第74話
「はい、シュウくんと翼くんはコーヒー。そらくんはお茶ね。」
「おれ、コーラがいい。」
「コーラは無いのよ。後で一緒にお買い物へ行こうね♪」
リビングで微妙な空気が流れる中、百合ちゃんは生意気な口を利く子供にも、優しく接してくれている。こんな時ばかりは、気を遣う百合ちゃんの性格に感謝だ。
「おまえ、なんでいるんだ?つばさとママはいっしょにくらすっていってたぞ。」
百合ちゃんに暴言を吐く子供を嗜める。
「こら!百合ちゃんは俺の大事な人だ!今度お前なんて言ったら許さないからな!」
そらって子供は俺の声に、一瞬てビクッ!と身を固くする。まるで何かに怯えているみたいだ。
「あ……っ、ちゃんと名前を呼べば大丈夫だからな。」
「お、おぅ……」
うわっ……返事まで偉そうだ……どんな躾をされてたのか……
内心呆れながら、更に聞き出してみる。
「そら、上の名前は何て言うんだ?」
「……とりいになるって。」
「お母さんが言ってたのか?」
そらは、黙って頷いている。
「お母さんの名前は?」
「すずこ。」
「上の名前は?」
「とりい。」
「鳥井になる前は?」
「……」
あくまで前の名前は答えないか……すずこ……正直覚えが無いんだけど……
記憶の中に無い名前に考えあぐねていると、今度はシュウがそらに尋ねた。
「そらは何歳だ?」
「ごさい。」
「幼稚園に行ってるのか?」
「しらない。」
「保育園か?」
「ママのおしごとのときだけ、いく。」
「託児所かもな……」
五歳……だったら仕込みは6年くらい前か……必死に記憶を手繰り寄せるものの、まったく聞き覚えが無い……
「すずこって名前で、少なくとも5~6年前に遊んでた女達……俺にも記憶が無いな……」
「シュウもか……」
「だが、クラブに来たって事は、その頃に俺が連れてた中の一人の可能性が高いな。その頃に妊娠した該当者が居ないか調べてみるよ。」
「悪いな。」
「後、念のためDNA検査して、親子関係を調べた方がいいだろう。俺の名前で検査キットを取り寄せておくよ。」
やっぱ数々の修羅場を潜り抜けてきたシュウは、こんな時、頼りになる存在だ。
結局、検査結果が出るまで、そらはウチで面倒を見る事が決まった。それから、俺が子供を連れていると騒がれる可能性があるって事で、シュウと百合ちゃんが子供の着替えを買いに出掛けた。
「なぁ……つばさはいつママとけっこんするんだ?」
シュウと百合ちゃんが出掛けている間、そらが尋ねてくる。
そらは信じてるみたいだし、むやみに否定するのもなぁ……
「……ママは何て言ってた?」
「つばさとけっこんするから、さきにいけって。」
「成る程……他には何か言ってた?」
「つばさはやさしいって。」
「前のお父さんは優しかった?」
「……」
そらは膝を抱えて黙り込んでしまった。
訳ありかぁ……まぁ、ここに来るくらいだから、訳はあるよな……こんなに小さいのに、言えない事を抱えてるなんて……
言いたい事を押し込めるそらの姿が、母親を亡くした時の俺の姿と重なっていく。百合ちゃんとシュウが帰ってくるまで、そらの頭を撫で続けた。
「おやすみなさい♪」
「おやすみ。」
「おやすみ……」
今夜はセミダブルのベッドで、三人が川の字になって寝る事になった。
って事は、今夜も百合ちゃんはお預けかぁ……いや、そんな場合じゃぁ無いよな……百合ちゃんにとっては不安材料が増えたんだし……
そらの寝息が聞こえてきたのを見計らって、百合ちゃんに話し掛ける。
「百合ちゃん……まだ起きてる?」
「うん……」
「ごめんね……迷惑を掛けて……」
「……子供に罪は無いから。」
子供に罪は無い……俺にはあるよな……少なくとも遊んでた頃の、身から出た錆びってヤツだ……
「あ~!俺の馬鹿っ!」
思わず頭を抱えて、叫ぶ。
「しぃ~!そらくんが起きるでしょ!」
百合ちゃんに小声で嗜められた……
「そらくん、何だかんだ強気な事を言っていても、知らない大人ばかりのところへ連れて来られて、不安なんだと思うの。だから、今はそらくんの事だけを考えてあげようよ。」
「百合ちゃん……」
やっぱり優しい……百合ちゃんも複雑な筈なのに、いつも周りの人の事を考えてくれる……だから、俺がしっかりしないと……百合ちゃんが不安にならないように……
「百合ちゃん……手を繋いでもいい?」
「……うん。」
恐る恐る布団から手を出して、二人の間で寝息を立てるそらの上で手を繋ぐ。心なしか、百合ちゃんの握る力が弱い気がする……
「俺……百合ちゃんと何があっても離れたく無い……」
「……そらくんは……」
「もし、本当に俺の子供だとすれば、認知して養育費も払うつもりでいるよ。だけど、そらの母親と結婚する事は有り得ないから。」
「……」
「過去は変えられないし、自分でしでかした事の責任は取るつもりでいる。だけど、これから先の未来を一緒に生きていきたいのは、百合ちゃんだけなんだ。」
「翼くん……」
百合ちゃんの握る手に、少しだけ力が入った。暗闇だけど、窓から射し込む街灯の光で、百合ちゃんが微笑んだのがわかる。
「だから、何があっても、俺の傍から離れないでね。」
「うん。」
たかが手を繋いだだけ……だけど、心までしっかりと繋がった気がする。この後は、穏やかな気持ちで眠りについた。
ドカッ!
「うっ……」
夜中、横っ腹を蹴られて目が覚めた。見ると、そらが俺に足を向けている。
何だ……寝返りか、寝ぼけてるのか……
やっぱりベッドを大きめに買い替えておいた方が良かったな……と考えた時、ふと飛び込んできた光景に目を見張った!
ちょっ!あんなに悪態つくように偉そうな態度を取ってたくせに、何で百合ちゃんに抱き付いてるんだよっ!
「……」
いやいや……たかが子供のする事だ……ムキになるなんて……
百合ちゃんが優しいから、無意識に甘えているだけだ……
そう自分に言い聞かせて、いつもより狭いスペースに身体を固めた。




