第66話
百合ちゃんの誕生日当日、プレゼントをデザートのバースデーケーキと一緒に運んで貰う演出をお願いした。
ジャケットの胸ポケットにはスイートルームのカードキーを、スキニーパンツのポケットには避妊具を忍び込ませて、今か今かと百合ちゃんがレストランへ来るのを待っている。
泊まるつもりでいる事は内緒だ。ロイヤルインフィニティのレストランを予約したと伝えた時、すぐに自分の誕生日だって事を理解して、お洒落してくる約束をしてくれた。
百合ちゃん、まだかな……
初々しい初デートのようにそわそわしながらレストランの席で待っていると、ロングブーツに膝丈のフレアスカートをなびかせた百合ちゃんが、ボーイに案内されてやって来た。
き、綺麗……
単に大人という雰囲気では無く、上品な着こなしで、百合ちゃんの綺麗さを際立たせている。
「翼くん、お待たせ……」
少しはにかむように微笑む百合ちゃんに、思わず見とれてしまう。
「翼くん?どうしたの?」
「ご、ごめん……百合ちゃんちゃんが綺麗過ぎて……」
「そんな……そう思ってくれるのは、翼くんだけよ……」
「俺だけで充分じゃん♪」
百合ちゃんが照れながら席へ座わり、食前酒のシャンパンが運ばれてきた。グラスを軽く持ち上げて乾杯する。
「百合ちゃん、お誕生日おめでとう♪」
「ありがとう。もう、40歳になったし、目出度い歳では無いけどね。」
「何言ってんの!来年も再来年も、これから先ずっとお祝いするからね♪」
「これから先……まるで……」
「プロポーズみたい?」
言い当てると、百合ちゃんちゃんはコクッと首を縦に動かした。
「ぷぶっ!まだ離婚してギリギリ100日経って無いからちゃんとしたプロポーズはまた今度にするけど、出逢った頃から言ってるじゃん!今更だって♪」
「そ、そうだけど……あの頃は若さ故の戯言だと思っていたから……」
「俺、たぶん他の男より、結婚願望が強いと思うんだ。ほら、暖かい家庭に憧れがあるというか……でも、俺が描く暖かい家庭には、百合ちゃんが不可欠なんだ。」
「翼くん……ありがとう……」
百合ちゃんは、嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。今まで軽く受け流されていた事を考えると、大進歩だ。
やっと俺の本気度が伝わった……
心の中で安堵の息をついたところで、食事を頂く事になった。
流石はロイヤルインフィニティホテル……いや、絶対に春樹が予約した値段以上の食事を用意させたな……
いい友達を持ったという思いは心の中に秘めたまま食事を堪能し、いよいよデザートが運ばれてきた。
花火がついたミニバースデーケーキの横にジュエリーケースが置かれ、その中にはプレゼントのネックレスが入っている。
「翼くん、これは?」
「開けてみて♪」
不思議そうな顔をする百合ちゃんにジュエリーケースを開けるよう促す。百合ちゃんはゆっくりと蓋を開け、驚いたように目を見開いた。
「こ、これ……」
ジュエリーケースの中には、ティアドロップ型の中に一粒のダイヤモンドが輝くネックレスが入っている。バイト先で指輪が出来ないと思って、プレゼントはいつでも身につけて貰えるネックレスにした。
百合ちゃんはネックレスを手に取ったかと思うと、焦ったように元に戻して俺に差し出してくる。
「こんな高いもの……」
「受け取れないって言わないでね♪」
先手を打って、百合ちゃんの言葉を遮る。
「で、でも……」
「百合ちゃん、知ってる?」
ネックレスを手に取り、少し戸惑っている百合ちゃんの後ろへ立つと、留め具を外して百合ちゃんの華奢な首に掛ける。
「ネックレスを好きな人に贈るのは、『ずっと一緒にいたい』って意味があるんだよ♪」
「そうなの?」
「俺の気持ち、受け取ってくれる?」
「うん……翼くん、本当にありがとう。大事にするね。」
「どういたしまして♪それと……」
よしっ!ここからが本題だ!
胸を高鳴らせながら胸ポケットに忍ばせたスイートルームのカードキーに手をかけた時、視界の片隅にこちらを窺っている春樹の姿が見えた。
俺と目が合った春樹は、バツが悪そうに近付いてくる。
「悪いな。二人の時間を邪魔して。」
「悪いと思うなら、遠慮してくれ。」
話の流れが……俺のドキドキを返せっ!
料理格上げの恩を棚に上げてわざとらしく悪態つくと、春樹は苦笑いしながら百合ちゃんに向き直った。
「お久しぶりです、百合さん。」
「浦和くん、その節はお世話になりました。」
「その後、英語の取得はいかがですか?」
「読み書きはかなり思い出しました。ただ、実践というか、会話のヒアリングがまだ……」
「会話は一人では難しいですよね。宜しければ、社内研修用の教材をお貸ししましょうか?」
「本当ですか?助かります♪」
春樹と百合ちゃんが和やかに話をしている。
春樹がこんな用事の為に、わざわざ食事をしている俺達の所へ来るか?いや、そんな必要は無い筈だ。
「春樹……」
二人の会話を遮って、春樹に話しかける。
「本当の用事は何だ?」
春樹は苦笑いしながら肩を竦めている。
「やっぱり気付くか……一刻も早く二人に伝えた方がいいかと思ってな。」
そして春樹は、真面目な顔付きで口を開いた。
「元旦那さんが、釈放されたそうだ。」
春樹の言葉に、一瞬で百合ちゃんの顔が強ばった。
そっか……百合ちゃんの恐さが薄れてきたのは、元旦那が拘束されていたからか……
「春樹、詳しく教えてくれ。まだ裁判も行われていないだろ?」
「麻薬は使用目的では無く二人を陥れる為の入手、再犯の可能性も低いとの判断だろう。」
「そんな……」
「刑も執行猶予付きになる見通しだ。」
百合ちゃんの顔が、どんどん怯えたものに変わっていく。微かに震えだした肩を落ち着かせるよう軽く抱き締め、春樹から更に詳しく聞き出す。
「でも、俺達には接見禁止されているんだよな?」
「だが拘束力は無い。警察では深く反省しているとの事だけど、また二人に手を出さない保障は無いから、知らせておこうかと思ってな。」
「そっか……」
春樹の話に、百合ちゃんはすっかり怯えてしまっている。
無理も無いか……元旦那は百合ちゃんを監禁する部屋まで作っていたらしいし、強引に連れ去られそうになったしな……
強ばって無言で俯く百合ちゃんを、席から立つように促す。
「百合ちゃん、帰ろうか……俺達の家に……」
「うん……」
その姿を見た春樹は、申し訳無さそうに謝ってきた。
「悪い……こんな時に……」
「いや、知らせて貰って助かったよ。」
「ウチで働くようになれば百合さんを匿う事は簡単だが、それまでの間でも何か力になれる事があれば言ってくれ。」
「じゃぁ、これをキャンセルで……」
胸ポケットからスイートルームのカードキーを取り出して渡すと、春樹は軽く頷いて受け取った。
それから百合ちゃんの肩を抱きかかえて、庇うようにタクシーでマンションへ帰った。




