表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/90

第5話

 始発よりも少し遅い電車に乗り込んだ。駅は都心へ向かう通勤客で混雑していたけど、逆方向の電車は余裕で座る事ができた。


シートに身を沈めて、翼くんの事を思い出す。


地方に住んでいる頃、元夫と買い物に出て休憩する時、ゆったり座れるソファ側は、常に元夫が当たり前のように座っていた。


手荷物を置きたいな……と思いながらも、自分の椅子の回りにショップバッグをぶら下げて、狭いスペースで喉を潤すのが精一杯だった。

それでも、厳格な父に育てられた私は、常に元夫の行動に合わせる事に、何の疑問も持たなかった。


翼くんがソファ側を勧めてくれた時にはビックリしたな……正直、疲れていたし……

って、寛ぎ過ぎて寝ちゃったんだった!しかも膝枕で!年下の男の子に膝枕されるなんて、有り得ないわ……もっとしっかりしないと……


「……」


でも、何だか不思議な男の子だったな……ちょっと強引で小悪魔的な感じもあるけど、龍二に似ているから話しやすかったのかも……


翼……篭の中で、死んでるように生きていた鳥のような私が、持っていないもの……


そんな事を考えているうちに、電車は実家のある町へ到着した。




 ピンポーン……


7年振りに実家の呼び鈴を押す。


──「はい、どちら様ですか?」

「……ただいま……お母さん。」

──「えっ?まさか百合子なの?ちょっと待って!すぐに玄関を開けるわね!」


ドタドタ!っと廊下を走る音が聞こえたと思ったら、勢いよく玄関ドアが開いた。


「百合子!一体どうしたの?」

「ちょっとね……」

「とにかく上がって!」

「うん……」


リビングのソファに凭れて、母が煎れてくれたコーヒーを飲む。

姑に『嫁に入ったら簡単に実家へ帰るものじゃない。』と言われ、引っ越しをしてから一度も帰省した事が無かった。

白髪が増え、少し年老いた印象の母が、帰れなかった年月を物語っている。


「それで、一体どうしたの?」


母もテーブルを挟んで、コーヒーを飲み始めた。


「……離婚した。」

「……」

「離婚したの。」

「えぇ~~~!?!な、何で?!」


ビックリするわよね……7年振りに娘が帰ってきたと思えば、離婚なんだもん……


「向こうの浮気相手に、子供が出来たんだって。」

「そうだったの……それで、身一つで出てきたの?」

「明日には、段ボールが四箱届くと思う。」


母はそれ以上何も聞く事無く、黙ってコーヒーを飲んでいる。今は、その気遣いが有り難い。

と思っていたら、母はいきなり立ち上がった。


「よしっ!今夜の着替えも無いわよね!今からお買い物に行くわよ♪」

「えっ?今から?」

「近所に大型ショッピングセンターが出来たのよ!百合子も見たらビックリするわよ~♪ついでにランチでもしましょ!」

「今日、お父さんは?」

「お父さんはゴルフよ!夕飯は何がいい?って、まだお昼ご飯も食べて無いわよね♪」


母の明るさに助けられ、少しだけ気分を持ち直して、早速出掛ける事にした。




 「うわぁ!本当に広いね!」

「でしょ?ここへ来れば、大抵の物は揃うわよ♪便利になったでしょ~!」


私の居ない間に出来たショッピングセンターは、食料品や日用品から若い人達向けのブランド、量販店まで揃っている。


「ふふ!また娘と一緒にお買い物できる日が来るとは思わなかったわ♪」


努めて明るく振る舞ってくれている母だけど、台詞の節々に、帰省しない事で心配をかけていたのだとわかる。ホント、申し訳無い気持ちでいっぱいだ。


買い物を終えて、カフェでランチを頂いていた時、私の同級生の話になった。


「小学生の時に一緒だった智子ちゃん、もう子供が大学生だってさ!」

「そうなんだ。智子は結婚が早かったもんね。」

「百合子、連絡取って無いの?遊びに行ってみれば?」

「う~ん……暫くはのんびりしたいかな……」


小中学校が一緒だった智子は、同窓会のお知らせを時々送ってくれていた。だけど、断り続けた事で、自然に疎遠になっていった。

元同僚とも誰一人連絡を取っていない。地方暮らしの7年間に、全ての友達と縁が切れたのだ。


でも、その方が都合いい。母に似て社交的だった頃の私を知っている人達には会いたくない。それほど人と接するのが苦手になっている。


「あら、お父さんから電話だわ!さっき、百合子の事をメールしたのよ♪」


鞄からスマホを取り出して、母が通話ボタンをタップする。


「もしもし♪はい!はい……」


母の声が段々と沈んでいくのがわかった。


きっと、父に何か言われているんだろうな……


通話を終わった母は、盛大なため息をついている。


「百合子……お父さん、怒ってるわ……覚悟しておいてね……」

「ん……わかった……」

「今朝はあまり寝ていないのよね?なるべく早く話が終わるようにするわ。」

「ありがとう……」


厳格な父からすれば、離婚なんてもっての他なんだろうな……


「口では厳しい事を言うかもしれないけど、お父さんも百合子の事、心配してたのよ。」

「そう……」


母のフォローも、この時は頭の中に入って来なかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ