第43話
「百合ちゃん、久し振り~♪会いたかったよ~!」
「はい、はい……ご飯、出来てるわよ。」
抱き付きそうになる翼くんをかわして、卵型テーブルへ促す。
「百合ちゃん、久し振りなのに冷たい……」
ふふ!耳と尻尾が垂れ下がったワンコみたい♪
「今日は冷製パスタと豚肉のトマトソースよ。」
「わぁ!美味しそう♪」
急に元気になった。尻尾ふりふり……
映画の稽古が始まった翼くんは、久し振りにご飯を食べに来た。
「やっぱ百合ちゃんのご飯は最高~♪」
「今は何を食べてるの?」
「ほとんど仕出し弁当かな?」
「そっか……」
「だから、今日は朝から楽しみにしていたんだ~♪」
「ふふ!沢山食べてね♪」
ものすごい勢いで食べ終わった翼くんは、私の膝にゴロンと横になってくる。
「百合ちゃんの膝枕~♪」
「食べてすぐに横になると、身体に良くないわよ。」
「いいの!今日は百合ちゃんを満喫するって決めてたんだしっ♪」
気を遣い過ぎて疲れているのかな……今日はいつもに増して、甘えモード……
少しでも休めるように、翼くんの頭をそっと撫でる。
「百合ちゃんだ……幸せ……」
目を細めながら微笑む翼くん……この笑顔をいつまでも見ていたい……
「明日も稽古なの?」
「うん、明日はダンスなんだ。」
「ダンスのシーンもあるのね。」
「実は、映画が決まったのは、百合ちゃんのお陰なんだ♪」
「私の?」
「パーティーの時、一緒に踊ったでしょ?」
「写真を撮られた時ね……」
「あの時、近藤監督も見てくれていて、映画のイメージが固まったとかで、出演依頼があったんだ♪」
「そうなのね……」
迷惑ばかりだと思っていたけど、役に立てて良かった……
「ホント、百合ちゃんに出会ってから、いい事ばっかりだよ♪」
「私は別に何も……沢山迷惑もかけてるし……」
「迷惑なんて思った事、一度も無いよ!」
「ありがとう……」
「どういたしまして♪」
自然と笑みが溢れてくる。
本当に、私、笑えるようになった……心から笑えている……
そんなまったりした時間を過ごすうちに、翼くんが帰る時間になってしまった。
「残念だけど、そろそろ帰らなきゃ……」
「稽古頑張ってね!」
「うん!また来るね♪」
ガチャッと翼くんがドアを開けると、いつの間にか降り出した雨の音が聞こえてきた。
「あちゃ……雨、結構降ってるな……車まで走るか……」
「……えっ?雨?」
「じゃぁ、またね♪」
車……雨……
『百合子、またな!』
龍二……行かないで……死んでしまう……
「駄目!帰らないで!」
ガシッ!
最後の龍二の姿と翼くんが被り、咄嗟に背中へしがみついた!
「えっ?百合ちゃん?」
「……帰ったら駄目……お願いだから……」
「……」
「今、帰ったら……」
今、帰ったら、翼くんと二度と会えなくなる……龍二と同じように、二度と……
身体が勝手に震えてくる……
私……翼くんを失いたくないと思った……私……翼くんが好きなんだ……
やっと自覚した……いや、自分の気持ちに気付かない振りをしていただけ……
翼くんは、足を止めたまま動かない。
どうしよう……こんな気持ち、翼くんに迷惑を掛けるだけ……そんな事、わかりきった事なのに……
ふと、翼くんの身体が動き、私へ向き直った。顔には、優しい笑顔が浮かんでいる。
「百合ちゃん、大丈夫……」
温かい腕で安心させるように、ふわっと私を包み込んでくる。
「俺は生きてるよ……百合ちゃんを一人にしないから……」
何で……何でこんなにも温かいの……
私の不安なんて、全て溶かしてくれるよう……
「絶対、一人にしないから……」
許されるなら、今だけ……
そっと、翼くんの背中へ腕をまわす。翼くんは私を抱き締めながら、ずっとなだめるように頭を撫でてくれた。
雨が上がった夜更け、翼くんが帰った部屋で一人、眠れずに過ごしている。
翼くんの事が好き……
はっきりと認めてしまった気持ちに、自分でも戸惑う一方で、納得する気持ちもある。
風邪をひいた時や元夫が現れた時、翼くんに助けを求めた事……
元夫に植え付けられたトラウマを、翼くんにだけは知られたく無かった事……
自分の気持ちを認めてしまえば、全て辻褄が合う。
「一回りも年下なのに……」
翼くんはこれから先の未来、俳優として輝いていく人……私の存在は、絶対に足枷になる……
それに、私の気持ちを知ってしまったら、優しい翼くんの事だから、応えようとするかもしれない……
そんな事、無理……私は、その先へは進めない……
怖くて……まだ思い出しただけでも身体が震えてくる……
絶対に、この気持ちは知られてはいけない……絶対に……
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《翼目線》
ワルツが流れるダンスのレッスンスタジオ。百合ちゃんと一緒に踊った時の感覚を思い出しながら、ステップを踏んでいる。
「はい、休憩!翼くん、優雅でいいわよ。華麗な華族のイメージどおりのダンスだわ。」
「ありがとうございます。」
ダンスのコーチにもお墨付きを貰い、上機嫌でペットボトルの水を飲む。
「翼くん、お疲れ様!」
共演者の女の子が、汗を拭きながら話しかけてくる。
「お疲れ様。」
「翼くん、ワルツが上手だね。何処かで習っていたの?」
「まぁ、学校で少しね。」
「珍しいね。何処の学校なの?」
「ん……竹水門だけど……」
「嘘っ!あの、超セレブ学校?」
あっ……目の色が変わった……
「ねぇ、私、ワルツが苦手なんだけど、明日のお休みに教えてくれない?」
ボディータッチ開始……分かりやすいなぁ……
「明日もレッスンあるよね?」
「急遽、スタジオが使えなくなったらしいわよ。」
「マジで?」
明日って、百合ちゃんのバイトは休みじゃん!俺はレッスン以外の予定は無かったよな!
「翼くん、お願い……個人レッスンに付き合って……」
「……」
何処かへドライブへ行こうかな~♪いや、遠出して、温泉の時みたいに帰れなくなったらマズいな……
「翼くん?聞いてる?」
「あっ!ごめんごめん!彼女の事を考えてた♪」
肩をポン!と叩いてきた共演者の女の子の声で、我に返る。
「彼女はレッスンも許してくれないの?そんな彼女、仕事に支障が出るんじゃぁない?止めた方がいいわよ。」
「いや、彼女はそんな事で怒ったりしないよ。だからこそ、信用される行動を取りたいんだ。個人レッスンは一人で頑張ってね!」
手をひらひらさせながら、その場を離れた。




