第6話
パクッ、モグモグ……パクッ、モグモグ……
父と母、久しぶりの私が顔を突き合わせた夕食の食卓は、お通夜かと思わせるくらい、重苦しい空気が流れている。
「百合子、大好きなチーズとベーコン入りの春巻きを沢山作ったからね♪」
「ありがとう、お母さん。」
「今日は疲れてるでしょ?沢山食べて、ゆっくり寝なさいね!」
父は黙ったまま箸を動かしている。
「お、お父さん、あの……」
「食事中は黙って食べろ。」
「はい……」
これはかなり怒っているな……でも、直接の原因は私では無いし……
重苦しい空気の中、食事を終えて、お茶を頂く。
「はい、お父さんお茶どうぞ♪」
「あぁ……」
母の明るい声にも、父は無反応だ。母は少し肩を竦めて、私に向き直る。
「百合子はコーヒーにする?」
「あ……今日は早く寝たいから……」
「さっき、ノンカフェインのコーヒーを買っておいたのよ♪」
「ありがとう。じゃぁ、それで……」
母と会話を交わしていると、バン!と父が食卓を叩いた。
「お客では無いんだ!それくらい自分でやれ!」
「……はい。」
「そんな甘えた事をしているから、愛想を尽かされて浮気されるんだ!」
「……」
「大体、お前は何の為に専業主婦になったんだ!子供くらい作っておけば、離婚されずに済んだだろ!」
子供……その言葉を聞いた瞬間、嫌悪感さえ抱く、元夫が満足するだけの義務的な営みが頭を掠め、ブルッ!と身震いが起こる……
「子供も作らず働きもせず離婚されたなんて、恥ずかしいと思わないのか!」
「お父さん、百合子は今日寝不足なんだから、そのくらいにしましょう。百合子、そろそろ休みなさい。また明日にでも話しましょう♪」
身を固くした私に気付いた母が、休むよう促してくれる。
「うん……おやすみ……」
「おやすみなさい♪」
そのまま黙って、リビングを後にした。
私の部屋は、結婚前そのままに残してあった。ベッドに身を投げ、横になる。
父からすると、専業主婦は暇なご身分に見えるんだろうな……でも、実際には年中無休&無給で、やることは次から次へと際限無く出てくる……特に姑の目が光っていたから、手抜きなんて出来なかったし……
昔気質の父に言わせれば、きっとそれも当たり前の事なんだろうな……
その時、ふと、翼くんが頭に浮かんできた。
『思ってる事を話してよ』
身内が聞く耳持たないで、赤の他人が耳を傾けてくれようとするなんて、可笑しな話よね……
それよりも、明日から仕事を探しに行かなきゃ……
そんな事を考えているうちに、ウトウトと夢の中へ入っていった……
翌日、目覚ましもかけずに寝てしまい、寝不足も手伝ってか起きたのは朝10時だった。
「おはよう……」
リビングにいた母に声をかける。
「百合子おはよう♪よく眠れた?」
「うん、ぐっすりと。」
「朝ご飯の用意をするから、顔を洗っておいで♪」
リビングを見渡しても、父の姿が見えない。
「……お父さんは?」
「何だか用事があるとかで、出掛けたわ。」
「そう……」
父には悪いけど、ちょっとほっとした。昨日の今日で、あまり顔を合わせたく無かった。
「頂きます。」
手を合わせた後、久しぶりに母の朝ご飯を食べると、気持ちが少し落ち着く気がした。
お盆を置いた母が、食卓の向かい側へ座ってきた。
「お父さんね……」
「……」
「百合子が離婚して帰ってきて、ショックだったんだと思うわ。」
「……」
「全然帰省しなかったでしょ?」
「うん……」
「そのうち、孫でも連れて帰ってくるさって言ってね。楽しみにしていたのよ。」
「そうなの……」
昔気質の父と結婚して、母は幸せだったのかなぁ……
ふと疑問に思って、母に尋ねてみる。
「お母さんはさぁ……」
「ん?なぁに?」
「お父さんと結婚して、幸せだった?」
「勿論よ。大事にしてくれているっていう実感はあったわ。出会った頃から言葉足らずの所はあったけど、何かある度に、大丈夫か?って聞いてくれていたしね。」
お父さんに、そんな一面があったんだ……
「昔ね、お義母さんと、百合子の子育ての事で揉めた事があったのよ。嫁に来たのだから、お義母さんも自分の母親と同じように敬えって考えだったのに、揉めた時は『口出しするな!』って、庇ってくれたのよ。いざという時は頼りになるんだから♪」
「そうなんだ……」
「だから、お母さんもお父さんを支えていきたいって思ったの。まっ、言葉足らずのせいで、通訳をしたりフォローするのが大変だったけどね♪」
私はそう思う事が出来なかったな……大切にされている実感も無かったし、日々どうやり過ごすかしか考えていなかった……
「百合子……もしかして……」
ガチャ……
母が何か言いかけた時、父が帰宅した。
「百合子……随分ゆっくり寝ていたな。」
「うん……おはよう……」
「そんな怠惰な生活を送っていたのか。いい身分だな。」
「……」
「そんな人に甘えてばかりいれば、離婚されるのも当たり前だ。」
「……」
バサッ!と食卓にパンフレットが置かれた。見ると、それは結婚相談所のものだった。
「お父さん……これは……」
「40歳過ぎれば、日に日に条件は悪くなる。早めに登録して来い。」
「でも、私、もう結婚は……」
「何を言ってるんだ!定職にもついて無いし、これから先、どうやって食べていくつもりだ!」
「仕事はこれから探すから……」
「その歳で一生食いっぱぐれのない仕事なんか見つかるか!とっとと養ってくれる相手を見つけて来い!」
「嫌よ!」
ガタッ!と椅子から立ち上がり、父と対峙する。
「自分の事は自分で決めるわ!」
「ふざけるな!その結果が離婚か!年金暮らしの親のスネをかじって一生過ごすつもりか!」
「そんなに迷惑なら、出ていくわよ!」
母が慌てて、仲裁に入ってくる。
「お父さん、いくら百合子の将来を心配するからって、いきなり過ぎよ!」
「だけどな!」
「それに、女の人は離婚から100日経たないと再婚出来ないのよ!そんな状態でお相手を探したら、先方にも失礼だわ!」
「いや、しかしだな……」
駄目だ……このままでは、両親の言い争いが絶えない……それに、もう、誰とも関わりたくない……
「ごちそうさま……」
食器を片付けて、ダイニングを出ていく。
「百合子?」
母の問いかけに振り向く事無く、返事をする。
「……仕事を探してくる。」
部屋に鞄を取りに行き、黙って実家を出た。