第39話
浦和親族のペントハウスでお世話になって、一週間が経った。
テレビでは、下火になるどころか、相変わらず翼くんの話で賑わっている。
私が結婚していた事は、翼くんも知らなかったとのコメントを事務所から出されたものの、元夫がすぐに否定するようインタビューを受けたからだ。
『騒動以来、事務所がコメントを出しただけで、翼くんの口から話を聞く事は出来ていません。』
『いつまでも逃げていないで、ちゃんとした謝罪をするべきですよね。』
『お相手の女性も、勤務先を無断欠勤しているようです。』
コメンテーターの言う事なんて、突っ込みどころ満載ね……
翼くんは謝る事なんて何もしていないし、私は無断欠勤なんてしていない。オーナーに迷惑はかけているけど……
そんな時、パン屋のオーナーから連絡が入った。
私と連絡が取れない元夫が、手紙を置いていったとの事だ。
浦和くんに相談すると、私の居場所がバレないようシュウくんに取りに行って貰い、その後、浦和くん宛に送るそうだ。
パン屋のオーナーにとって、シュウくんが手紙を取りに来た事は、かなりの驚きだったようだ。
──「森崎さん!あなた、渋沢のドンと知り合いなの?!」
「知り合いの知り合いです……」
──「凄い繋がりじゃない!びっくりしたわ~♪」
オーナー……驚き過ぎて、古宿二丁目の言葉が出ていますよ……
そんな突っ込みは心の底に仕舞い込んで、お礼を伝えた。
騒動が収まったら、シュウくんにもお礼をしなきゃ……
それから数日後、神妙な面持ちで、浦和くんがペントハウスを訪れた。
「百合さん、申し訳ありません……」
「えっと……何か……」
「私宛の郵便物だったので、秘書が開封してしまいまして、手紙を読んでしまいました。」
「そんな事、気にしないで下さい。」
「ありがとうございます……それで、こちらが元旦那様からの手紙です。」
そう言って、一通の手紙を差し出してくれた。それを受け取って、目を通す。そこには、脅しとも取れる文章が書かれてあった。
《百合子へ
すぐに僕の元へ戻ってくるかと思ったけど、案外しぶといね。
だから、法的手段に訴える事も検討しているよ。
一週間以内に帰ってくれば、翼とかいう奴も君が結婚していた事を知らなかったと、コメントしてもいい。
だけど、帰って来ない場合は、君を拉致監禁したと警察へ届け出るつもりだ。
事を穏便に済ます為には、どっちが最善の選択か、考えるまでも無いだろう。
百合子、君は僕から逃れられない。地の果てまで追いかけるよ。》
ど、どうして……こんな事まで……
はぁ……はぁ……
息が上がる……身体が勝手に震えてくる……
「百合さん!大丈夫ですか!」
浦和くんがすぐに駆け寄ってくれて、ソファへ座らせてくれた。
「すみません……」
「今、紅茶を入れますね。」
浦和くんが慣れた手付きで紅茶を入れてくれ、それを一口飲んで呼吸を整える。
「少しは落ち着きましたか?」
「すみません……ご迷惑を……」
「何か事情があるとは思っていましたが、女性に対してこんな脅迫を……」
「……」
私が帰らないと、翼くんが犯罪者になってしまう……
震える身体を立ち上がらせて、ドアへ向かう。
「百合さん、どちらへ行かれるのですか?」
「……行かないと……翼くんが捕まっちゃう……」
よろよろと歩き出すと私がドアへたどり着くよりも前に、浦和くんがドアの前に立ち塞がった。
「いけません!こんな手紙を送る人の元へ戻ったら、あなたが何をされるかわかりません!」
「でも……行かないと……」
「冷静になって下さい!」
「……」
冷静に……そういえば!
「私、探してきます!」
「何をですか?」
「離婚届に署名した時、弁護士さんに立ち会って貰ったんです!その人を探せば、何とかなるかも!」
「でしたら、ホテルの顧問弁護士に探して貰います。その方が早いでしょう。とにかく、百合さんはホテルから出ないで下さい。」
「はい……わかりました……」
こんな時、私は無力だ……みんなに頼らないと何も出来ないなんて……
これ以上、翼くんを傷つけたくないだけなのに……
元夫への恐怖よりも、何も出来ないもどかしさが悔しかった……
離婚届に署名した時に立ち会って貰った弁護士さんは、すぐに見つかった。ホテルの顧問弁護士さんからは、離婚裁判を起こす事を勧められ、全てをお任せする事になった。
浦和くんは事あるごとに、ペントハウスへ顔を出してくれるようになった。きっと、私を心配しての事だろう……
「百合さん、今日はアルバムをお持ちいたしました。」
「ありがとうございます!」
「では、早速見ますか?」
「はいっ!」
はっ!子供のように、元気よく返事をしてしまった……またしても恥ずかしい姿を……
そんな私を微笑ましく見ながら、浦和くんがアルバムを開く。その隣に座らせてもらい、アルバムを覗き込んだ。
「これが私の家の庭で撮られたものです。」
「か、可愛い~♪」
思わず笑みが溢れてしまう。
そこには、木に登ってピースサインをしている翼くんと、下から見上げている浦和くんの姿があった。
「これは私の父が撮ったものですが、教育長が見た時、悲鳴をあげていましたね。怪我をしたらどうするのですか!ってね。」
家に教育長がいたのね……
「そしてこちらが、シュウも一緒におやつを食べているところです。」
うわっ!子供が使うのに、海外の高級食器だ!流石はセレブ……
「シュウくんとも仲が良かったのですか?」
「シュウは、ほとんど翼を介しての付き合いでしたね。大学になって同じ学部だった事もあり、話をするようになりましたが、シュウは表立って私と関わる事はしません。きっと、彼の家の事が関係しているのでしょう。」
「そうなのね……」
シュウくんも、家の事で良家のご子息から避けられていたって言ってたし、きっと、浦和くんに関わると迷惑がかかると思っていたのかも……だから、二人は人を寄せ付けなかったのね……
「そして、これは遊び疲れて昼寝をしているところです。」
か、可愛いっ♪小さな王子様と天使の最強コラボだ!
癒される~♪
「こ、これ、写真を撮ってもいいですか?」
「ふふ、どうぞ。」
「では、遠慮無く♪」
スマホを取り出して、小さな翼くんを納めていく。
「ありがとうございました♪」
トントン……
浦和くんにお礼を言った時、ドアがノックされた。
「どうぞ。」
返事をすると静かにドアが開き、浦和くんの秘書の姿が見えた。そしてその後ろには、翼くんが……
「翼くん!」
「百合ちゃん……何で……」
「えっ?な、何?」
久し振りに会えた翼くんに、笑顔は無く、困惑した表情だった。




