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第62話

 翼くんが退院した後、利き手が不自由になった翼くんの身の回りの世話をする事になった。


「お客様、かゆいところはございませんか?」

「もうちょい右側をお願いします♪」

「は~い。」


今、湯船に浸かって頭だけ外に出している翼くんの髪の毛を、洗っている。


「あ~!怪我さえして無ければ、最高に嬉しいシチュエーションなのにな……」

「ふふっ!残念でした♪」

「百合ちゃんとの初風呂がこれはなぁ……」

「何を言ってるの。翼くんは腰にタオルを巻いているし、私は服を着ているわよ。」

「そうなんだけどさぁ……」

「じゃぁ、そろそろ流すね。」

「え~!気持ちいいからもうちょっと!」

「だ~めっ!退院したばかりなんだから、ゆっくり浸かると、辛くなるよ。」

「は~い……」


口を尖らせながら返事をする翼くんの頭にシャワーをかけて、湯船から出るように促す。

脱衣所に戻って、バスタオルで背中や胸を拭いていた時、ふと思った。


あれ?下って……拭くの?ど、ど~すれば?!


「つ、翼くん……その……」

「ぷぷっ!下は左手で拭けるから、大丈夫だよ♪」

「そ、そうよね……」

「サービスしてくれてもいいけど♪」

「じ、自分で出来る事は、自分でして下さいっ!」


顔を赤らめながら、クルッ!と後を向くと、背中から微かに笑う声が聞こえてくる。


「出来れば、腰に巻いているタオルを外して欲しいんだけど♪」

「そ、それくらいしてよ!」

「濡れちゃって取れにくいからさっ♪」

「わ、わかったわ……」


再び翼くんの方へ向き、お湯で濡れたタオルの結び目を解く。


「はい、これで大丈夫よ。」


解いたタオルの端と端を持って、翼くんにそこを押さえるように促す。


「そのままタオルを外していいよ♪」

「も、もうっ!わかってて言っているでしょ!」

「だって、真っ赤になる百合ちゃんが可愛いんだもん♪」


も、もう……久々小悪魔全開……


それから下着だけ履いた翼くんにパジャマを着せてあげた。




 リビングへ戻ると、翼くんはソファへゴロンと横になった。


「あ……久しぶりにサッパリしたけど、身体がだるくなってきた……」

「大丈夫?薬を飲む?」

「うん……お願い……」


ちょっとお風呂でゆっくりし過ぎたかなぁ……もっと手早くしなきゃ……


だるそうに全身の力を抜いてソファに身体を預ける翼くんを見ていると、申し訳なく感じてしまう。


「ちょっと待っててね。」


薬袋から錠剤を取り出し、ミネラルウォーターが入ったペットボトルを持って、ソファに浅く腰掛ける。


「起き上がれる?」

「無理……」

「でも、お水が溢れちゃうよ。」

「ん……」


曲がるストローがあれば飲みやすいけど、部屋に無かったわよね……


「ちょっとストローを買いにコンビニへ行ってくるから、もう少し我慢出来る?」


そう言って立ち上がろうとすると、ガシッ!と力強く手を握られた。


「えっ?」


翼くんへ顔を向けると、そこには悪戯な笑みを浮かべた顔が……


「……元気じゃない。」

「百合ちゃんが飲ませてくれればいいじゃん♪」

「はいっ?」

「だから、百合ちゃんが飲ませてよ♪」


何だか、私が動揺する様を見て、楽しんでいるようにも見えるのですが……

私だって、やられっ放しじゃ無いわよ!やってやろうじゃない!


錠剤を翼くんの口へ放り込み、ペットボトルの水を口に含んで、翼くんに覆い被さる。

初めて出会った時と同様に口付けると、一気に水を流し込んだ。


「んっ!」


ゴクッ……

翼くんは驚いたように目を見開きながら、薬を飲み込んでいる。


「マジでやられた……そう来たか……」

「ふふっ!大成功ね♪」


勝ち誇ったようにしたり顔をして、翼くんの上から起き上がろうとした時だ。


ガシッ!


あれ?翼くんの左手に腰がホールドされている……?


「あの……翼くん?この手は……」

「この眺め、結構いいかも!百合ちゃんに襲われてる感じ♪」


お、襲うっ?!

ってか、また翼くんの顔に、悪戯な笑みが浮かんでいるしっ!


「ちょ、ちょっと!すぐに退くから、手を離して!」

「いや~だね!俺、起き上がれないし、百合ちゃんからキスして♪」

「わ、私から?」

「ぷぷっ!今やったばっかしじゃん!今更だって♪」

「うっ……それは……」


やられた……

この小悪魔ワンコには一生勝てない気がする……


抵抗する力を抜き、期待を込めた目を向けてくる翼くんに少しだけ身体を預けると、顔にかかる翼くんの前髪をそっと掻き上げる。


まるで初恋を覚えたばかりの中学生のように、心臓がドキドキと音を立てていく。

私を愛しそうに見る目や、好きだと言って優しいキスを落とす唇、全てを包み込んでくれるような温かく逞しい腕……私を全力で守ってくれるところだけでなく、無邪気に甘えてくるところさえも、愛しい……


「あ~もうっ!翼くんが悪いんだからね!」


照れ隠しに悪態をついてみたものの、翼くんは私の想いなんてお見通しかのように、優しい笑みを浮かべている。


「百合ちゃん、ちゃんと責任取るからね♪」


翼くんがそっと目を閉じた。ゆっくりと目を閉じながら顔を傾け、唇と唇を深く重ね合わせる。


「ん……」


翼くん……好きだよ……


私の腰を抱き寄せていた翼くんの腕が、何かを求めるように私の背中をゆっくりと撫で上げていく。

伝えたい言葉を吐息に変え、静かに熱を交わし続けた。



  ・

  ・

  ・

《翼目線》



「あ~ん♪」


パクッ!モグモグ……


「ん~!今日も美味しい♪」

「骨にいいもの食材で作っているから、沢山食べてね♪」

「百合ちゃん、ありがと~♪」


利き腕の骨を折ってしまい、食事を摂るのも不自由……と思いきや、百合ちゃんに食べさせて貰うという天国の日々を味わっている。


「明後日から仕事に復帰するのよね?」

「うん。映画は俺の出番以外を撮ってるみたいだけど、ドラマの方はそろそろ出ないとマズイらしいんだ。」

「でも、ギプスしたままで大丈夫なの?」

「何とか編集して、事故の後まで話を繋げるんだって。だから、ギプスは逆に臨場感あるらしいよ♪」

「そっか。」


う~ん……何か違う……百合ちゃんと一緒に居るのは楽しいのに、何かが足りない……


食事が終わって洗い物をしている百合ちゃんの後ろから抱きつく。


「百合ちゃん、一緒にお風呂入ろうよ♪」

「一緒には入るけど、微妙に意味が違うような……」

「どっちでもいいじゃん♪」


あれ?違和感発見!百合ちゃんを片手で抱き締めているから物足りないんだ!


そっとギプスで巻かれた右腕を動かしてみる。


「こらっ!無理して動かしたら、治りが遅くなるわよ!」

「チェッ……見つかったか……」


あ~、早く百合ちゃんを両手でギュッ!としたい……

そう切に願う日だった。


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