第55話
近付いてきた一人に、翼くんが話し掛けている。
「お前ら、何やってんだ?」
「やっと梅雨が明けただろ?ドラマの撮影が始まる前に遊んでおこうと思ってな。」
翼くんの知り合いのグループは、男の子二人に女の子が三人……
それにしても、みんな背が高くてスレンダー……お金が無くて痩せただけの私とは違って、スタイル良さそう……
「百合ちゃん、今度、ドラマを一緒にするタカノブとあゆみちゃん、それ以外はモデル仲間なんだ。」
一人だけ話について行けず、蚊帳の外だった私に翼くんが説明してくれた。
タカノブくんは、コマーシャルでも見た事がある、今、注目の若手俳優だ。そして、あゆみちゃんは、お人形さんのように可愛らしい女の子だ。
「もしかして、そっちは噂の彼女?」
タカノブと言われている人が、私の顔を覗き込んでくる。
「は、初めまして……」
挨拶をしながら一歩退くと、翼くんがすかさずタカノブという人から私を引き離すように、肩を抱き寄せてきた。
「見るな!触るな!俺のだ!」
「ふ~ん……噂以上に入れ込んでるな。」
「まぁな♪」
つ、翼くん……一体どんな噂が……
それよりも、さっきから女の子達の視線が冷たい……
「そうだ!せっかく隣なんだから、一緒にバーベキューしようぜ!」
タカノブくんの提案に、翼くんは渋い顔をしている。
「え~、せっかく百合ちゃんとゆっくり出来るチャンスなのに……」
「いいだろ?ドラマの親睦会って事でさ!」
ここは、翼くんの仕事の為にも断らない方が……
「翼くん、私は構わないわよ。」
「百合ちゃん、本当にいいの?」
「うん、こんな偶然も無いし、キャンプは大人数の方が楽しいわよ。」
「百合ちゃんがそう言ってくれるなら……」
二人になるのはこれから先いくらでもあるし、たまにはいいわよね……
その考えは、すぐに私の中で後悔する事となる。女の子達の話し声が漏れ聞こえてきたからだ。
『良かったね、あゆみ!翼も一緒だよ♪』
『うん♪』
『私の情報網に、感謝してよ!』
えっ……?
まさかテントが隣になったのって、確信犯?
何とも言えない不安を抱えたまま、翼くんの仕事仲間と一緒にバーベキューする事が決定した。
気が重いまま隣のテントへ移動して、バーベキューの準備を始める。
「これ、どうするの?私、わかんな~い!」
モデルだと言っていた女の子の一人が、食材を前にチラッと私を見た。
これは、私に聞いているのかな……
戸惑いながらも、近付いて話し掛ける。
「たぶん、このステーキは厚みがあるので、焼いた後に薄切りにするんだと……」
「え~、私、怪我出来ないから、包丁使わないのよね!」
「……わかりました。私がするので、ピザの準備をお願いします。」
「ラッキー♪よろしくね!」
女の子は、ピザの準備もする素振りを見せず、その場を去っていった。
ぜ、全員分の準備を一人で……
若干目眩をさせながらも肉の表面を焼き始め、包丁の準備をする。
「翼、お前のところの食材は?」
「今から取りに行ってくるよ。百合ちゃん、一緒に行こう♪」
タカノブくんに言われ、私を誘ってくれた翼くんの言葉を、すかさずさっきの女の子が遮る。
「百合さんは駄目!こっちの準備があるの!」
包丁を握っている私を見て、翼くんも諦めたみたいだ。
「わかった。百合ちゃん、ちょっと行ってくるね。」
「う、うん……」
翼くんは私に一言告げて、管理棟へ歩いていってしまった。
はぁ……仕方ない……
溜め息をつきながら再び食材に向き直おろうとした時、あゆみちゃんが別の女の子に促されているのが、視界に飛び込んできた。
『ほら、あゆみも行ってきなよ♪』
『うん♪』
促されたあゆみちゃんは、嬉しそうに翼くんの後を追って、走っていく。
私はそれを呆然と見送る事しか出来なかった。
翼くんなら、大丈夫……『俺だけを信じて……』って、言ってくれたもん……
自分に言い聞かせながら包丁を動かし続け、準備が終わった。それでもまだ、翼くんとあゆみちゃんは戻って来ない。
「お手洗いへ行って来ます。」
不安になって管理棟のお手洗いへ向かう。だけど、二人の姿は見えない。
「何処へ行ったんだろう……」
お手洗いを済ませて管理棟を出た時、ふと目を向けた林の中から出てくる二人を見つけた。
「えっ?何でそんな所から……」
立ち竦んで二人を見つめる。
二人は和やかに話をしながら歩き、ふと立ち止まった。そして何故か翼くんが少し屈んでいる。その翼くんにあゆみちゃんが顔を近付けて……キスをしたっ!
う、嘘っ?!
二人の姿に目を背ける……
「ど……どうして……」
瞼に焼きついてしまった光景を振り切るよう、走ってテントへ戻った。
二人用のテントへ駆け込み、ベッドへ潜った。とてもじゃ無いけど、翼くんの顔を見れない……
「百合ちゃん?」
翼くんがテントへ入ってきて、私が寝ているベッドへ腰掛けてくる。
「具合でも悪い?」
「……プールで疲れたから、眠たいだけ……」
「そう……でも、もう少しで乾杯を始めるみたいだよ。」
「私はいい……みんなで食べて……」
「百合ちゃん、少しは食べないと駄目だよ。」
「要らないってば!」
つい、声を荒げて返事をしてしまった。
「百合ちゃん……何かあった?」
シーツの上から、翼くんが優しく頭を撫でてくるのがわかる。
「……翼くんを待っている間に、眠くなったの……」
「遅くなってごめんね……その……色々と歩き回ってて……」
あゆみちゃんとキスしたのは何故?……言い訳さえも、してくれないの……?
「私、もう寝るから……」
「わかった。ゆっくりおやすみ……」
チュッ♪
シーツで顔を隠す私のこめかみに、軽いキスを落として、翼くんがテントを出ていく音がした。
私が翼くんの熱に応えられない限り、いつかは私から離れていく……だけど、こんなに早く、そんな日が来るなんて……
「信じてって言うなら、信じさせてよ……もう私が要らないならそれでもいいから、ちゃんと言って……」
私の呟きは誰にも届かず、消えていった。




