第50話
涙が落ち着いた頃、席へ座って、花束の話をした。
「……という訳で、今のところ何の証拠も無いんだけど、元夫かもしれないと思って……」
「可能性は高いよな……他のヤツだったとしても気持ち悪いよね……」
「うん……」
翼くんは何かを考え込み始めた。と思ったら、ニコッと笑って顔を上げた。
い、嫌な予感……この笑顔は悪巧みを思いついた時じゃない!
「百合ちゃん、やっぱ一緒に住もう♪」
「だ、だからそんな……」
「迷惑なんて考えないよね~♪」
うっ……言い返せない……
「それに、百合ちゃんが俺のマンションに来ないなら、俺、毎日、神屋から帰らないと心配で眠れないしっ!」
「そ、それは……」
「新幹線代、かなり掛かるなぁ……」
ここで断ったら、本気で新幹線通勤しそう……
「わ、わかったわ!」
「そうと決まれば、早速、引っ越しをしないとね♪」
「よ、よろしくお願いします……」
はぁ……同棲決定……厳格な父親が聞いたら倒れそう……
引っ越しは翼くんが神屋から戻った後でする事に決まり、当面の荷物を持ち出して、翼くんのマンションへ行った。
「お邪魔しま~す……」
久しぶりに翼くんのマンションへ足を踏み入れる。
「ぷぷっ!百合ちゃん、一緒に暮らすんだから、もう“ただいま”だよ♪」
ただいま……本当に、翼くんと一緒に暮らすんだ……
「た、ただいま……」
そう言うだけで、翼くんの傍に居られる実感が湧いてくる……
「おかえり♪」
翼くんは軽く抱き締め、触れるだけのキスを落としてきた。
「毎日、おかえりのキスをしようね♪あと、行ってらっしゃいのキスも♪」
「う、うん……」
どうしよう……嬉しくて仕方ない……
自然と口元に笑みが浮かんでくる。
「百合ちゃん……濃い~の、してもいい?」
「だ、駄目っ!」
「何で?今の百合ちゃんの顔、凄く幸せそうで嬉しいんだもん♪」
「だ、だって、長くなるしっ!もう遅いから、寝仕度をしないと!」
「チェッ……仕方ないから、ベッドの中まで我慢するか……」
「そうして……」
危ない、危ない……また、流されるところだった……
その日は夜遅いという事もあって、ササッ!と寝仕度を整え、ベッドへ横になった。
「翼くん、明日の撮影は休みなの?」
「う~ん……始発に乗ってギリギリ?」
「えっ?あまり寝れないじゃない!」
「大丈夫!新幹線の中で寝るから♪」
「ほ、本当にごめん……」
「だから、ごめんじゃぁ無くて……」
「あ、ありがとう……帰ってきてくれて……」
「よく出来ました♪」
チュッ♪
額に、頬に、鼻先に、翼くんのキスが落とされる。
「ふふ!くすぐったいわ!」
「あ~、百合ちゃんだ!俺の腕の中に百合ちゃんが戻ってきた♪」
「うん……ただいま……」
「もっと実感してもいい?」
唇を、チョン!と突かれる。
「うん……いいわよ……」
「生理現象が起きても、引かないでね♪」
「善処します……」
ふわっと優しい笑みを浮かべた翼くんの顔が、ゆっくりと近付く……
唇が触れた瞬間、当然のように翼くんの熱が入り込んできた。
「ん……」
ゆっくりと愛しむよう絡み合うキスに、甘い吐息が漏れる……
「百合ちゃん……百合ちゃん……」
愛を囁くように私の名前を呼ぶ翼くんの声が、心に染み渡った……
翼くんは神屋でのロケを終え、私はアパートへ帰る事が無くなり、平穏な日々が続いている。引っ越しの日も決まり、後はその日を待つばかりだ。
「百合ちゃん、行ってきま~す♪」
「行ってらっしゃい♪」
チュッ♪
行ってきますのルール、軽く触れるキスが落とされる。
「何かこ~ゆ~の、いいな♪」
「ふふ!早く行かないと、遅れちゃうよ!」
「う~ん……帰るのが、夜中なりそうなんだ……せっかく百合ちゃんがバイト休みなのに……」
新しく書き込みが出来るカレンダーを買い、二人のスケジュールを書き込むようになった。
そのカレンダーに目を向けながら、翼くんをなだめる。
「休みはこれから先、何回もあるわ。今日は縦浜の赤レンガ倉庫で、撮影だったよね?」
「うん、海運業の事務所がある設定だからね。」
「そっか。頑張ってね♪」
「やっぱりもうちょっと、百合ちゃんを堪能させて!」
翼くんは、ガバッ!と私を抱き寄せてくる。
「ちょ、ちょっと!本気で遅れちゃうよ!」
「あと一分……」
「もう……仕方ないなぁ……」
翼くんの背中に腕を回し、なだめるように擦る。
「よしっ!充電完了~♪」
チュッ♪
もう一度キスを交わして、翼くんは仕事へ向かった。
「さて、今日は何をしようかな!」
帰りは夜中って言ってたし、軽く摘まめるサンドイッチでも用意しておこうかな……
早速スーパーへ出掛けて、サンドイッチの材料を購入した。
マンションへ帰り、郵便受けを覗く。
あれ?この封筒、翼くんの名前しか書いてない……
不審に思いながらも、部屋まで持って上がった。
夜中になって、やっと翼くんが帰ってきた。
「ただいま~♪」
チュッ♪
ただいまのルール、軽く触れるキスを交わす。
「おかえり♪お腹空いてない?」
「ちょっと空いたかな?」
「サンドイッチを作ってあるわよ。」
「マジ?!嬉しい~♪」
「ふふ!すぐに並べるね♪」
「ありがと~♪先に着替えてくるね!」
あっ、そういえば手紙……
「翼くん、手紙が届いているわよ。」
「手紙?」
「だけど、翼くんの名前しか書いていなくて……」
「えっ?名前だけ?」
「うん。」
キッチンカウンターの上に置いてあった手紙を、翼くんに見せる。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「あれ?こんな夜中に誰だ?」
二人で顔を見合わせた後、インターホンのモニターを覗く。そこには、スーツを着た男性が数人……
「はい。どちら様ですか?」
翼くんが不審そうな顔をしながら、通話ボタンを押した。
すると、帰ってきた答えは、意外なものだった。
──「警視庁です。お尋ねしたい事があるのですが、開けて頂けませんか?」
「警視庁……?ちょっとお待ち下さい。」
こんな夜中に、何か事件でもあったのかしら……
二人揃って、玄関へ応対に行く。
ガチャッ!
鍵を開けると同時に、数人の男性が玄関の中へなだれ込んで来た。
「鳥井翼さんですね?」
「はい、そうですが……」
「鳥井翼さんに、麻薬所持の通報がありました。」
「はぁ?お、俺に?」
「今から家宅捜索を行いますが、宜しいですね?」
「それは構わないけど……」
白い手袋をはめた捜査員達が、部屋の中へ一斉に入っていく。
「翼くん……」
不安げに翼くんを見ると、翼くんはギュッ!と手を握ってくれた。
「大丈夫……何も無いから……ある訳が無い……」
「うん……」
一体誰が……
言い知れぬ不安が押し寄せた。




