第63話
【恋は目で見ず、心で見る ─ シェークスピア】
撮影に戻る前日、百合ちゃんの運転で買い物へ出掛けた。思った以上に運転が上手い。
「百合ちゃんの運転、何だか新鮮♪それに、結構上手いね!」
「ありがとう。でも、離婚以来だから、ちょっと緊張するわ……」
「大丈夫、大丈夫!乗ってて安心出来るよ~♪」
「ふふ!安全運転で頑張ります♪ところで、今日は何を買うの?」
「明日から現場の弁当を食べるけど箸が使えないから、マイフォークとスプーンでも持って行こうかと思ってね。」
「左手で食べないといけないものね。だったら、雑貨屋さんかな?」
「だね!」
雑貨屋近くのコインパーキングに車を停め、少し歩いて移動する。コンタクトレンズを装着出来ないから、眼鏡を掛けて、ちょっとしたお忍び気分だ。
「久しぶりのデートだし、スイーツでも食べて帰る?」
「スイーツね……なら、フルーツパーラーがいいかな。」
「あれ?この近くに、百合ちゃんが好きなケーキ屋があるよ?」
「ビタミンを採った方が骨にはいいみたいだから、ケーキは治ったら連れてきてね♪」
微笑みながら俺の顔を見る百合ちゃん……
たぶん何気無く言ってるんだろうけど、自分の好きな物より俺の事を考えてくれるなんて、俺がどれだけ幸せに感じるかわからないだろうな……
「俺……百合ちゃんの傍に居れて、幸せかも……」
「な、何を急に!」
ぷぷっ!動揺してる!百合ちゃんって、今更ながら不意打ちに弱いよね~♪
「ちょっと心の声が漏れただけ♪」
「そ、そう……」
ふふ!今度は照れて俯いちゃった♪
照れる百合ちゃんを堪能しながら、雑貨屋の前まで来た時だった。
「あれ?もしかして、百合っち?」
百合ちゃんが通りすがりの子連れママから、話し掛けられた。
「さっちんなの?久しぶり~!」
百合ちゃんも思い出したように、笑顔を向けている。
へぇ~、百合ちゃんの友達って、初めて見たかも……
邪魔しないよう、二人から少し距離を置いた。
「マジで久しぶりじゃん♪元気にしてた?飲み会にも出てこないから、心配したよ~!」
「ホントに久しぶりだね!さっちんが母親なんて考えれないよ~♪」
「でしょ?私が子育てなんて、自分でもびっくりだわ!前に会ったのは、龍二くんのお葬式以来よね?」
「そのくらいになるかな?」
リュウジって人の名前が出たって事は、大学の友達かな?
「いやぁ、元気になって良かったよ!あの頃の百合っちなんてやつれてたし、無理に笑おうとしてたから、痛々しかったもん!」
「そんなに酷かった?」
「酷かったって!今はどうしてるの?」
その時、さっちんという子連れママが、初めて俺の顔を見た。それと同時に、目を見開いて驚いている。
「百合っち……あの人、龍二くんの生まれ変わり?」
「えっ?」
百合ちゃんは振り向いて、誰の事を言っているのか理解したみたいた。
「似ているかもしれないけど、彼は今、付き合っている人よ。」
「そ、そう……龍二くんの身代わりなんだ。そっくりな人を見つけたね!」
えっ?リュウジって人の身代わり?
「身代わりって事では……」
「いやぁ、びっくりだわ!また今度、ゆっくり紹介してね♪」
「う、うん……」
「じゃぁ、旦那が待ってるから、またね~♪」
さっちんって人は、慌ただしく手を振って、人混みの中へ消えていった。
リュウジの身代わり……
そっか……俺は絶対にリュウジより越えてみせる自信があったし、これから思い出を積み重ねていく事が出来ると思っていた……
「翼くん?」
「……」
百合ちゃんにとっては身代わりの可能性もあるなんて、考えてもみなかった……
「翼くん、どうかしたの?」
百合ちゃんに顔を覗き込まれて、ハッ!と我に返った。
「な、何でも無い!ちょっと考え事をしてた!」
「そっか……さっきのごめんね。さっちんも悪気は無いと思うんだけど……」
「いいって!それより、そんなに俺とリュウジって人は似てるんだね!」
「初めて見た時は、私もびっくりしたくらいだしね。」
「そっか!それより買い物へ行こうか♪」
「……?わかったわ。」
ふぅ……何とか誤魔化せたか……
それから買い物へ行っても、フルーツパーラーへ行っても、頭の中は身代わりという言葉がぐるぐると回っていた。
「翼くん、いちごあげるね♪」
「百合ちゃん、ありがとう!」
フルーツパフェを目の前にしても、手が進まない。
「翼くん?」
「……」
「何か心配事でもあるの?」
「はっ!いや、台本がちょっと変更されたから、台詞をもう一回見ておこうかなぁ~なんて♪」
「そう?」
「う、うん!」
また、考え事をしてしまった……
俺を通して、百合ちゃんがリュウジを見ていたら、俺自身を好きになる事は無い……俺の存在って……
フルーツパーラーを出た後も、言われた言葉が頭から離れなかった。
身代わり……この言葉がどんどん膨らむ不安となって、のし掛かってくる。
「翼くん?疲れた?」
「……」
「早く帰ろうかね!今日は何が食べたい?」
屈託の無い百合ちゃんの笑顔が、俺でなく、リュウジに向けられているのなら……
コインパーキングで車に乗り込み、百合ちゃんがエンジンをかける直前、ガバッ!と覆い被さる。
「んっ!」
強引に百合ちゃんの唇を奪い、貪るようなキスを落とす。
「つばさく……んん……」
隙間から漏れる吐息さえも絡めとるように、百合ちゃんを求め続ける。
トントン……
百合ちゃんに軽く肩を叩かれ、少しだけ唇を離した。
「翼くん……いきなりどうしたの……」
百合ちゃんが欲しい……身体も心も……そんな事出来ないのは、最初からわかってる……
だから、せめて……
「俺を見て……」
「えっ?」
「俺だけを見て……」
「そんなのとっくの間に……んっ!」
せめて心だけは俺のものに……
そんな想いを込めて、気が済むまで百合ちゃんを求め続けた。




