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第58話

 翌朝、少し早めに起きて、近所のコンビニへ二日酔いに効くドリンク剤とおにぎりを買いに行った。百合ちゃんはバイトが休みだから、少しでも寝かせておこうと思ったからだ。


「よしっ!これでいい!」


リビングのテーブルに書き置きをして、百合ちゃんが起きた時に見て貰えるようにする。


ちゃんと話そう……それで、俺から離れたいと言われたとしても、仕方無い……だけど、せめて話をするまでは、ここから百合ちゃんが出ていきませんように……


そう願いながら、玄関を出た。




 「ただいま……」


その日、深夜0時を回ってマンションへ帰った。

恐る恐る玄関のドアを開けると、部屋の中は真っ暗だった。


百合ちゃん、出て行っちゃったか……そうだよな……何の言い訳さえもしない俺に、愛想尽きてもおかしくは無いよな……


ため息をつきながら、ベッドルームのドアを開ける。すると、ベッドの上にちょこんと正座している人影が……


「……えっ?百合ちゃん?」

「お、おかえり……」


百合ちゃんだ……本物の百合ちゃんだ……


ゆっくりと百合ちゃんに近付く。


「百合ちゃん……本物だよね?」

「へっ?本物だけど……」

「よ……」

「よ?」

「良かったぁ~!!」


ガバッ!と思いっきり百合ちゃんを抱き締める。


「ちょっ!どうしたの?」

「百合ちゃんが居てくれた……」

「うん……」

「百合ちゃん、本当にごめんね……ちゃんと説明するから聞いてくれる?」

「うん……」


少し身体を離して、百合ちゃんの目を真っ直ぐに見る。


「食材を取りに行った時、あゆみから散歩がしたいってせがまれたんだ。共演者だから無下にも扱えなくて、少しだけって事で行ったんだ。」

「うん……」

「林を出たところで顔に付いてるまつ毛を取ると言われて、少し屈んだ時にいきなりキスされて……」

「……」

「もちろん、すぐに離れたし、こんな事をされても困るって言ったんだ。」

「そうだったのね……」

「まさか百合ちゃんに見られているとは思っていなくて、心配をかけたくないから、事故だと思って黙っておこうと……だけど、間違ってた。ごめんね……」


少し俯いて俺の話を聞いていた百合ちゃんが、口を開いた。


「こっちこそ、信用してあげられなくてごめん……」

「許してくれるの?」


百合ちゃんはコクッと、黙って頷いてくれた。


「ありがとう……」


顔を傾けて、ゆっくりと百合ちゃんの顔に近付ける。


はっ!そういえば昨日、嫌がってたよな……他の女とキスした後だし……


「そ、その……」


チュッ♪

戸惑っていると、百合ちゃんの唇が俺の唇に軽く触れた。


「……えっ?えっ?」


驚いて顔を上げると、百合ちゃんは少しはにかみながら、俺を上目使いに見ている。


「私……翼くんを信じたい……だから、これから先同じ事があっても、ちゃんと教えて。上書きするから……」

「百合ちゃん……」


嬉し過ぎて、マジで涙が出そう……


百合ちゃんの頬に手を添え、ゆっくりと顔を近付ける。


「もう二度と、泣かせたりしないから……」


瞼を閉じて、唇を重ね合う。

百合ちゃんが傍にいる事をもっと感じたい……その思いで、更に深く熱を絡め合う……


「ヤバい……止まらない……」


俺に愛しそうな顔で微笑みを向ける百合ちゃんの唇を、気の済むまで求め続けた。


どれくらい経っただろう……

名残惜しげにそっと唇を離し、額と額をコツンと合わせた。百合ちゃんは幸せそうに、ふわっと微笑んでくれている。


「ふふ!百合ちゃんのその顔、好きだな♪」

「どんな顔?」

「嬉しそうというか、何とも言えないくらい幸せそうな顔をしてるよ♪」

「そ、そうなんだ……私って、そんな顔をしているのね……」

「その顔、いつまでも見ていたいかも……」


少し恥ずかしそうに俯いた百合ちゃんが、俺の手を握ってくる。


「私、翼くんにちゃんと伝えていなかったと思って……」

「ん?何を?」

「その……」

「……?」

「す……好きだから……翼くんの事……」

「……っ!」

「は、俳優で無くても、モデルで無くても、翼くん自身がいいと言うか……」


うわっ!な、何?この究極に可愛い生物は!


「百合ちゃん!もう一回言って♪」

「い、一度だけで勘弁して!」

「お願い♪」

「無理っ!恥ずかしくて、顔から火が出そう!」

「ぷぷっ!百合ちゃん、真っ赤♪」


よしっ!ここは、俺からもちゃんと言おう!


「百合ちゃん、俺もちゃんと伝えるね♪」

「うん……」


一度大きく深呼吸をして、百合ちゃんの顔を見つめる。


「百合ちゃん……いつまでも俺の傍にいて……」

「うん……」

「俺と結婚して……」



  ・

  ・

  ・

《百合子目線》



 俺もちゃんと伝える……

そう言った翼くんの口から聞こえてきた言葉は、耳を疑うものだった。


「百合ちゃん……いつまでも俺の傍にいて……」

「うん……」

「俺と結婚して……」

「う………………んん?!な、何を!!」


危ない、危ない!もう少しで雰囲気に飲まれて、返事をするところだった!


「だって、今、ずっと傍にいてくれるって言ったじゃん♪」

「そ、それは、翼くんが望む限りであって、結婚とは意味が違うから!」

「どう意味が違うの?俺は一生傍にいて欲しいと思ってるし、前から結婚してって言ってるじゃん♪」

「い、言っているけど……」


小悪魔の戯言だと思って、軽く流してたわ……


「翼くん、よく考えて……私、バツイチだよ?」

「そんなの知ってるし!」

「一回りも上だよ?」

「それでも好きになるのを止められなかったし♪」

「その……結婚すれば、当然のように子供を望むようになるよね?」

「百合ちゃんさえ傍にいてくれれば、別にいいもん♪」

「そ、そう……」


こ、これは、何を言っても聞く耳を持たなさそう……若さ故の全力疾走……


「で、百合ちゃんの返事は?」

「それは……」

「ちなみに、“はい”か“YES”の二択だから!あっ、“OK”でもいいよ♪」


それって、私に選択権は無いじゃない……


翼くんはワクワクした様子で、私の返事を待っている。まるで、ご褒美を待つワンコ……


「翼くん……もうちょっと考えてもいい?」

「え~!何で?」


あっ……ワンコの耳と尻尾が垂れ下がった……


「その……今回みたいにまた喧嘩する事もあるだろうし、もう少しお互いを知ってから……」

「そんなの待ってたら、他の男に取られちゃうじゃん!」

「そ、それは無いからっ!それに、女の人は離婚から100日経たないと、再婚出来ないのよ。」

「う~ん……じゃぁ、それまでに前向きに考えてくれる?俺の気持ちは変わらないから。」

「わかったわ。」


ふぅ……何とか納得してくれたかな?


「代わりに、今日からギュッ!として寝てもいい?」

「ふふ!いいわよ♪」


私の返事を聞いた翼くんは、嬉しそうに微笑んで私を力強く抱き締めてくる。


「久しぶりの百合ちゃんだ……」


そのままベッドに倒れ込み、久しぶりに翼くんの腕の中で眠りについた。


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