第47話
「はい、これ渡しておくね♪」
甘く長いキスの後、一つの鍵を手渡された。
「これは?」
「俺のマンションの鍵♪少しでも会えるのってどうすればいいか、考えてさ!」
そして、パン屋のシフトが入っていない日の前は、マンションへ泊まりに来て欲しいとお願いされた。
確かに、翌日翼くんに仕事があっても、昼間なら電車で勝手に帰れるし、送り迎えしてくれる翼くんの負担も少なくなる。
「うん、わかったわ。」
「楽しみにしてるね~♪」
そして休みの前日、バイトが終わって迎えに来てくれた翼くんと一緒に、翼くんのマンションのキッチンに立っている。
「へぇ~!ハンバーグって、色々入れるんだね!」
「そうね。パン粉や卵、牛脂も混ぜれば肉汁もたっぷりで美味しくなるわ。」
「このパスタソースは何に使うの?」
「今日は煮込みハンバーグにしようと思ってるの。トマトソースを作ってもいいけど、市販のパスタソースを使えば時短にもなるし、誰が作っても味に間違いが無いのよ。」
「流石ぁ~♪」
ふふ!楽しんでくれているみたいで良かった……
それから、二人でハンバーグを捏ねて、新しいフライパンで焼いていく。
「ふふっ!」
いきなり翼くんが笑い出した。
「どうしたの?」
「うん……白状すると、自炊するのは嘘なんだ!」
「えっ?じ、じゃぁ、この前の買い物って……」
「百合ちゃんと一緒に使う前提で買ったんだ♪」
「そうだったの……」
もう私は不要って思ったのは、早とちりだったのね……
「百合ちゃん、どうかしたの?」
「ううん!一緒に料理をするのも、たまにはいいなって思っただけ!」
「だよね~♪こうなったら、一緒に住んじゃう?」
「それは、ありません。ちゃんと線引きはしておかないと。」
「チェッ……百合ちゃんのケチ……」
いじける翼くんの頭を撫でて、なだめながら夕食は完成した。
夕食を頂き、シャワーを浴びて、二人でベッドへ横になる。明日、翼くんは朝から仕事なので、早めの就寝だ。
「百合ちゃん、おやすみ~♪」
「おやすみ……」
挨拶を交わすものの、翼くんは中々寝ようとしない。いつまでもついばむようなキスを繰り返している。
「つ、翼くん、早く寝ないと!」
「わかってるって♪」
「わかって無いわよね……」
「もうすぐ神屋で、映画のロケが始まるんだ。」
「神屋で?」
「うん、そこの異人館で撮影するんだって。しかも、二週間も泊りで……」
「そっか……」
「だから、もうちょっと百合ちゃんを満喫させて~♪」
そう言って翼くんは、覆い被さるように深いキスを落としてきた。
「んっ!ん……」
二人の熱が絡み合う。
その時、足に当たる生暖かいものが!
ガバッ!
咄嗟にその熱から逃れるよう身体を捩って、身を固くした。
い、今のって……その……
「ごめん!ごめん!」
翼くんが照れを隠すように、明るい声を上げる。
「い、今のは、俺の意思とは関係ないから!その……生理現象っていうかさっ♪」
やっぱりそうよね……
どうしようもなく、自分が嫌になる……わかりきっていた事なのに……
「翼くん……無理しないで……」
「えっ?どういう意味?」
「……私が応えられないって、気付いてるよね……?」
「ま、まぁ……でも、無理はしていないよ。」
「嘘……今だって我慢しているじゃない……」
「……」
「無理して私といなくてもいいから……」
「無理じゃない!」
翼くんの声が大きくなる。
「無理なんかしていないから!」
「でも、我慢して辛い思いをするなら……」
「確かに我慢はしている!そこは否定しない!だけど、辛いと思った事は無いから!」
「……私が辛いの……」
「えっ?」
「翼くんが我慢している姿を見るのが辛いの……」
「百合ちゃん……」
駄目だ……ここで泣いたら駄目だ……
声が震えそうになるのを、ぐっと堪える。
「翼くん……少し距離を置こう……」
「な、何で……そんな事……」
「頭を冷やした方がいいよ……二人とも……」
「……」
翼くんからの返事は無い。だけど、振り向く勇気は無い……
背中を向けたまま、沈黙の時間が流れる……
そんな時間を、翼くんの一言が終わらせた。
「……わかった……俺は今日、ソファで寝るから……」
そう言って、静かにベッドルームを出て行った。
これで良かったんだ……これで二人は終わった……
長い人生を振り返った時、これで良かったって思ってくれる日が来る筈……
「うっ……うぅ……」
一回りも下の男の子を好きになった罪だ……まともな恋愛も出来ないくせに、本気になった報いだ……
翼くんに聞かれないよう枕に顔を埋めて、声を殺して泣いた。
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《翼目線》
ベッドルームを出て、リビングで酒を煽る。
「くそっ!」
百合ちゃんの気持ちがわからない……
百合ちゃんの事を思って我慢していたのに、それが百合ちゃんを辛くさせる。
訳がわからない……
「どうすればいいんだよ!」
ドカッ!と、ソファへ転がった。
『距離を置こう……』
百合ちゃんの絞り出すような声が、頭の中を駆け巡る。
ただ、傍にいたいだけなのに……
「……」
生理現象はどうしようも出来ないじゃん……今でも百合ちゃんを抱きたいのは、変わらないんだし……
「……ガムテープを巻くか……」
うわっ!考えただけでも恐ろしいっ!
はぁ……
溜め息をつきながら、目を閉じた。




