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第48話

 あれから、百合ちゃんと連絡を取らないまま、神屋の撮影に参加した。とは言っても所詮脇役なので、待ち時間の方が長い。

そんな時、考えるのはいつも百合ちゃんの事だ。


元気にしてるかなぁ……


今はダンスを踊り終わった主人公二人が、別れるシーンの撮影だ。


「バカ野郎!この後、お前は恋人に別れを切り出すんだよ!満面の笑みで踊ってどうするんだ!」


監督に主人公の女の子が怒られている。


まぁ、確かに満面の笑みは無いよな……


「お前は、恋人を愛するが故に別れを決心する、ラストダンスのつもりで踊るんだろ!意味がわかってんのか!ただ笑うだけなら、誰でも出来るんだよ!」


愛するが故に別れる……

正直、俺には無い感情だ。この役を俺が演じるとすれば、かなり難しいかもな……


もし、百合ちゃんも、俺を愛するが故に距離を置きたいって思っていたなら……

いや、いや……まだ俺の事を好きだと言ってくれた事も無いし、ポジティブに考え過ぎか……


「はぁ……」


本当にそうだったらいいな……溜め息しか出ないや……


その日は主人公二人に演技指導をするとかで、脇役の俺はお役御免となり、早々と滞在ホテルへ戻った。


「……何しよう……」


百合ちゃん、今日は休みかぁ……

同棲も断られたし、渡した合鍵も返されてたし……もう俺と会わないつもりかなぁ……ポジティブな考え方も出来ないや……


そんな事を考えていた時、スマホに着信が入った。


「もしかして、百合ちゃん?!」


期待を込めて画面の名前を見る。だけど、相手はシュウだった。


「何だよ、シュウか……」


不機嫌そうに電話に出た俺に、シュウは意外な事を口にした。


──「百合さんからの電話でも待ってたか?神屋に行く事も伝えてないくせに……」

「な、何でシュウがその事を知ってるんだよ!」

──「お前がそんなんだから、百合さんがお前を頼る事が出来ないんだろ。」

「どういう事だ?」

──「実はなぁ……」


シュウから事情を聞いた俺は、新幹線に飛び乗った。



  ・

  ・

  ・

《百合子目線》



 『距離を置こう……』


自分で切り出した次の日の朝は、翼くんの姿は無く、リビングのテーブルに書き置きだけがあった。


  《まだ寝ているみたいだから、起こさないで仕事へ行くね。》


翼くんと顔を合わせずに済んだ事に、安堵する。こんな目蓋が腫れた顔なんて、見せられない……


「……タオルを借りよう。」


洗面所へ行き、タオルを濡らして目を冷やす。

目を閉じて浮かんでくる光景は、翼くんの優しい笑み、キスを交わした後の熱を帯びた目……


駄目だ……また涙が出てくる……


「傍にいたいよ……笑顔が見たいよ……キスして抱き締めて欲しいよ……」


聞いてくれる相手のいない本音が、溢れ落ちる……


《貰った合鍵は、新聞受けに返しておきます。》と、置き手紙をして、マンションを後にした。




 翼くんと連絡を取らなくなったある日、バイトから帰ると、玄関ドアの前に花束が置いてあった。


「あれ?何だろう……」


よく見ると、小さな薄紫の菊に似た花だ。


「花束にしては、珍しいわね……」


もしかして翼くん?そうだとしたら、お礼を言わないと……


スマホのカメラで花束の写真を撮り、お礼のメールに添付する。


「……」


距離を置こうって言ったのに、連絡を取るのも変よね……


結局、メールは送らずに、花束を空き瓶に入れて飾った。




 翌日もバイトから戻ると、花束が置いてあった。小さくて、蘭に似たような花束だ。


「また紫色……」


この日も何となく写真を撮って、空き瓶に飾った。


「今日はラベンダーね。いつも紫色だけど、何か意味があるのかしら……」


紫の花束は暫く、途切れる事は無かった。




 そして、パン屋のシフトが入っていないある日、図書館へ英語の勉強をする為に行った。

帰り道に渋沢駅前を通り、本屋で翼くんがモデルをしている男性ファッション雑誌を手に取る。


あれ?翼くん、単独インタビューって書いてある……


何気無く、そのページをパラパラと捲る。


  《本誌専属モデルの翼、ついに映画デビュー!》


あっ……写真に緑山の店が写ってる……アパートへ泊まりに来た時に撮影したのかな……


記事は、インタビュアーが質問する形で進められている。


──『映画の意気込みはどうですか?』

『初めての映画なので、楽しんで挑みたいと思います。』

──『公開プロポーズした彼女とは、その後いかがですか?』

『順調ですよ。彼女のお陰で、映画も決まったようなものです。』

──『恋も仕事も、絶好調というところでしょうか。』

『彼女のお陰で、すべてが上手く進んでいますね。ただ、この雑誌が発売される頃には、神屋に単身赴任で、映画に打ち込んできます。』

──『今回の映画ですが、近藤監督に……』


えっ……?そういえば、神屋へ二週間行くって言ってた……翼くんはいつから神屋へ?居ないのなら、あの花束は誰が……まさか、あの人が……


急に花言葉が気になって、花図鑑を探して開いた。

そして、スマホの写真と似たような花を探してみる。


菊に似たような花は紫苑、蘭に似たような花は恐らく紫蘭……

えっと……紫苑の花言葉は、あなたを忘れない、追憶、遠くにいる人を思う、思い出……

それで紫蘭の花言葉は、あなたを忘れない、美しい姿、変わらぬ愛……


もう1つ、名前を知っていたのは、ラベンダー……

花言葉は、あなたを待っています、期待、清潔……そして、不信、疑い……


「……」


もし、花束の主が翼くんでは無く、あの人なら……


言い知れない不安が押し寄せてきた。


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