第57話
「かんぱ~い♪」
テーブルに置かれたスプモーニを、一気に飲み干す。
「お?百合さん、飲めるね!」
「でしょ♪」
私は、あれから浦和くんに連れられて、シュウくんのクラブへやってきた。
「ついでだし、翼のキープも出すか!」
そう言ってシュウくんが持ってきてくれたのは、フォアローゼスのプラチナだった。
「これ……」
「あぁ、翼に頼まれて、店に入れたんだ。」
私と偶然会えるように、願掛けしていたお酒……
また思い出しちゃった……
「うっ……うぅ……うぇ~ん!翼くんのバカぁ~!」
「ゆ、百合さん……やっぱ翼と喧嘩した?」
シュウくんは取り乱して、焦ったように尋ねてくる。
いい年して、一回りも下の男の子達に愚痴って泣くなんて、最悪だと思う。だけどお酒の力も手伝ってか、言葉と涙が一向に止まらない。
「そりゃ私もさぁ、いつか翼くんに年下の可愛い恋人ができたら、潔く身を引くつもりでいたよ!でも……でも、一緒に住んで一ヶ月しか経っていないのに、早過ぎだってばぁ~!うぇ~ん!」
「翼が浮気?何かの間違いじゃぁ……」
「間違い無いもん!見たもん!」
「何を?」
「翼くんとあゆみちゃんが……うっ……うぅ……き、キスしてたもん!うわぁ~ん!」
シュウくんが作ってくれたハーフロックを煽り、膝に顔を埋める。
「百合さん……」
シュウくんと私のやり取りを静観していた浦和くんが、諭すように話し掛けてきた。
「百合さん、いつかは身を引く覚悟があったのなら、早く解決して良かったでは無いですか。」
「えっ……?」
思わず顔を上げて、浦和くんに目を向ける。
「おい!」
シュウくんが浦和くんに何か言いかけたけど、浦和くんは手を挙げてそれを制している。
「ロイヤルインフィニティの支配人から聞いた話ですが、貴女は明るく社交的で、周りに気を配るのが上手だと言っていました。ですが、同時に、一人で抱え込むところも見られたそうです。」
「……」
「貴女は、人にいい顔をし過ぎでは無いですか?」
「それは……」
確かに言えるかも……だから、元姑にも逆らわず、元旦那にも言いたい事を言えなかった……自分自身、追い込まれている事にも気が付かず……
「身を引く覚悟だと言いましたが、それは本心ですか?」
「……」
「翼にちゃんと自分の気持ちを伝えましたか?」
黙って首を横に振る。
「言わなくては伝わらない事も、沢山ありますよ。」
「私は……」
私は……離れたく無い……翼くんと一緒に居たい……このままでは、きっと一生後悔する……
グイッ!と更にお酒を煽り、気合いを入れる。
「よしっ!今日はとことん飲むぞ~!翼くんにフラれてもいい!当たって砕けろだぁ~♪」
「百合さん、その意気です。」
「やるぞぉ~♪」
それから、三人で乾杯を続ける。この辺りから私の記憶は途切れていった。
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《翼目線》
ピロン!
渋沢駅界隈で百合ちゃんを探しながら歩き回っていた時、スマホにメールが届いた。確認すると、シュウからだ。
《クラブに来なければ、お前の大事なものを奪う。》
「はぁ?大事なものって何だよ。」
メールには写真が添付してあり、スクロールして目を落とす。
「な、何で?!」
目を疑うような写真だ!その写真には、ソファで倒れるように横になる百合ちゃんの姿が!
急いでシュウに電話をかける。
「おいっ!シュウ!百合ちゃんに何をした!」
──「まだ何もしてね~よ。」
「手出ししたら、許さね~からな!」
──「そんなの知らね~な。お前の代わりに、百合さんを美味しく頂いてやるよ。」
「指一本触れるんじゃね~よ!」
ピッ!と通話を切って、クラブのVIPルームへ走った。
「百合ちゃん!」
クラブのVIPへ飛び込むと、倒れるように意識の無い百合ちゃんの姿があった。
急いで駆け寄ろうとすると、シュウが立ちはだかってくる。
「シュウ!どけ!」
シュウは無言のまま、俺を睨み付けてくる。
すると、席に座っていた春樹が俺を制してきた。
「翼、落ち着け。百合さんは、酔っ払って寝ているだけだ。」
「酔っ払って?」
「あぁ。まずはお前も座れ。」
百合ちゃんに何事も無かった事に安堵しながら、ソファへ座る。シュウも続いて座ってきた。
「まずは、説明して貰おうか。何故百合ちゃんがこんな事に……」
すると、シュウは鼻で笑うように、俺を見てくる。
「ふん!他の女とキスするような男に説明が必要か?」
「な、何でそれを?!」
「百合さんが見てたんだよ。」
「マジか……」
キャンプの夜から百合ちゃんの様子がおかしかった事が、やっと納得できた。
あれを見られてたんだ……
「だけどあれは、向こうから勝手にされただけで……」
「それを百合さんに説明したか?」
「いや……心配かけると思って……」
「お前、百合さんが抱え込むタイプって知ってただろ?」
「……」
「黙ってれば、バレないとか思ったか?」
「それは……」
確かに、百合ちゃんは自分の気持ちを抑えて、言いたい事を我慢をするタイプだ。
俺とあゆみのキスを見ていながら、俺の為に料理や洗濯をするって、どれだけ複雑な気持ちだったか……
「百合さんは、お前に年下の可愛い恋人ができたら、潔く身を引くって言ってたぞ。」
「本当にそんな事を?」
「本当だ。そこまで女に覚悟させるようなお前に、百合さんは渡せね~よ。」
「どういう意味だ?」
「百合さんは、俺が引き受ける。」
「シュウ……お前……」
思わずシュウの顔に目を向ける。
真剣だ……まさか、シュウは百合ちゃんを……?
「シュウ……てめぇ……」
「何だよ。文句あるのか?」
再びシュウと睨み合いが続く……
そんな二人の拮抗は、シュウがフッと笑った事で崩れた。
「冗談だ。そこまでムキになるな。俺が親父の事業を継ぐ為に、利益のある女としか結婚出来ないのは、知ってるだろ?」
「シュウ……」
「だからこそ、本気になれるお前が羨ましいだけだ。」
今のは、たぶん本気だ……シュウの本音だろう……
「二度と百合さんを泣かすんじゃね~ぞ。」
シュウは何か吹っ切れたような笑みを浮かべて、拳を付き出してくる。
「あぁ、勿論だ。」
拳をコツンと合わせて、シュウに誓う。
それから百合ちゃんを横抱きにして、春樹のリムジンに乗せて貰い、マンションまで帰った。




