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第61話

 翼くんは右腕を骨折し、全治一ヶ月と診断され、5日間の入院を余儀なくされてしまった。

私は一旦マンションへ帰り、当面の翼くんの着替えを持って病院へ出向いた。


ガラガラ……

静かに病室のドアを開けると、ベッドサイドに白髪混じりの男性が座っている姿が見える。


「失礼します……」


おずおずと病室へ入ると、座っていた男性が振り向き、私の顔を見て驚いたように立ち上がった。


「あなたは前に……」


事務所の社長さん!翼くんのお父さんじゃない!


パーティーで出会った時を思い出し、緊張が走る。


「ご、ご無沙汰しております……あの……翼くんの着替えを持ってきたのですが……」

「あぁ、すまないね。」


あれ?普通の対応だ……


「翼くんは……」

「今は麻酔が効いているのか、寝ているよ。」

「そうですか……」

「まぁ、骨折で済んで良かったかな。」


翼くんのお父さんは安心したように、ホッと息を吐き出している。


何だか前と印象が違う……寝ている翼くんを見る目が、普通に息子を心配する父親になっている気が……

前は本妻さんがいたから、事務所の社長としての対応しか出来なかったのかな……


「それでは私はこれで……」


親子としての時間を邪魔しないように帰ろうとすると、お父さんから引き留められた。


「私は顔を見にきただけだから、これで帰るよ。済まないが翼の世話を頼むな。」

「は、はい。」


予想外の言葉に驚きつつも、返事をする。翼くんのお父さんはそれ以上何も言わずに、病室を去っていった。




 翼くんのお父さんが出て行った後、ベッドサイドの椅子に腰かけて、翼くんの顔を覗き込んだ。翼くんは静かな寝息を立てて、気持ち良さそうに眠っている。


今夜はもう、起きないかな……


そう思い、帰る為に立ち上がろうとすると、病室をノックする音が微かに聞こえ、ゆっくりとドアが開いた。


「えっ?」


入ってきた人物に、驚きを隠せない。あゆみちゃんが大きな荷物を持って入ってきたからだ。


「また、アンタなの……」


あゆみちゃんは私の顔を見たと同時に、不機嫌さをあらわにしている。可愛らしい顔からは想像も出来ないくらい顔を歪ませた表情でベッドサイドへ近づき、翼くんが寝ているのを確認すると、私の腕を掴んで立たせてきた。


「早く消えてよ!翼くんを譲る気は無いわ!」

「私は、翼くんの着替えを持ってきて……」

「余計なお世話よ!いい加減に翼くんのストーカーを止めなさいよ!」

「事務所の社長からも、翼くんのお世話を頼まれているの。」


すると、あゆみちゃんは呆れたような溜め息を盛大についた。


「はぁ……可哀想に、事務所の社長まで騙されているのね……翼くんは優しいから、アンタを傷つけないようにタイミングを見計らっているみたいだけど、はっきりと教えてあげる。私と翼くんは付き合っているの。翼くんは私のものよ!」

「そんなの信じられないわ。」

「翼くんにしがみつきたい気持ちはわかるけど、これは事実なのよ。大体、アンタみたいなオバサンと翼くんが本気で付き合う訳無いじゃない。身の程知らずもいいところね!」


あゆみちゃんは腕組みをして、軽蔑した眼差しを私に向けてくる。

少し前の私なら、尻尾を巻いて病室から出て行ったかもしれない。でも今は、翼くんの抱き締めてくれる温もりが、情熱的なキスが、私に自信を持たせてくれる。


ここで私が逃げる訳にはいかない!


覚悟を決め、正面からあゆみちゃんを真っ直ぐに見据えた。


「私は翼くんの言葉だけを信じるの。それに、例え私と別れたとしても、翼くんがあなたを選ぶ事は無いわ。」

「何ですって!?!」

「あなたは翼くんの表面しか見ていないもの。譲るだの私のものだの、翼くんはあなたの飾りでは無いのよ。そんな人に翼くんが惹かれる事は、絶対に無いわ。」

「この女……いい気にならないでよ!」


イライラが頂点に達したように腹を立てたあゆみちゃんが、私に掴みかかってくる!

それを止めるように、翼くんの声が聞こえてきた。


「あゆみ……止めろ。」


あゆみちゃんの動きがピタッ!と止まった。ベッドに目を向けると、翼くんが薄っすらと目を開いて、こちらを見ている。


「翼くん……どうして止めるの?こんな女、翼くんの為にならないよ!私の方が釣り合いが取れるじゃん!」

「為になるとか釣り合いなんて、どうでもいい。俺が彼女の傍にいたいんだ。」

「そんな……そんなの納得出来ない!こんな女の何処がいいのか、説明してよ!」

「彼女は“こんな女”なんて事を、絶対に言わない。それと、人を傷付ける嘘も言わない。」

「……っ!」


あゆみちゃんが、息を飲んだのがわかった。そして、震える声を絞り出し始める。


「そんな……私……ずっと翼くんが好きだったのに……」

「デビューした頃から俺のファンだった事は、有り難いと思っているよ。だけどあゆみは、熱烈なファンだと言われれば誰でも付き合うか?」

「そんな事は……しない……」

「それと一緒だ。ずっとファンだったからと言われて、あゆみと付き合う事は無い。」

「私は……ファンの一人でしか無いの……?」

「ファンの一人として、共演者として、あゆみの事は大事に思ってる。だけど、ただの男として愛しているのは……」

「もういい!」


あゆみちゃんは、翼くんの言葉を遮った。


「翼くんが熟女好きっていう噂は、本当だったんだ!」


じゅ、熟女好き?!


「ホント趣味悪過ぎっ!サヨナラ!」


勢いよくドアを開け、あゆみちゃんは病室を出ていった。

残された翼くんと私の二人の間に、微妙な空気が流れる。


「そ、その……」


チラッと翼くんを見ると、焦ったように翼くんが弁解し始めた。


「べ、別に、熟女好きで百合ちゃんを好きになった訳じゃぁ無いから!」

「う、うん……」

「ご理解頂けて何よりです……?」

「何で疑問系?」

「ん……何となく……」


これ以降、翼くんに言い寄る女の子は居なくなり、美魔女達から食事に誘われる機会が増えたらしい。


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