第38話
ピピッ、ピピッ……
スマホのアラーム音が、朝を告げている。
翼くんを待っている間、リビングのソファで寝てしまったらしい。
「着信もメールも無し……」
アラームを止めて、窓からマンションのエントランスを覗いてみる。マスコミはまたカメラをセットして待ち構えているみたいだ。
「翼くん……何かあったのかなぁ……」
テレビの電源を入れると、翼くんの話題になっていた。
『翼くんは、好評だったドラマも降板になったようです。』
『才能があっただけに、略奪愛に走ったのは残念ですね。』
『一部の噂では、翼くんは愛人の子供と言われていますし、血は争えないところでしょうか。』
ピッ……
それ以上聞きたくなくて、電源を落とした。
翼くんのお母さんの事まで持ち出すなんて……
やりきれない思いと、申し訳無いという思いで、胸が締め付けられる……それに、何の連絡も無いという事は、何処かへ閉じ込められているとか……
考えれば考える程、不安が押し寄せてきた……
翼くんから何の連絡も無いまま、夜になった。一度電話してみたものの、電波が届かない場所というアナウンスが流れるだけだった。
「翼くん……何処にいるの……無事でいて……」
ガチャ……
その時、玄関のドアが開く音がした。ソファから立ち上がり、急いで向かう。だけど、そこに立っていたのは、浦和くんだった。
「百合さん、お久し振りです。」
「……どうして、浦和くんが……翼くんに何かあったのですか?」
「話は車の中でします。すぐに荷物をまとめて下さい。」
「は、はい!」
訳もわからないまま、マンションの裏口に着けられていた浦和家のリムジンに乗り込む。
走り出してすぐ、浦和くんに尋ねた。
「翼くんは……」
「翼は、地方の運転免許合宿へ送られたそうです。スマホを取り上げられたまま……」
そういえば以前、翼くんは車の免許が取りたいと言っていた……お父さんは、騒ぎが収まるまで身を隠すにはいい機会だと思ったのかもしれない……
「ホテルへ私宛に速達が届きまして、中にはマンションの鍵と、あなたを連れ出してくれと書かれた手紙がありましたので、こうして参ったという訳です。」
「そうですか……浦和くんにまでご迷惑をお掛けして申し訳ありません……」
「詳しい事情は聞いておりませんが、翼が戻ってくるまでは、私の元で過ごして下さい。」
「はい……」
やっぱり連絡出来ない状況だったのね……
「その……戻ってくるのは、どれくらいでしょうか……」
「恐らく早くて二週間、長くて一ヶ月ではないかと……」
「そうですか……」
「……翼に会えなくて、辛いですか?」
「いいえ、翼くんが辛い環境に置かれていない事がわかったので、安心しました。その……監禁とかも考えていたので……」
ふふ!
いきなり浦和くんが吹き出した。
「えっ?何か可笑しい事を言いましたか?」
「失礼しました。自分の事よりも翼の心配をしていたので、似た者同士だと思いまして……」
「似た者っ……」
思わず言葉に詰まってしまう……
「翼からの手紙にも、あなたの心配ばかり書かれていましたよ。」
「そ、そうですか……」
あんなに迷惑をかけて、テレビでは言いたい放題言われているのに、私の心配を……
翼くんの懐の深さに、気持ちが落ち着いていく……
そしてリムジンは、昔懐かしいロイヤルインフィニティホテルの従業員通用口へ到着した。
エレベーターに乗り込むと、浦和くんは鍵を取り出して、階数ボタンの上に差し込んだ。エレベーターは階数を押していないのに、勝手に動き出す。
「えっ?えっ?どうして?」
「あぁ、これは、浦和親族のみが使うペントハウスに行く鍵です。」
「そんなのがあったのですね……知らなかった……」
「ふふ!厳選した清掃員しか知りませんから、無理も無いですよ。」
流石はセレブ一族……従業員だった私にも知らない部屋があったのね……
「ここです。」
案内された部屋は、ロイヤルスイートよりも広い、目を見張る程豪華な部屋だった。
「す、凄い……」
「滞在中は、お好きにお過ごし下さい。百合さんが滞在している事は私の秘書しか知りませんので、人の目を気にしないで大丈夫です。」
「本当に、何てお礼を言って良いか……事情も知らないのに……」
「これは、翼に恩を返しているだけです。」
「恩……ですか?」
「はい。あれは、高校生の頃ですが……」
浦和くんは上品な笑みでソファへ座るよう私を促し、懐かしそうに語り始めた。
「当時、まだお付き合いしておりませんが、私の妻と私の間に妊娠の噂が出た事がありまして……」
「付き合っていないのにですか?」
「はい、妻のお姉様の出産祝いを一緒に買いに出掛けた事が、誤解を生んだようです。」
「成る程……」
「誤解はすぐに解けたのですが、一部生徒の中にはあらぬ噂を立てる者がおりまして……」
何処の世界にも、そんな人はいるのね……
「こそこそと噂を立てている現場を目撃しまして、何か言い返す為に出ていこうとしたのですが、私よりもその者達の前に立ちはだかったのが、翼とシュウでした。」
「そんな事が……」
「翼は、本人達に確認する度胸も無い癖に、下らない噂をするな!と一喝しまして……」
当時を思い出したのか、浦和くんはクスクスと笑い出している。
「当時、翼とシュウは誰も寄せ付けないやんちゃ者だったので、噂をしていた者達はあわてて逃げていきましたよ。それ以来、一方的に翼へ恩を感じているのです。」
「浦和くんとは仲が良かったのですか?」
「当時は話す事はありませんでしたが、幼稚園と小学校の小さい頃は、家に遊びに来るくらい仲が良かったです。」
「小さい頃……」
見てみたかったな……
「宜しければ、アルバムをお持ちしましょうか?」
「ほ、本当ですか?!」
って、考えている事がバレバレだったのね……恥ずかしい……
「ふふ!それでは、また後日お目にかかりましょう。」
「はい、楽しみにしています。」
上品なセレブオーラを纏いながら、浦和くんは部屋から出ていった。




