第53話
「百合ちゃん、こっち!こっち!」
久しぶりに休みが重なる前日、パン屋のバイトの後、百合ちゃんを連れて外出した。
安心して歩けるようになった街中を手を繋ぎながら、堂々と歩く。
「翼くん、今日は何処へ行くの?」
「百合ちゃんにとっては懐かしいかな~♪」
「懐かしい?」
「そそ!」
不思議そうにする百合ちゃんを連れて着いたのは、一件のライブハウスだ。
「オールディーズライブハウス……?」
「そうだよ!俺は初体験♪百合ちゃんは懐かしいでしょ?」
「でも、何で……」
「ん……何となく来たかったんだ♪」
本当は、元旦那の事で怖がっていた百合ちゃんに、楽しかった頃の思い出に触れて欲しかったから、以前から探していたんだよね……
それと、リュウジって人の思い出を上書きしたかったのもある……
まぁ、これは言えないけど……
席へ案内されて、飲み物と簡単なお摘みを頼む。
『あれ、翼くんじゃない?』
『本当だ♪』
『チークタイムに誘ってみようなか♪』
近くの席に座っていた女の子達の話し声が聞こえてくる。
へぇ~、チークタイムがあるんだ♪
ってか、飲み過ぎじゃね?声が大きいし、百合ちゃんと来てるから……
グイッ!と百合ちゃんの肩を抱き寄せて、密着する。
「つ、翼くん……一応、ここは外なんだけど……」
「別にいいじゃん♪見せつけてやろうよ!」
「み、見せつけ……」
ぷぷっ!また周りに気を遣ってるし!堂々と公開プロポーズしてるんだから、気にしなくてもいいのに♪
「で、俺、よくわからないんだけど、どうするの?」
「たぶん、バンドの演奏時間が決まってるんだと思うわ。バンドが出てきたら、フロアの空いてるところで、みんな踊るの。」
「へぇ~、やっぱクラブとは違うね。」
VIPルームなんて無く、雰囲気も古いアメリカのパブみたいな造りになっている。
こんな店もあるんだ……ちょっと異国の雰囲気が別世界みたいで、面白そう♪
感心しながら店内を見渡していると、またしても近くの席から、話し声が聞こえてきた。
『一緒にいるのって、彼女?』
『あぁ、あの下げマンの?』
はぁ?そんな風に捉えられてんの?!
『だって、あの人と付き合い始めてから、翼くん、酷い目ばかりじゃん。』
『そういえば、最近もクスリの疑いを掛けられたらしいね~!』
下げマンな訳無いじゃん!百合ちゃんと出会ってから、逆に仕事が順調だって!ってか、まだヤってねぇし……
チラッと百合ちゃんの顔を見る。少し俯き加減になっているところからも、噂話が聞こえているのがわかった。
「百合ちゃん、周りなんて気にしないで♪」
「うん……」
百合ちゃんは、曖昧な微笑みを向けてくる。
やっぱ気にするよな……何て言えば伝わるかな……
「よしっ!踊りに行こう♪」
赤色にドット柄のワンピースを着たポニーテールの女の子やリーゼントをキメたバンドのメンバーが出てきたタイミングで、百合ちゃんの腕を引っ張り、フロアへ出る。続々と他の人もフロアへ出てきて、あっという間にフロアは人で埋め尽くされていった。
演奏が始まり、周りは見た事が無い踊りを踊っている。
「百合ちゃん!どうやって踊るの?」
百合ちゃんの耳元で声を張り上げて、尋ねる。
「適当に身体を捻ればいいんだよ!ツイストっていう踊りなの!」
へぇ~!これがツイストなんだ♪
見よう見まねで身体を捻りながら、演奏に合わせて初体験のツイストを踊った。
何曲か踊った後、急に曲調がしっとりしたバラードに変わった。席へ戻る人、フロアに残って抱き合いながらゆっくりと身体を揺らすカップル、それぞれだ。
「……翼くん、席へ戻ろうか。」
「何で?」
「だって……」
「いいじゃん♪」
席へ戻ろうとする百合ちゃんの腕を引っ張り、強引に腕の中へ閉じ込める。
「ちょ、ちょっと!みんなが見てるよ!」
「構わないから。」
「でも!」
「百合ちゃん、俺を見て……」
キョロキョロと周りを気にしていた百合ちゃんが、やっと俺に目を向けた。
チュッ♪
すかさず軽く触れるキスを落とす。
「ちょっと!みんなが……」
「……俺だけを見て……」
「……」
「周りなんて気にしないで……俺だけを信じて……」
「翼くん……」
軽く百合ちゃんの顎を掴み、更に上を向かせる。
「みんなに、百合ちゃんを自慢してもいい?」
返事を待たずに、百合ちゃんの唇を塞いで深く絡ませる。
「ん!んん……」
最初は少し抵抗していた百合ちゃんだけど、次第に俺の胸にしがみつくよう手を添えてきた。
俺の気持ちが伝わった……
百合ちゃんを閉じ込めようとした元旦那とは違う……俺は、世界中に知らしめたい……百合ちゃんは俺の彼女だって……
リュウジ、天国から見てろ……百合ちゃんは俺が幸せにするから……
意外と独占欲強い一面に、心地好くさえも感じてしまう自分がいる。
バラードが終わるまで、お互いの熱を交わしながら、二人の世界に浸った。
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《百合子目線》
ライブハウスでの出来事は、店にいたお客さん発で、瞬く間にSNSに写真付きで広がっていった。
《翼くんと彼女の生チュ~!大胆やね♪》
《案外、翼くんがベタ惚れっぽかった!》
朝からワイドショーでも取り上げられた事から、日本全国がチークタイムのキスを知っていると言っても過言では無い状態だ。
チラッと、翼くんに目を向けた。何も気にしない様子で、ニコニコしている。
「ふふ!これで、俺と百合ちゃんは、全国公認の仲だね♪」
「そ、そうね……」
は、恥ずかし過ぎる……今までとは違う意味で街を歩けない……
この小悪魔には、一生勝てない気がする……
「百合ちゃん、今日は夜からの撮影だし、どうする?何処かへ買い物にでも行く?」
か、買い物?!街中よね!それだけは避けたいっ!
「そ、その……久しぶりにドライブなんてどうかな~!休みが重なるなんて、中々無いし!」
「じゃぁ、近場に行こうか♪」
「う、うん!」
ふぅ……何とか、街中は避けられた……
だけど本当の地獄は、翌日、パン屋に出勤した時だった。
「森崎さん、見たよ~!」
「意外と大胆だね♪」
売り場の女の子達から、次々に絡まれていく……心なしか、オーナーもそわそわして、何か言いたげな気が……
「い、いや……その……」
穴があったら入りたい……恥ずかし過ぎる……
こうして暫くの間、針の筵に晒される日々が続いてしまった……




