたっぷりと俺が癒してあげるからね~♪」
「えっ?何なに?」
「まぁ、俺のやり方だけど♪」
そう言ったかと思うと、いきなり腰をホールドされた!
何だか、私が思い描く癒しとは違うような……
「あの……ここ、外……」
「だね♪」
そう言いながら空いている手で私の手を握り、指を絡ませてくる。そして、その手を持ち上げて手の甲に唇を押し付けてきた。
「ちょっ!」
私の静止なんて気にも留めずに、次は手の平に移動し、甘噛みをするよう唇を動かしている。
「つ、翼くん!」
翼くんは指を甘噛みしたまま艶かしい流し目を向けてきた。
「俺のやり方で、癒してもいい?」
「……っ!」
な、何なの?!男の子なのに、この艶やかな色気は!
「百合ちゃん、返事が聞こえないけど……」
「だ、だって……」
「どうする?俺に任せて貰ってもいい?」
も、もう降参です……
赤くなっているであろう顔を、黙って縦に振る。すると翼くんは、コロッと表情を変えて、満面の笑みを浮かべてきた。
「良かったぁ~♪実は、百合ちゃんが好きそうなレストランを予約してたんだよね!」
「へっ?れ、レストラン?!」
「そそ♪」
何だ……もうっ!無駄な色気を振り撒かないでよっ!
内心、そう思っていると、翼くんが顔を覗き込んできた。
「あれ?怒ってる?」
「お、怒って無いわよっ!」
「あっ!因みに今の続きは、夜、マンションに帰ってからね♪」
「夜?!」
「あれ?何ならレストランをキャンセルして、今から続きでもいいけど♪」
「な、何の事か、言ってる意味がわからないしっ!」
「じゃぁ、ヒントをあげる♪」
そう言うや否や、掠めとるように、素早く触れるだけのキスを落としてくる。
「ちょっ!ここ、外だから!」
「ふふ!期待しててね♪」
もう……この小悪魔には、一生勝てないんだろうな……
翼くんはまた指を絡ませて手を繋ぎ、嬉しそうにレストランへ向かって歩き出した。




