第72話
「よしっ!俺の気持ちは伝えたから、今度は百合ちゃんの番だよ♪俺に言いたい事あるでしょ?」
「えっ……?な、何?」
急に話題を変えられ、一瞬翼くんの言っている意味がわからず、聞き返してしまった。
「じゃぁ、昨日、無理して笑ってた理由だけでも教えて!」
「そ、それは……」
やっぱり翼くんにはお見通しだった……でも、伝えれば翼くんに気を遣わせるだけ……
「俺、前に、何かあるんなら受けとめるって言ったの、覚えてる?」
「……うん。」
「百合ちゃんの気持ちを、百合ちゃんの口から聞きたい……」
言い淀む私を優しく諭すよう、促してくる。たぶん、私の気持ちなんてお見通しだろう……
覚悟を決めて、ゆっくりと口を開いた。
「私……寂しかった……」
「うん……」
「色々な所へ行っても、翼くんの事ばかり考えていて……」
「うん……」
「でも、それを言ったら、翼くんを困らせると思って……我が儘は言えないと思って……」
「確かに仕事をほったらかしにして百合ちゃんと遊ぶ事は出来ないし、それは百合ちゃんにとっても不本意だと思う。だけど、寂しいって言われて、喜ばない訳無いじゃん!」
「翼くん、困らない?」
「そんなの我が儘のうちにも入らないよ!困るどころか、嬉し過ぎだって♪それだけ百合ちゃんが俺の事を好きって事でしょ?」
満面の笑みを浮かべた翼くんが、再び私の頭を胸元へ抱き寄せてくる。
「予想はしてたけど、やっぱり百合ちゃんから言われると幸せ~♪」
我が儘と思いを伝えるっていうのは、違う事なんだ……寂しいって言えて良かった……
「絶対、いつか一緒の名字になろうね♪その気になってくれた時に逆プロポーズしてくれるのを、待ってるから!」
今すぐ結婚したい訳じゃ無い……気持ちはまだ踏ん切りがつかない……でも、再婚するのなら、翼くんしか考えられない……
「うん……」
もっと素直になろう……思いを伝えよう……
翼くんの温かい胸に顔を寄せ、密かにそう誓った。
ホテルへ戻り、明日の帰国に備えて早めの寝仕度を整える。スーツケースにお土産や洋服を詰めて、ソファで一息ついた。
あっ、そういえば……
ふと疑問に思った事を尋ねてみる。
「翼くん。そういえば教会に私がいる事、よくわかったね。」
「そりゃモチロン!百合ちゃんの愛があったからね~♪」
そう言いながら、翼くんが一枚の紙を取り出す。
「そ、それっ?!」
見覚えのある紙切れに言葉が詰まった。
一緒に廻る予定を立てたメモじゃない!しかも時間持て余してたから、二人の似顔絵を落書きしてるしっ!
「百合ちゃんってば、こんなに俺とのデートを楽しみにしてくれてたんだね~♪」
「返してっ!」
咄嗟に奪い取ろうと、立ち上がる。だけど、翼くんまで立ち上がり、ひょいっと私の手が届かない所まで持ち上げてしまった。
「百合ちゃんの愛が詰まったモノなんだから、一生の宝物にするも~ん♪」
「は、恥ずかし過ぎっ!」
手を伸ばしながら跳び跳ねて、何とか奪還を試みる。
つるっ!
跳び跳ねているうちに、置いてあった鞄に足を取られてしまった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
ドスン!
バランスを崩して、ベッドの上に倒れ込む。
いたた……って、痛くない……それにベッドとは違う感触が……
ギュッ!と瞑った目を恐る恐る開けてみる。目の前には、翼くんの顔が……
って、私が翼くんを押し倒してるじゃないっ!
「ご、ごめん!」
すぐに翼くんの上から退こうとすると、腰に回された翼くんの手によって、阻まれてしまった。
「あの……この手は……」
悪戯な笑みを浮かべている翼くんに、突っ込みを入れる。
「百合ちゃんに押し倒されるなんて、幸せ~♪」
「ち、違うっ!」
「いい眺めだけど、俺的には押し倒す方が好きかな♪」
翼くんがそう言い終わらないうちに、くるっ!と景色が反転する。翼くんは、すかさずリップノイズを立てたキスを落としてきた。
チュッ♪
「んもうっ……」
「へへっ♪」
少し甘えるような翼くんの笑顔に観念して、微笑み合いながらじゃれあうキスを重ねる。だけど軽いキスは、角度を変えて徐々に熱を帯びていく。その情熱的なキスに、思わず甘い吐息が漏れた。
「ん……」
そっと唇が離され、ゆっくりと目を開ける。そこにはいつもの余裕が消えて、少し上気した翼くんの顔が……
「百合ちゃん……そんな声を出されると……俺……」
翼くんの押し殺してきた本音が、聞いた事が無いような低く掠れる声となって、溢れてくる。瞳の奥には、獰猛な熱が見栄隠れするように動揺が見て取れる。
翼くんから激しく私を求めてくれているのが、伝わってくる。それと同時に、求めてはいけないという葛藤も……
大丈夫……翼くんなら大丈夫……
自然とそう思い、自ら顔を上げて翼くんの唇に自分の唇を重ねる。翼くんは少し驚きながらも、確認をしてきた。
「百合ちゃん……抱いていいの……?」
黙って頷く。
「怖くない?」
「……手を握って……ここにいるのは翼くんだと教えて……」
翼くんは投げ出されていた私の手に指を絡ませて、シーツに縫い留めた。
「怖くなったら、全力で抵抗して……頑張って抑えるから……」
「うん……」
「なるべく優しくする……」
「うん……」
「百合ちゃん……愛してる……」
私も愛してる……
その言葉は、絡み合う吐息に消えていく。やがて翼くんの吐息は、頬に、首筋に、鎖骨にと場所を変える。胸を焦がすような甘い痺れに緊張が走り、手に力が入ってしまった。
「百合ちゃん、怖い?」
頭を上げた翼くんが、気遣うように尋ねてくる。
「ううん、大丈夫……ちょっと緊張して……」
「そっか……俺も緊張してる……」
「翼くんも?」
「確かめてみる?」
握られていた手を、はだけた翼くんの胸にそっと当てる。
ドクッ、ドクッ……
凄い……心臓が暴れてる……
「初めて心から好きになった女性を抱くのが、こんなに緊張するとは思わなかった……呆れた?」
「ううん……凄く幸せ……」
「俺も凄く幸せ……ずっと大切にするね……」
再び愛しむよう深く熱い吐息を交わすと、翼くんの手が休む事なく肌を扇情的に滑っていく。
「力を抜いて……全て俺に委ねて……」
なるべく優しくする……
その言葉どおり、まるで繊細なガラス細工を扱うかのような、もどかしい程に優しく愛しむ翼くんの指先に、段々と身体の力が抜けていく。
「百合ちゃん……百合ちゃん……」
今、愛しているのは俺だ……そう教えてくれるよう、私の名前を囁き続ける。
もう、何も考えられない……恐怖心が薄らぎ、愛する人の腕に抱かれる幸せで満ち溢れていく……
「ん……」
翼くん……愛してる……
吐息に掻き消され言葉にならない想いを伝えるよう、翼くんの少し汗ばんだ逞しい背中にしがみつき、幾度となくお互いの熱を重ね合った。




