第45話
「確か昨日、自炊する道具を買ったわよね……」
翌日、またしてもご飯を食べに来た翼くんに、思わずジト目を向ける。
「だって、教えてくれないと、使い方がわからないし~♪」
完全に開き直っている気が……
「それに、今日は俺だけ早めにレッスンが終わったんだもん♪」
「何かあったの?」
「みんなは居残りレッスン!ダンスは俺だけ完璧なんだ♪」
「成る程……」
まぁ、学校で習うなんて、普通は無いわよね……
「今度はどんな役なの?」
「明治時代が舞台で、華族だけど商売を始めてデパートを作った人の実話なんだ。俺は、同じ華族で主人公の親友役なんだけど、主人公を助ける為に、海運業を始めるんだ。ちなみに、主人公と同じ女性を好きになるんだけどね。」
「へぇ~、近藤監督っぽい話だね。」
「実は、その主人公のモデルなんだけど、春樹の曾祖父らしいんだよな。」
「そ、そう……」
流石はセレブ一族……歴史まで半端ないゴージャス振り……
「それで、社交界のダンスシーンがあるって訳なんだ。俺としては、百合ちゃんと踊りながら、密着したいけどさっ♪」
「……っ!」
もう……またそんな勘違いさせるような発言を……
「せ、台詞も覚えないといけないから、大変ね~!早く帰って、練習しないと!」
「大丈夫!台詞は大体覚えたよ♪そうだ!百合ちゃん、相手役の台詞を読んでくれない?どうしても一人ではタイミングが掴めなくて!」
な、何で私が!!
「む、無理よ!棒読みになっちゃうよ!」
両手を身体の前で振って、全力で拒否する。
「大丈夫だって!初めて読むなら、みんな棒読みだって♪」
そう言って、翼くんは台本を手渡してきた。
はぁ……諦めよう……
台本を手に取って、パラパラと捲った。
「……何処を読めばいいの?」
「ここがいいかな?」
指されたページは、主人公とケンカした女の子を慰めながら口説くというシーンだ。
「少し動きたいから、立って貰ってもいい?」
「いいわよ。」
二人共立ち上がって、私は台本に目を落とす。翼くんは頭に台詞が入っているのか、手ぶらのまま纏う雰囲気を変化させた。
『どうして、アイツと結婚できないんだ?』
うわっ!凄く自然な口調!目の前で、本物のお芝居が……
思わず翼くんに見惚れてしまう……
「ん?百合ちゃん、どうしたの?」
「ご、ごめん!読めばいいのよね?」
「うん、よろしく♪」
いけない、いけない……集中、集中……
再び、台本に目を落とす。
「えっと……」
「ぷっ!そんな台詞は無いよ♪」
「ご、ごめん……何処からだっけ?」
「ここだよ♪」
指差された台詞を見つけて、やっと読み始める。
『私には、名ばかりの爵位しか無いのよ。とても、彼に嫁ぐなんて……』
『そんなに財力が気になるのかい?』
『ええ……私は彼を支える事が出来ないの……彼に愛していると言われる度に、胸が苦しくなるのよ……』
『ならば、私の妻になればいい。私は財力では無く、あなた自身を愛している。』
『えっ?』
『もう一度言おう……私はあなたを愛しているんだ。』
『だってあなたは、私達の事を応援すると言ったではありませんか。』
『それはあなたの幸せを想っての事……あなたがアイツと幸せにならないと言うのであれば、何の遠慮をする必要があろうか……』
『ですが……』
えっと……この後はキスして、女の子が男性役の翼くんにビンタするのね……
ガシッ!
翼くんが、私の肩を掴んできた!
ま、まさか!本当に……
『あなたの人生を、私に預けて下さい……必ず幸せにします……』
チュッ♪
えっ?えっ?本当にキスした……
「あっ!ごめん!つい♪」
な……何がついよ……
怒りがフツフツと沸き上がってくる。
「何で、こんな……」
「えっ?何か言った?」
「な、何でこんな事をするのよっ!」
「ご、ごめん……」
台本を翼くんの胸に突き返す!
「もう帰って!」
後ろを向いて、ギュッ!と拳を握り締める。
「百合ちゃん……」
翼くんの戸惑いが混じった声が、私の名前を呟く。だけど、それに反応出来ない程の悲しさと悔しさが渦巻いていた。
「これ以上勘違いさせないで!二度と来ないで!」
「……」
も、もう無理……これ以上傍にいるのは、堪えきれない……
ガバッ!
いきなり後ろから翼くんが抱き締めてきた!
「離してっ!」
「……」
力いっぱい抵抗するものの、腕の中からまったく抜け出せない。
「その勘違い、俺が都合良いように考えてもいい?」
「な、何を言って……」
「勘違いでも何でもいい!俺と同じくらい俺を好きになって!」
えっ……?どういう事?
翼くんの言葉に、思考が止まる……
「お願い……俺が百合ちゃんを好きなのと同じくらい、俺を好きになって……」
懇願するような、掠れる声……
ほ、本気だ……翼くんは本気で言ってる……
「な、何で……だって私は翼くんより年上で……」
「一回り年上って知ってるよ……免許見た時にチェックしたから……」
「だったら……」
「それでも、好きになるのを止められなかった……」
そんな……翼くんが、私を……
身体の向きを変えられ、翼くんと向き合う形になった。
少し憂いを帯びた真剣な翼くんの顔が、少しだけ傾く……
「百合ちゃん……好きだ……」
頭の後ろに翼くんの手がまわされ、唇が重なった。
「んっ!」
何の前触れも無く入り込んできた、激しく掻き乱す翼くんの熱に、段々と身体の力が抜けていく。
こ、こんな激しいキス……
ズルズルしゃがみ込むと、離れる事を許さないとばかりに、翼くんも追ってしゃがんでくる。
甘くも激しいキスは止まる事無く私を翻弄し続け、息が上がる頃少しだけ唇が離され、至近距離で視線が絡み合う。
「翼くん……私……」
「ずっとこうしたかった……百合ちゃんと、こうしたかった……」
再び触れようとした唇を避けるように、顔を背ける。
「駄目よ……」
「……年齢がそんなに気になるの?」
「それもあるけど……」
「その先も、百合ちゃんが嫌がる事はしないから……抱き締めてキスするだけでいいから……」
「そんなの無理よ……」
「お願い……それで構わないから、俺の傍にいて……」
もう一度重なった唇に激しさは無く、ゆっくりと愛しむよう甘い吐息を絡ませていく……
「ん……」
「百合ちゃん……愛してる……」
角度を変える唇の隙間から漏れる声が、私の心を溶かしていく……
翼くんが帰る時間になっても、切ないほど甘いキスから放たれる事は無かった。




