第51話
「ありました!タレコミどおり、白い封筒です!」
リビングから聞こえてきた声に、玄関から急いで部屋へ戻る。
私達を見た年配の捜査員が、キッチンカウンターの上に置いていた封筒を指差した。
「これは、あなたのものですよね?」
「それは、今日、郵便受けに届いていたものだそうです。」
「そうですか……中を調べても宜しいでしょうか?」
「はい、構いません。」
捜査員が慎重に、手紙の封を開ける。すると、ビニール袋に入った白い粉ようなものが出てきた。
別の捜査員が説明しながら試薬を取り出して試験管に入れた粉と混ぜ合わせる。
「色が変われば、麻薬という証拠です。」
捜査員が試験管を振る……見事に色が変わった……
「……麻薬は所持だけでも、罪になります。」
「待って下さい!翼くんは、その封筒に触れてもいません!一方的に送りつけられたものです!」
こんな……私が不審な手紙を持って入ったばかりに……
翼くんを庇うよう立ち塞がると、翼くんに制された。
「百合ちゃん、大丈夫。尿検査すれば使っても無いし、俺には必要無いって事がわかるよ。」
「でも……」
「すぐに証明されるから、安心して。」
「翼くん……」
他の捜査員達は冷静にベッドルームまで調べているようだ。私達と話をしていた捜査員が、私へ目を向けてきた。
「あなたは、森崎百合子さんですね?」
「はい……」
「現在、同居されているのですか?」
黙って頷く。
「では、あなたも尿検査を宜しいでしょうか?」
「駄目です!」
私が答える前に、翼くんが捜査員と私の前に立ちはだかる!
「何故、あなたが拒否をするのですか?何か隠したい事でも、あるように思えますね。」
「何もありません……ただ、彼女の検査は毛髪でお願いします。」
「理由を教えて頂けますか?」
「……お願いです……彼女を傷付けたく無いのです……」
「毛髪の場合、時間が掛かりますが……」
「構いません……」
捜査員達は顔を見合わせ、翼くんは尿検査、私は毛髪検査をする事になった。
翼くんが捜査員数人とトイレへ行っている間、私の毛髪を採取している捜査員に、尋ねてみる。
「あの……」
「何か?」
「尿検査って、小学校の頃にするのと同じですよね?」
「……相違点は、捜査員が見ている前で、採取する事ですね。」
「えっ……?!」
だから翼くんは、私の尿検査を拒否したんだ……
「まぁ、毛髪検査ならあなたの使用の有無が判明するのに、時間が掛かりますが……」
「そうですか……」
「手紙は彼の所有物でしょうから、逮捕は彼だけでしょう。」
「そんな……」
「あなたからは、任意でのお話しを聞くくらいです。」
「……」
どうしよう……私のせいで翼くんが……
ギュッと手を握り締めた時、翼くんが戻ってきた。
「百合ちゃん、大丈夫?」
「うん……翼くんは?」
「俺も大丈夫。ちょっと、任意同行に応じてくるけど、心配しないで。」
「えっ?ど、どうして……何も悪い事してないのに……」
「だからこそ、何も無い事を証明してくるからね。」
「翼くん……」
何だろう……嫌な予感がする……
「翼くん……すぐに帰ってくるよね?」
「もちろんだって。」
そう言って、翼くんは私を安心させるように微笑んで、捜査員数人と出て行った。
眠れない夜を過ごしても、翼くんは帰って来なかった。
溜め息をつきながらパン屋のバイトへ行き、その日の仕事を終えて、マンションへ戻った。
「今日は何も無いわよね……」
恐る恐る、郵便受けを開く。
「……っ!」
バサバサッ!
ダイレクトメールやチラシに混じって落ちてきた物に、息を飲んだ!
ラベンダー……
まさか……私と翼くんを遠ざける為に……元夫が……
はぁ……はぁ……
い、息が……苦しい……身体が震えてくる……
「つ、翼……くん……」
立っていられず、エレベーター脇の壁に凭れ、ずるずるとしゃがみ込む……
はぁ……はぁ……
誰かが近寄ってくる気配がする……に、逃げなきゃ……
「大丈夫ですか?」
「い、嫌ぁ~~~!!!」
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《翼目線》
くそっ!
任意同行に応じたのが失敗だったと気付いても、後の祭だった。
「だから、あなたのものでしょ?部屋にあったというだけで、逮捕出来るんですよ?」
「だから、何も知らないって!尿検査でも何も無かっただろ!」
「簡易検査ではね。何処から入手したかだけでも、教えて貰えませんか?」
「入手も何も、知らないって!」
「最近、芸能界は多いですからねぇ。」
こんな押し問答が、ずっと続いている。しかも、部屋へ帰るのは証拠隠滅の可能性があるとかで、無実を証明する為に、マンションへは帰して貰えない。
こんなくだらないやり取りなんて……
溜め息をついた時、取り調べ室に捜査員が入ってきた。取り調べ官に対して、何かを耳打ちしている。
耳打ちされた取り調べ官は俺に向き直って、意外な事を口にした。
「同居されている森崎さんの幻覚症状はいつからですか?」
「……はっ?何の事だよ!」
「森崎さんがあなたの名前で、麻薬を入手しているかもしれませんよ。」
「有り得ない!百合ちゃんに幻覚なんて無い!」
「公開プロポーズまでした彼女ですから、庇いたい気持ちはわかりますが、彼女を張り込んでいた捜査員がいきなり取り乱す姿を目撃しましてね。駆け寄ったら、叫ばれたようです。」
取り乱す……百合ちゃんが取り乱す時は、元旦那が絡む時だ!
「その時、百合ちゃんは何をしていましたか?!」
「普通に帰宅して、郵便受けを見た時のようですね。」
「ポストの中に百合ちゃん宛の手紙は!」
「ありません。」
「じゃぁ、紫色の花は!」
俺の言葉に、耳打ちをしていた捜査員が目を見開いた。
「……どうしてそれを?」
間違いない……これも、元旦那の仕業だ……
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《百合子目線》
翼くん、昨日も帰って来なかったな……
「はぁ……」
深い溜め息をついて、パン屋の裏口から店を出る。
ついに、翼くんのマンションまで知られてしまった……もう、元夫から逃げる場所が無い……
昨日、マンションの郵便受けにラベンダーが入っていた事が、何よりの証拠だ。
足取り重く裏口から裏路地を抜けようとすると、そこに立ち塞がる人影が見えた。
バサッ……
思わず鞄を落として、後退さる……
「百合子、僕の気持ちは届いたかい?」
「あ、あなた……何故ここへ……」
その人影は、元夫だった。




