第54話
【ぼんやりしている心にこそ恋の魔力が忍び込む。 ー シェークスピア】
「百合ちゃん、お願い♪」
「だ~めっ!」
「どうしても?」
「どうしても!」
今、ソファの上で、翼くんに迫られている。泳ぎに行こうと……
「ちゃんと新しい水着も買ってあげるからさっ♪」
「そ~ゆ~問題じゃぁ無い!」
「なら、ど~ゆ~問題?」
「その……色々と重力に勝てないというか……」
「重力?何の事?」
そりゃ、私だって12年前なら、弛みなんて気にしなかったわよ……
「と、年相応というか……」
「年齢なんて、関係無いじゃん!それでも惚れちゃったし♪」
「うっ……」
「来月から特番ドラマと映画の撮影で忙しくなるし……百合ちゃんとゆっくり夏を満喫出来るのは、この日しか無いし……」
ま、また、そんなワンコみたいなうるうる目で……
「それに、もうキャンプ場も押さえたんだよね~♪」
「それって、私に選択権は無いじゃん!」
「そうとも言うかな♪」
「わ、わかったわよ!ただし、みんなに迷惑をかけたく無いから、パン屋が休めたらね!」
「りょ~かいっ♪ちゃんと水着も、百合ちゃんに似合うものを選んであげるからね!」
絶対、過激なものを選びそう……
「だ、大丈夫!自分で買ってくるよ!」
「それも楽しみのうちなんだから、俺に任せて♪最近は甘辛ミックスとか、いいのがあるよ!」
「花柄フリフリだけは避けてね……」
パン屋のオーナーはこんな時に限って、快くシフト変更を了承してくれた。そして、翼くんお勧めのショップへ連れて来られている。
「百合ちゃん!次はこれ♪」
「まだ着るの?」
「勿論!一番似合う水着を選ぶって言ったじゃん♪」
私の水着なのに、私より熱心だ……
胸元にフリルがたっぷりあしらったものや、総レースのものなど、私では選ばない水着ばかりを着せられている。
そして、次は、黒に大柄な花柄のホルターネックになっている水着だ。
あっ、これいいかも♪
同柄の短パン付きで、ビキニパンツの際どさも気にならない。
「ど、どうかな……?」
水着を試着して、カーテン越しに翼くんへ声を掛ける。試着室を覗いた翼くんに、やっと安堵の笑顔が浮かんだ。
「一番いいかも♪百合ちゃん、濃い色が似合うね!」
「そ、そう?」
「ど~しよ~!見せびらかせたい気持ちもあるし、他の男が百合ちゃんに惚れちゃったら困るし!」
いや……そんな葛藤は不要ですから……
「翼くんって、趣味が変わっているよね……」
「ん?その水着、気に入らなかった?」
「水着の事では無くて、女の子の趣味が……」
「何で?趣味がいいから、百合ちゃんを捕まえたんだよ♪」
恋は盲目、痘痕にえくぼ、そんな言葉が頭を過った……
そして、キャンプ場へ行く当日、翼くんが運転する車は、スパリゾートへ着いた。
早速水着に着替えて、屋内のプールへ行く。翼くんは先に着替え終わり、プールサイドで待っていた。
「お、お待たせ……」
おずおずと翼くんに声を掛けると、私の声に顔を向けた翼くんが固まった。
「えっと……やっぱり似合って無いかな……」
翼くんが居ない間にこそっと腹筋を頑張ったとはいえ、自信を持って見せられる程のスタイルでは無い。恥ずかしくて思わず俯いてしまう。
すると、意外な言葉が返ってきた。
「い、いや……綺麗過ぎて……」
「そんな……試着室でも見ているじゃない……」
「そうなんだけど……改めて見ると、感動というか……」
翼くんは少し赤くなった顔を隠すように、腕を口元に当てている。
そんなに喜んで貰えると、余計に恥ずかしいかも……
「そ、その……ビキニを着たのって、初めてで……あんまり見られると照れるというか……」
「えっ?着た事無いの?」
「うん……泳げ無いから、誘われても断ってて……」
「そっか……俺が初体験かぁ……凄ぇ、嬉しい~♪」
翼くんは 嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
この年でビキニなんてちょっと恥ずかしいけど、勇気を出してみて良かった……
「よしっ!早速泳ごう!」
「私、泳げ無い……」
「大丈夫!プールだからちゃんと足が着くし、怖かったら俺に抱きついて♪」
「だ、抱きっ……!」
「ぷぷっ!今更だから♪」
「ま、まぁ……そうなんだけど……」
それから翼くんに腕を引っ張られながら、恐る恐るプールに足を浸ける。
「あっ……温かい……」
「元は温泉だからね~♪でも、歩くだけでは物足りないか……ちょっと待ってて!」
そう言って、翼くんは何処かへ行ってしまった。暫くして戻ってきた翼の手には、大きな浮き輪がある。
「す、凄く大きな浮き輪だね……」
「うん、これくらいでないと、使えないからさっ♪」
バサッ!と私に浮き輪を被せたかと思うと、翼くんはいきなりプールに潜ってしまった。
「えっ?翼くん、何処?」
キョロキョロすると、ザッバーン!と、浮き輪の後ろに何かがいきなり現れた!
「きゃぁっ!」
「ぷぷっ!驚いた?二人で使う為に、大きい浮き輪にしたんだ♪」
「お、驚いたと言うより……」
背中に……肌に直接、翼くんの肌が……
「ん?どうかした?」
「な、何でも無い!」
「そう?」
浮き輪は私の意志を無視して、ゆっくりと流れるプールの水流に沿って、動き出していく。
「百合ちゃん、足を浮かせてみて!プカプカとして気持ちいいよ♪」
「う、うん……」
後ろから抱きつく格好の翼くんに身体を預け、そっと足を持ち上げてみる。
あっ……プカプカ浮いてる……結構楽しいかも……
「ふふ!気持ちいい♪」
「でしょ♪ここなら泳げ無くても、楽しいしね!」
「翼くんは海の方が良かったんじゃぁ無い?」
「大丈夫!今、映画を撮ってるでしょ?シーンが変わっていきなり日焼けしてるってマズイから、俺も室内で無いと無理だったんだ!だから、百合ちゃんが気にする事は、何も無いよ♪」
「そっか……プールがこんなに楽しいとは、思わなかったわ。連れて来てくれて、ありがとう♪」
「どういたしまして♪」
それからプールを満喫した後、温泉に浸かり、キャンプ場へ向かった。
「す、凄い……初めて見た……」
着いたキャンプ場は、グランピングと言われる施設で、広いテントの中にベッドまでもが設置されていた。更にウッドデッキ付、そこにはソファやバーベキューの道具までが付属されている。
「どう?俺も初めて来たんだけど、食材も現地調達できるから、手ぶらでキャンプが出来るんだって♪」
私の中のキャンプと言えば、狭いテントに寝袋で雑魚寝……火を起こして飯盒炊飯……まったく必要無さそう……
「だから、何の準備も要らないって言ってたのね。」
「そそ!二人用だから狭いタイプだけど、ファミリー用は、ベッドルームが2つに、リビングまであるらしいよ!ほら、隣のテントみたいにね♪」
ふと、翼くんが指差した方へ目を向けた。そこには、スラッとした男女のグループが寛いでいる。
そのうちの一人がこっちに気づき、声を掛けてきた。
「よう!翼じゃん!」
「えっ?タカノブに広樹?」
えっ?翼くんの知り合いなの?
驚く私達を他所に、そのグループが私達の方へへやってきた。




