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第69話

 カメラのデータを確認し終わると、シュウくんは静かに男性へ訪ねた。


「誰に頼まれた?」

「……」

「彼女を追い回す目的は?」

「……」


男性は不貞腐れたように顔を背け、口を開く事をしない。


「何も答える気は無いか……仕方無いな。」


シュウくんはそう言ってボックス席から立ち上がると、近くにあった酒瓶を手に取り、テーブルへ叩きつけた!


パリーン!


「……っ!」


豹変したシュウくんに、一瞬息を詰まらせた。シュウくんは鋭利に割れた瓶の底を向けながら、男性へ近づいている。


「何も答えないなら、二度と彼女を追い回せないようにするまでだ。」

「そ、そんな脅しに屈するかよ!」


怯んで一歩下がった男性の両脇を男の子達が、ガシッと固めて動きを封じる。


「見えなくなるよう目を潰すか……それともカメラを持てないよう腕の神経を切るか、お前に選ばせてやる。」

「そ、そんな事をすれば、お前もただでは済まないぞ!」


う、嘘……シュウくん、本気なの?


止めなきゃ!と思いながらも、圧倒されるような雰囲気に声も出ない。男の子達は無表情のまま、シュウくんに従っている。


「……時間切れだ。まずは腕からやるか。」


シュウくんがそう言うと、男の子達は男性の腕をテーブルの上に押さえつけた。


「お、おい!止めろ!離せ!」

「……」

「離せって!止めてくれ!」

「彼女を追い回して怖がらせておきながら、自分は無傷で済もうなんざ、厚かましいんだよ。」


割れた瓶を振りかざしたシュウくんは、男性を睨み付けながら、男性の腕めがけて瓶を振り下ろした!


「わ、わかった!全部話すからっ!」


ピタッ……

男性の叫び声に、シュウくんの動きが止まった。瓶は腕まで僅かな距離しか無い。


「ひっ……」


腕が解放され、男性は安堵したように、その場でへなへなと座り込んだ。


「目的は何だ?」


静かだけど有無も言わせないシュウくんの言葉に、男性はやっと口を開く。


「……その女の、浮気調査だよ。一方的に離婚届を突き付けて、家を出たんだろ?」


……えっ?わ、私が?!


驚く私を尻目に、シュウくんと男性が世間話をするかのように、会話をしている。


「そいつは酷い話だな。」

「だろ?旦那は、出ていった嫁がどういう生活を送っているのか知りたいって、泣いてたよ。」

「健気な男だ。」

「そうなんだよ。まだ自分を捨てた嫁を愛してるらしくてな。」

「そういえば最近、芸能界でも酷い話があったよな。」

「どのヤツのだ?」

「自分が浮気して別れたのに、元嫁の新しい交際相手を陥れたって話だよ。」

「あ~、あの嘘泣きの記者会見してた野郎か。確か薬物まで送りつけたって事件だろ?」

「そうそう。最低なゲス野郎だよな。」

「だよな。そこまでするかって感じだよ。」

「……そこにいる彼女は、その事件の被害者だ。」

「へっ?!」


シュウくんの言葉を聞いた男性は、驚いたように私へ目を向けてきた。


「ま、まさか……」

「そのまさかだ。アンタは最低なゲス野郎の犯罪に加担してんだよ。」


まだ半信半疑の男性に元夫の名前や住所を告げると、聞き覚えがあったのか、やっと納得してくれた。


接見禁止命令が出たとはいえ、こんな手段で来るとは……


探偵だと名乗った男性は、写真のデータが入ったメモリーカードを私に渡し、元夫からの依頼は断ると約束してくれた。




 クラブから出ると、外はすっかり暗くなっていた。


「もう大丈夫だろうけど、念のため送るよ。」

「シュウくん、ありがとう。」


男の子の一人が運転する車でマンションまで送って貰う途中、さっきの出来事の真意を聞いてみる。


「シュウくん、さっきのは……」

「さっきのって?」

「その……腕を押さえて……」

「あぁ、あれは単なる脅しだよ。でないと、寸止めなんて出来ないし。」

「そうなんだ。」


ホッとひと安心するよう、息を吐く。


「本気でヤル時は拳しか使わね~し。武器なんて、弱いヤツらが持つ物だしな。」

「そ、そう……」


聞かない方が良かったかな……拳のみが正論かどうかも判断出来ない……


そんな事を考えている間に、車はマンションへ到着した。




 マンションのエントランスまでシュウくんと一緒に歩く。その時、エントランス脇の植え込みが、ガサッと音を立てた。


「誰だ!」


咄嗟に私を庇うようシュウくんが抱き締めてくる。その瞬間、知らない男の人の腕に急に背筋がゾクリとして、ブルッと震えてしまった。


「い、いやっ!」


身体の震えが止まらなくなり、その腕から逃れるようしゃがみ込む。


にゃぁ~♪


「何だよ、猫か……百合さん、もう大丈夫だから。」


シュウくんは庇ってくれただけ……庇っただけ……

頭ではわかっていても、身体の震えが止まらない。


「百合さん……?」


シュウくんが不思議そうに尋ねてくる。


「あれ?シュウ、何してんだ?」


その時、翼くんが戻ってきた。翼くんはしゃがんで震える私を見て、すぐに駆け寄ってくれた。


「百合ちゃん!どうしたの?!」

「……」


声が出ない……


「大丈夫、大丈夫……俺がいるよ……」


翼くんは私と同じようにしゃがむと、軽く抱き締めて小さな子供をあやすよう背中を擦ってくれる。


翼くんだ……安心する……


少しずつ落ち着きを取り戻してくると、翼くんはシュウくんに低い声で尋ねた。


「シュウ、百合ちゃんに何をした……」

「お、俺は……ただ……」


シュウくんの戸惑っているような声が聞こえる。


「ち、違う……シュウくんは、私を庇って……」


何とか声を絞り出すと、翼くんは安心したように小さく息を吐き出した。


「シュウ、悪りぃ……」

「いや……構わない。俺は帰るよ。」

「あぁ、また連絡する。」


シュウくんにお礼が言えないまま、遠ざかっていく足音を背中で聞いた。




 何とか立ち上がれるまで落ち着いて、マンションの部屋へ戻った。


「百合ちゃん、何があったの?」


リビングのソファへ座らせてくれた翼くんが、気遣うように尋ねてきた。


「うん……前にも話した光の違和感だけど、写真を撮られていたみたいで……」


それからゆっくりと、今日の出来事を説明する。聞き終わった翼くんは、私を労うよう肩を抱いて頭を凭れさせてくれた。


「大変だったね……怖かったでしょ?」

「うん、もう大丈夫。」

「そういえば、エントランスにいた時は、どうしたの?」

「あれは、植え込みからガサッと音がして、シュウくんが庇ってくれたの。結局は猫だったみたいで……」

「そっか……怖い思いをした後だから、過剰に反応しちゃったんだね。今日はずっと側にいるね。」

「ありがとう……」


その後は黙って、翼くんの温もりを感じた。


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