第4話
ファミレスに着いてすぐ、店員にボックス席へ案内される。
「お姉さん、どうぞ♪」
奥のソファ側を勧めると、お姉さんは目を丸くして不思議そうな顔をした。
「ん?どうかした?」
「い、いえ……ありがとう……」
お姉さんはおずおずとソファ側に座っている。
ってか、女性をソファ側に座らせるって、そんなに不思議な事?お礼まで言われるなんて、思わなかった……
店員さんがオーダーを取りに来て、お姉さんは生姜焼き定食、俺はシーザーサラダを注文した。店員さんが去った後、お姉さんが恐る恐る尋ねてくる。
「……サラダだけなの?」
「来週、水着の撮影があるから、気持ちだけダイエット中なんだ。」
「えっ?ごめん……付き合わせちゃって……」
「俺が付き合いたかっただけだから、気にしないで♪」
「撮影って、モデルか何かしてるの?」
「やっぱ俺の事、知らなかったんだ。本名は鳥井翼。翼って名前でモデルしてるんだ。深夜ドラマの台詞無しだけど、少しだけ役者もしてるよ♪」
「そうなの……テレビはあまり見ないから、知らなかったわ。」
「まっ、今は台詞無しだけど、そのうち台詞があるドラマに出たら教えるよ♪」
「そう……」
次に会うことなんて、無いって思ってるんだろうな……でも、何だろう……何となく、次も偶然出会いそうな気がする……
そうこうしているうちに、定食とサラダが運ばれてきた。
「頂きます。」
お姉さんは、丁寧に両手を合わせている。
「ぷっ!」
小学生以来、見たことの無い挨拶に、思わず吹き出してしまった。
「えっ?何?」
「ううん何でも無い!俺も頂きます♪」
お姉さんを見習って、両手を合わせて挨拶する。
「お姉さんの名前は?」
食べながら、少しずつお姉さんに話しかけてみる。
「橋……いや、森崎百合子よ。」
「橋って?」
「気にしないで。今日から名前が変わったのよ。」
「ふ~ん……名前は百合ちゃんね!俺の事は、翼って呼んで♪」
「百合ちゃんって……」
「あれ?駄目だった?」
「いや……別にいいけど……」
ふと、百合ちゃんの左手に目が留まった。薬指の根元には、指輪の痕がある。
って事は、離婚したてか……そういえば、百合ちゃんの笑顔をまったく見てないかも……
「リュウジって、元旦那さんの名前?」
「えっ……?」
「ほら、名前変わったって言ってだけど、指輪していないからさ!それに、結婚したその日に一人っていうのも、変だしね。」
「まぁ、わかるわよね……でも、元夫の名前では無いわ……」
あれ?ちょっと表情が暗くなった……話せば楽になるのにな……
また、ちょっと強引な手を使ってみるか♪
「さて、問題です!百合ちゃんと俺は、偶然にも二回出会いました。三回目はあるでしょうか?」
「流石に無いと思うけど……」
「そう思うよね!二度と会わない相手なら、色々と愚痴を言ってもいいんじゃない?」
「それは……」
「まっ!因みに俺は、三回目も会いそうな予感がするけどさっ♪百合ちゃんがそんな事無いって思ってるんなら、始発まで時間あるし、思ってる事を話してよ!」
「でも……」
「んじゃ、俺に似てるリュウジって人の話だけでもいいよ♪どんな人か興味あるからさっ!」
それからドリンクバーのコーヒーを飲みながら、お姉さんの話に耳を傾ける。その内容は、俺の想像とは異なるものだった。
「龍二は、元カレよ。」
「ふ~ん。まだ未練があるの?」
「まさか、それは無いわ。もう17年も前の事だし。」
「何で別れたの?」
「別れたというか……事故で亡くなってしまったのよ。」
「えっ?ご、ごめん……不躾な事を聞いて……」
「別に謝って貰う事は無いわ。泣く事も無かったし、もういい思い出だしね。」
「そっか……」
泣く事が出来ないのは、まだ元カレの死を飲み込めていないか、悲しみが深すぎて心の奥底に閉じ込めてしまったか……
身近な人が亡くなる寂しさは知ってる。俺も母親を幼い頃に病気で亡くしているから。
だから、一目見た時から百合ちゃんが気になっていたのかも……
「こっちこそごめん……亡くなった人に似ているって言われても、気分良く無いわよね……」
「ううん!まったく問題無いから気にしないで♪リュウジって人はどんな人だった?」
「そうね……一緒にいて楽しい人だったわ。さっき翼くんと出会った所は、よく龍二と一緒に行ってたライブハウスの近くなのよ。」
「もしかして、今はクラブになってる?」
「そうみたいね。」
やっぱ、出会うべくして出会ってる気がする♪
「俺、さっきまでそのクラブに居たんだよ!」
「本当?」
「ホント!ホント!やっぱ三回目はありそうじゃね?ケー番交換しとく?」
「……三回目の偶然があればね。」
「よしっ!絶対約束♪」
百合ちゃんの手を掴み、強引に指切りをする。何の根拠も無いけど、もう一度、絶対に会える気がした。
それから他愛も無い話をしていると、百合ちゃんが欠伸を噛み殺しているのに気付いた。
「百合ちゃん、眠い?」
「ん……大丈夫……朝から荷造りをしてたから、ちょっと疲れただけ……」
「ちょっとだけ寝たら?始発の頃には起こすよ♪」
「そんなの悪いわ……」
「気にしなくてもいいのに……疲れてるんだよね?」
「うん……大丈夫……だから……」
話しながらも、ちょっとずつウトウトし始めた百合ちゃんは、ソファの背もたれに寄りかかって寝てしまった。
「最初から素直に寝ておけばいいのに♪……って、これも、甘えられないからなのか……」
静かな寝息を立てる百合ちゃんの隣に移動し、肩に手を回して身体を俺に凭れかけさせる。
「こんなに小さな身体で、色々と背負い過ぎだって……」
女の子の肩なんて、いくらでも抱いた事はある。だけど、小さいと感じたのは、初めてだった。
朝から離婚の荷造りをして新幹線に乗って……本当に疲れてたんだろうな……お疲れさま……
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《百合子目線》
『お客様、そろそろ……』
『モーニングも頼むから、もう少しだけお願い……』
『……では、メニューをお持ちします。』
『あっ、大丈夫。Aセットを二つで。』
『かしこまりました。』
……ん。
近くに聞こえる話し声で、目が覚めた。少し身じろぎすると、温かくちょっとだけ柔らかい感覚がある。
「百合ちゃん、起きた?」
へっ?!
パチッ!と目を開けると、私の顔を覗き込む翼くんの顔が!
あれっ?!も、もしかして膝枕されてる?!
「ご、ごめん!」
ガバッ!と起き上がって、急いで頭を下げた!
「大丈夫だよ~!百合ちゃんの可愛い寝顔も見れたしね♪」
「ね、寝顔って……」
「モーニングセットを頼んでるから、食べてから出ようね♪」
「あ、ありがとう……」
うわぁ……40歳手前にもなって、何やってんだか……激しく自己嫌悪に陥りそう……
それから朝御飯を食べて、駅まで一緒に行った。
「じゃぁ百合ちゃん、三回目も絶対に会おうね♪」
「う、うん……」
別れ際、笑顔で手を振る翼くんにつられて、軽く手を挙げる。
三回目かぁ……そんなに偶然は続かないよね……
この時の私は、本当に三回目の出会いがあるとは、夢にも思わなかった。






