第56話
キャンプ場から戻ってから、翼くんとはすれ違いの日が続いた。私が極力避けているのもあるし、翼くんが特番ドラマと映画の撮影、モデルの仕事にと、休みが無いのもある。
今朝からワイドショーでは主役の二人、タカノブくんとあゆみちゃんが特番ドラマの番宣をしている。
──『今回のドラマは、どんなお話ですか?』
『俺とあゆみちゃんが幼馴染みで、俺の先輩役に翼くんが出演します。』
インタビュアーの質問に、タカノブくんがドラマの粗筋を答えている。
──『あゆみちゃんは、どんな役ですか?』
あっ……翼くんにキスした女の子だ……
『私のせいで翼くん役の先輩が車椅子になってしまい、幼馴染みのタカノブくんとの間で揺れ動く女の子の役を演じます♪』
──『今回、お二人ともキスシーンがあるらしいですね?』
『はい……特に翼くんは、デビューした時からファンですので、とても緊張します♪』
そうなのね……今も、翼くんと一緒なのかな……
「はぁ……」
私の中のもやもやは時間が経つにつれ、広がっていくばかりだった。
翼くんとまともに話すのは電話が主だ。
──「百合ちゃん、今日は夜の9時くらいに帰れるから、一緒にご飯を食べようよ♪」
「ごめん……疲れているから、先に寝ておくね。」
──「そっか……残念だけど、ゆっくり休んでね♪」
「うん……ご飯は冷蔵庫の中に入れておくね。」
はぁ……一緒に住んでいると、翼くんを避ける続けるのも、無理が出てくるわね……
溜め息をつきながら、翼くん用の夕食を冷蔵庫へ入れる。それから眠気も無いのに、早々にベッドへ潜り込んだ。
カチャッ……
「ただいま……」
翼くんがゆっくりとベッドルームのドアを開けて、ベッドサイドまで来たのがわかった。
「百合ちゃん、ただいま……」
狸寝入りをする私のこめかみに、約束した挨拶のキスが落とされる。そして、ゆっくりと私の頭を撫でて、翼くんはベッドルームを出ていった。
夕食を食べ終わったのか、暫くして翼くんがベッドルームに戻ってきた。そしてベッドの中へ入り、私を抱き締めて溜め息をついている。
「はぁ……百合ちゃん不足……」
「……」
「話がしたいよ……笑顔が見たいよ……キスがしたいよ……」
全てを割り切って応えられたら、どんなにいいか……
「お疲れ様……ゆっくりおやすみ……」
頬にキスが落とされ、翼くんは私をあやすように頭を撫でている。
優しくされればされる程、泣きたくなるくらい悲しくなる……
翼くん……全てを話して……お願いだから……
そんな願いを込め、寝返りする振りをして翼くんの胸に顔を埋めた。
翼くんを避け続けていたある日、いつも通りパン屋のバイトを終えて裏口を出ると、いきなり後ろから抱きつかれた。
「百合ちゃん、お疲れ様~♪」
「つ、翼くん?」
「何かこ~ゆ~のも、久しぶりだね♪」
「そ、そうね……」
翼くんは私の前に回り込んで、顔を覗き込んでくる。
「今日は早めに仕事が終わったんだ!せっかくだし、何か食べて帰ろうよ♪」
「えっ?」
「久しぶりにゆっくりしたいしさっ!」
まともに顔が見れない……
翼くんから視線を逸らして、俯いた。
「……疲れているから、早く帰りたいの。」
「そっか……じゃぁ、コンビニで何か買って帰ろうね♪」
その時、翼くんの顔が近付いてきた。
キスされる!
翼くんとあゆみちゃんのキスが頭に過り、咄嗟に顔を背ける。
「……百合ちゃん?」
「……」
こんなの続ける訳にはいかない……わかっているのに、翼くんのキスに応えられない……
「また、誰かに何か言われたの?」
「別に……」
私の言い方が気に入らなかったのか、珍しく翼くんが声を荒げた。
「言いたい事があるんなら、ちゃんと言えよ!」
「言う事があるのはそっちじゃない!」
売り言葉に買い言葉で、お互いが喧嘩腰になっていく。
「俺だけを信じてって言ったよな!」
「だったら、信じられる行動を取ったらどうなのよ!」
「俺がいつ疑われる事をしたんだよ!」
「もういい!私、マンションを出ていくから!」
「はぁ?!何でそんな事になるんだよ!意味がわからね~よ!」
「このままじゃぁ、一緒に居られないから!」
私の腕を掴んでくる翼くんの手を、思いっきり振りほどき、渋沢駅へ向かって全速力で走った。
「はぁ……」
帰るといっても、翼くんのマンションには帰り難い。
溜め息をつきながら、歩道橋の上から道を走る車を眺めている。
「どうしよう……」
頭に浮かんでくるのは、キスを拒んだ時の悲しそうな翼くんの顔だ。
「あんな顔をさせたい訳じゃぁ無いのに……」
再度深い溜め息をつく。
その時、いきなり腕を掴まれた!
「早まってはいけません!」
「えっ?!」
腕を掴んできた人に目を向ける。そこには、息を切らせた浦和くんがいた。
「う、浦和くん?」
「百合さん、話せばわかります!私で良ければいくらでも話を聞きますから、早まらないで下さい!」
「えっと……早まるって、何をですか?」
訳がわからず、キョトンとしてしまう。
「あっ……もしかして、勘違いしてしまいましたか?車から貴女が思い詰めているように見えたもので……」
もしかして、自殺志願者に見えて、車から降りてきてくれたの?
浦和くんは少し安心したように、私の腕から手を離した。
「す、すみません……誤解させてしまいまして……」
「いえ、こちらこそとんだ勘違いを……それより、何かありましたか?」
「それは……大丈夫です……」
「そのようには見えませんでしたよ。翼のマンションまでお送りいたしましょう。」
「……いえ……それは……」
「もしかして、翼と喧嘩しましたか?」
「……」
図星過ぎて、返事が出来ない……
「……このままお帰し出来ませんし、何処かへ行きますか?」
その言葉に、思わず笑みが溢れる。
「ふふ!その反応、シュウくんと一緒だ!」
「シュウは、気に入った方には面倒見がいいですからね。」
「……みんな、面倒見がいいよ……浦和くんも、シュウくんも……翼くんも……」
マズイ……泣きそう……
「もう……わからないよ……うっ……うぅ……うぇ~ん!」
たまらず、大きな泣き声をあげてしまった。
「ゆ、百合さん?!」
「うぇ~ん!ごめん……うっ……うぅ……泣いて……ごめん……」
「大丈夫ですよ。大人でも、泣きたい時はありますから……」
泣いてはいけない……そう思っていても、色々な事が起こり過ぎて涙を止める事が出来ず、しゃがみ込んで泣き続けた。




