第41話
それから俺は春樹の弁護士先生を借りて、事務所には内緒でマンションへ車で戻った。騒動勃発時より人数は減っているが、まだ数人のマスコミが張り込んでいる。
「翼だ!翼が来たぞ!」
「翼さん!今回の釈明はありますか!」
「旦那さんに詫びる気は無いのですか!」
「何か言ったらどうですか!」
俺の姿を見たマスコミ達は、正義の剣を振るうかのようにマイクを向けて、一斉に責め立ててくる。
この中の誰かが百合ちゃんを傷付ける記事を……
静かな闘志を燃やしながら、マスコミ達に向き直った。
「今から、今回の騒動について、説明致します。一字一句、事実を曲げる事無く、報道して頂けますよう、お願いします。」
あまりにも堂々とした口調に、マスコミ達は少し驚きを見せた。
「今回の女性は、俺が結婚したいと、毎日のように口説いている女性です。」
──「っていう事は、不倫を認めるのですね!」
「残念ながら、まだ深いお付き合いまでには至っておりませんし、私達は不倫だとは思っていません。出会ったのは旦那さんの愛人に子供が出来たと言われ、離婚届けに旦那さんと彼女の二人が署名した後です。」
一瞬、辺りがざわついた。マスコミの皆が初めて聞く事実に戸惑うよう顔を見合わせている。
──「つまり、相手の女性が家を出たのは、旦那さんの浮気が原因だと……」
──「ですが、現在まだ相手の離婚が成立していないのですよ!翼くんも不倫には間違いないですよね?旦那さんに謝罪する気は無いのですか!」
「旦那さんには謝罪ではなく、お願いしたい事があります。」
矢継ぎ早に質問を投げ掛けてくるマスコミを手で制し、大きく息を吐き出して、カメラのレンズを真っ直ぐ見つめる。
「彼女は結婚生活の間、仕事を辞めさせられ、実家にも帰してもらえず、友人との交流も絶たれ、笑う事も出来ない程傷付いていました。あなたの愛人問題で離婚届に署名して結婚生活から解放された後も、彼女の笑顔を見る事が出来ませんでした。ですが、やっと……やっと最近、俺に笑いかけてくれるように、なったのです。」
し~ん……
みんなが固唾を飲んでいるのがわかる。あまりにも元旦那の言い分と食い違っているからだ。
続けて、口を開いた。
「旦那さんにお願いです!彼女を解放してあげて下さい!彼女は俺が一生守ります!お願いします!」
ガバッ!と頭を下げる。
本当はあんなヤツに頭なんて下げたくない……だけど、俺の誠意を伝えたかった。
百合ちゃんは俺が守る!全国へ向けての、決意表明でもあった。
俺の隣では、弁護士先生が静まり返ったタイミングを見計らって、マスコミへ説明を始める。
「夫の不貞行為により、地元の弁護士立ち会いの元、離婚届けに署名捺印し、財産分与の話まで完了しております。また、自分が不貞行為をしたにも関わらず、一方的に復縁を迫り、今回虚偽の騒動を起こし、彼女を脅迫する手紙まで送りつけた事、断じて許す事は出来ません。」
──「脅迫?どういう事だ?」
黙って弁護士先生の話を聞いていたマスコミ達に、ざわめきが起こる。
「彼女は離婚裁判を起こすと共に、脅迫状についても、被害届の提出を検討しています。」
脅迫状の被害届なんて、百合ちゃんは考えていないだろう。だから、わざとその存在を知らせたに過ぎない。だけど、効果はバツグンだった。
「以上、翼くんの会見を終わります。」
弁護士先生の合図で、また、マンションを後にする。
──「翼さん!彼女との結婚はいつ頃になりそうですか!」
──「先程の発言は公開プロポーズでしょうか!」
車に乗り込む前、一転して好意的になったマスコミ達に少しだけ振り向く。
「先程も言いましたが、まだ口説いている最中です。温かく見守って頂ければ助かります。」
でも、百合ちゃん怒ってるよな……
そんな思いは心に仕舞い、余裕の笑みで車に乗り込んだ。
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《百合子目線》
翼くんの会見を知ったのは、翌朝のワイドショーだった。
『旦那さんにお願いです!彼女を解放してあげて下さい!彼女は俺が一生守ります!お願いします!』
そう言って頭を下げた翼くんは、男らしいと絶賛の嵐だ。
私はアパートの大家さんからマスコミが居なくなったと連絡があり、アパートへ戻った。
パン屋のオーナーからも明日から仕事復帰して欲しいと言われた。実家からも、買い物へ行けるようになったと喜びの電話が入った。
マスコミは、元夫のマンションへ殺到しているらしい。
全部、翼くんのお陰ね……でも、翼くんからは連絡が無い。私からも連絡し難い。あんな事を知られてしまったから……
私を守る為に、その気も無い公開プロポーズのような事まで言ってくれて……感謝しても足りないくらいなのに……
「森崎さん!翼くんとは、いつから付き合ってるの?」
「いや……だから、付き合っては無いから……」
「でも、プロポーズされてたじゃん♪」
「あれは勢いで言っただけで、こんなに歳が離れているのに、有り得ないわよ。」
「何言ってんの!既成事実を作っちゃえばこっちのもんよ♪」
「無い無い……」
パン屋復帰後、売り場の女の子達から毎日のようにからかわれている。
くすぐったくもあるけど、いたたまれない……
翼くんと最後に会ってから、一ヶ月が経とうとしている。
パン屋のバイト終わり、いつもどおり裏口から出る。そして、ビルとビルの間にある裏路地を覗くのが、日課になっていた。
「居る訳無いわよね……」
翼くん、ちゃんとご飯を食べているかな……シュウくんの店へ行っているかな……
シュウくんにも、お礼を言えて無いな……
誰も握る事の無い右手に寂しさを覚えながら、アパートへ帰った……




