第75話
「ただいま~。」
数日後、仕事から帰ると、そらはすっかり百合ちゃんになついていた。丁度、百合ちゃんが夕食を作っているようだ。
「そらくん、味見する?」
「するするっ♪」
ソファから百合ちゃんを眺めていたそらは、嬉しそうに百合ちゃんへ駆け寄っている。
「はい、あ~ん♪」
パクッ!
「ゆり、なかなかうまいぞ!」
「ふふ!沢山あるから、いっぱい食べてね♪」
な、何だ……この光景は……つい最近までの俺のポジションが奪われているじゃん!
「あっ!翼くん、おかえり!」
「ただいま……」
やっと百合ちゃんが俺の帰宅に気付いてくれた。
「丁度ハヤシライスが出来たところなの。一緒に食べよう♪」
「うん……」
「……どうかしたの?疲れちゃった?」
「な、何でも無い!先に着替えてくるね♪」
「わかったわ。用意しておくね♪」
気にし過ぎか……たかが子供だ……
胸のモヤモヤを振り払って、寝室へ向かった。
「ごちそうさま♪」
「そらくん、いっぱい食べたね~♪」
「ゆりのごはんは、ママのつぎにうまいぞ!」
「ありがとう♪」
「つばさはママとけっこんするから、おれはゆりとけっこんするんだ!」
ぶっ!
食後のコーヒーを思わず吹き出しそうになる。
「ふふ!そらくんからプロポーズされちゃった♪」
って、百合ちゃんも嬉しそうだしっ!
「おれ、ほんきだからな!」
こ、このガキ……色気付きやがって……
コホン、とわざとらしい咳払いをする。
「あ……百合ちゃんは俺の嫁になるんだから、ガキはガキの相手を見つけろ。」
「もう!翼くん!大人げないよ!」
ガーン!百合ちゃんがそらの肩を持った……ショック……
俺の気も知らず、百合ちゃんはそらへ、にこにこと笑顔を絶やさない。そして、耳を疑うような言葉が聞こえてくる。
「そらくん、一緒にお風呂に入る?」
な、何でだよ!俺が誘っても、一緒に入ってくれないのにっ!
「おれ、ひとりではいれるもん!」
「しっかりしてるね♪」
「まぁな!」
百合ちゃんに誉められたそらは立ち上がって、嬉しそうにお風呂へ向かった。
よしっ!今がチャンス♪
「百合ちゃ~ん♪」
食器の後片付けをしている百合ちゃんの後ろから抱き付く。
「翼くん、片付け難いよ。」
「いいじゃん!今しかイチャイチャ出来ないしっ♪」
「そらくんがお風呂から上がる前までに片付けたいんだけど。」
「だってぇ……」
「もう……子供が二人いるみたい!」
ガーン!そらと同列にされた……
ショックのあまり、百合ちゃんの腰へ巻き付けていた腕が下がる。すると、百合ちゃんがくるっと俺に身体を向けて、チュッ♪とキスをしてくれた。
「そらくんが寝た後、一緒にビールでも飲む?」
「やったぁ~♪」
その一言で、途端に気分が上向きになる。
「何かおつまみでも作るね♪」
「うん♪」
我ながら現金なヤツだなぁと思いながらも、ウキウキしながら冷蔵庫のビールを取り出した。
「ゆり、いっしょにねようぜ。」
お風呂から上がったそらは、百合ちゃんにべったりだ。
「私、まだお風呂に入って無いから、先に寝ててくれる?」
「だったらまっとく。」
ふふ~ん!いくら言っても無駄だもんね!今夜は俺が百合ちゃんを独占するもんね~♪
内心ほくそ笑みながら二人のやり取りを眺める。
「のどかわいた。コーラのみたい。」
「寝る前だから、お水だよ。」
「やだ!コーラがいい!」
「虫歯になっちゃうから、コーラは起きた時ね。明日の朝を楽しみにして寝ようね。」
「うん……」
そらはムスッとしながらも、百合ちゃんの言うことを聞いて、お水を飲んでいる。そして、ふぁ~と欠伸をしながらガラスのコップをテーブルの端に置いた時、コップがテーブルから滑り落ちた!
ガシャン!
「ば、馬鹿っ!危ないだろ!」
すぐにそらの腕を引っ張り、割れたコップから引き離す。すると、そらは急にガクガクと震え出した。
「ごめんなさい……ごめんなさい……もうしません……」
震えながら手で自分をガードするそらの姿に、違和感を覚えた。すかさず百合ちゃんがそらへ駆け寄り、優しく頭を撫でている。
「そらくん、怪我は無い?」
「うん……」
何だ?この怯え方は……普通じゃぁ無いぞ……
心の中で何か引っ掛かりを覚えながら、俺も百合ちゃんを見習ってそらの頭を撫でる。
「怪我が無くて良かったな。危ないから、今度から気をつけろよ。」
「うん……」
そらは恐る恐る顔をあげて、キョトンと不思議そうに俺を見始めた。
「ん?どうかしたか?」
「う、ううん……なんでもない……」
「そっか。割れたコップは片付けておくから、先に寝ておいで。」
黙って首を縦に振り、そらは寝室へ向かって行った。
そらが寝たのを確認して、百合ちゃんとソファへ深く座る。
「今日も一日お疲れ様♪」
軽く缶をコツンと合わせて、キンと冷えたビールを口にする。
「そらの様子はどう?相手するのは大変?」
「最近は言うことを聞いてくれるようになったし、可愛いよ♪ただ、走り回るから、追いかけるのが疲れるかな?全力疾走なんて、久しぶりよ。」
「ははっ!大人になると、走るって中々無いもんな!」
「翼くんの仕事はどう?」
「今回の役は……」
久しぶりに百合ちゃんとゆっくり話せる……それだけで気持ちが落ち着いてくるのがわかる。
やっぱ、精神安定剤……
ほんわかした時間を過ごしていると、百合ちゃんが欠伸を噛み殺しているのに気付いた。
「百合ちゃん、眠たい?」
「ううん……大丈夫……」
「百合ちゃんの大丈夫って言葉は信用して無くてね。俺に寄りかかりなよ。」
百合ちゃんの華奢な肩に手を回して、頭を凭れさせる。
「ありがとう……今日はショッピングモールで走り回ったから、ちょっと疲れたかも……」
頭をふわっと包み込むようにして、ゆっくりと撫でる。そのうち、規則的な寝息が聞こえてきた。
そらの面倒を見るのも、本当は複雑な気持ちだろうに……一日中、元気な男の子の世話をするのも、疲れるよな……
百合ちゃんには、感謝しか無い。つまらない事に拘ってないで、俺もなるべく百合ちゃんの負担を減らさないと……
「百合ちゃん、ありがとう……ゆっくり休んで……」
百合ちゃんを抱き上げて、寝室まで運ぶ。そらが寝ている隣に百合ちゃんを寝かせて、そっと布団を掛けた。
街灯だけの薄明かりの部屋で、二人の寝顔を眺める。
俺と百合ちゃんに子供が出来たら、こんな感じの生活になるのかなぁ……
女の子ならパパ大好きで、男の子なら百合ちゃんの取り合い……何だか楽しそうかも♪
近い将来かもしれない姿を思い浮かべながら、俺もベッドへ横になった。
それから数日後、DNAの鑑定結果が出た。




