第37話
シュウくんとの電話を切った後、翼くんが窓の外を覗いた。
「マンションがマスコミに囲まれてる……」
「本当に?」
一緒に窓の外を覗くと、エントランスを囲むように、カメラなどの機材を持った人だかりが見える。
今度は私のスマホが立て続けに鳴った。一人は大家さんで、アパートへは戻らない方がいいと言われ、もう一人はパン屋のオーナーからだった。
「……パン屋のオーナーさん、何て?」
通話を切った後、溜め息をついた私へ、翼くんが恐る恐る尋ねてくる。
「パン屋にもマスコミがいるって……騒動が収まるまで、休みになったわ。」
「ごめん……俺のせいで……」
「翼くんのせいでは無いわ。こっちの騒動に巻き込んでしまって、ごめん……」
「でも、暫くバイトへ行けないんだよね……」
「オーナーさんは、私の事を信じているって、逆に励まされたわ。だから、逆に休む事が申し訳無くて……」
「そっか……」
ピンポーン……
エントランスのインターホンが鳴り、翼くんがモニターを覗く。
「マスコミだ……」
そう呟いて、翼くんはインターホンの音をオフにする。
「……大丈夫なの?」
「知り合いならスマホへ連絡してから来ると思うから、大丈夫だって。それより朝ごはんでも食べよっか♪」
「うん……」
キッチンへ行き、食材をチェックしている時、翼くんのスマホが鳴った。画面を見た翼くんは、顔をしかめている。
「……出ないの?」
「社長からなんだ……」
少しの間躊躇った後、翼くんは画面をタップした。
「はい……はい……えっ?……わかりました……」
通話を切った翼くんは、深い溜め息をついている。
「……どうかしたの?」
「うん……今から来るって……」
「じゃぁ、私、ベッドルームにいるね。」
「百合ちゃんも堂々と居ていいよ。何も悪い事していないんだし!」
「そういう訳にはいかないわ。それに聞かな方がいい仕事の話だってあるだろうから……」
何とか翼くんを納得させて、私はベッドルームに隠れておく事にした。
ピンポーン……
社長が部屋へ入ってくる音が聞こえる。申し訳無いとは思いながらも、気になってついつい聞き耳を立ててしまう。
『翼、やってくれたな……』
『俺達は何も悪い事はしていません。元旦那が嘘をついているだけです。』
『どういう事だ?』
それから翼くんは、元夫が離婚届けを出さなかった経緯について説明した。
『……という訳で、出会った時から離婚していると思っていましたし、彼女も今回の事は戸惑っています。』
『そうか……理由はわかった。だが、離婚が成立していないのは事実だ。今後、彼女に会う事は禁止する。』
『それは出来ません。』
バン!
テーブルを勢いよく叩く音が聞こえた。
『だからお前は浅はかなんだ!今、お前が彼女と会ってみろ!不倫確定だぞ!そんな悪いイメージがついて仕事が無くなったらどうするんだ!守りたいものも守れなくなるんだぞ!』
『……』
『とにかく、ドラマの最終話は台本を書き換えて、お前の出番を無くす事が決まった。コラムの連載も棚上げだ。』
『そうですか……』
『今からドラマのプロデューサーに詫びへ行くぞ。すぐに出掛ける支度をしろ。』
『わかりました……』
ガチャ……
ベッドルームの扉が開いて、翼くんが入ってくる。翼くんは無言で私を抱き締め、小声で話し出した。
「百合ちゃん……夜には帰ってくるから……」
「うん……」
「何か食べ物買って帰るから、部屋から出ないようにね。」
「わかったわ……」
翼くんは力なく笑って、部屋を出て行った。
残された部屋で一人、膝を抱えて過ごす。
さっき聞こえてきた、ドラマもコラムも無くなったという社長の言葉が、重くのし掛かる。
私のせいで、翼くんの仕事が無くなった……努力で掴み取った仕事さえも、奪ってしまった……
私が翼くんを頼ったばかりに、迷惑をかけて……翼くんだけじゃぁ無い……アパートの大家さんもパン屋のオーナーにも……
はっ!そういえば、実家はどうなっているの?!
スマホを取り出して、母親へ電話をかける。すぐに通話が繋がった。
──「もしもし、百合子?」
「お母さん!そっちは無事?」
──「大丈夫よ!少々外出しなくても大丈夫なくらい、買い貯めてあるわ♪」
って事は、外出が出来ない状態なんだ……
「迷惑をかけてごめんね……」
──「気にしないで!それよりごめんね……アパートとパン屋を明彦さんに教えたのは、私達なのよ……」
「そう……」
──「百合子、離婚して帰ってきた時、笑顔が出ないくらい落ち込んでいたでしょ?浮気した明彦さんには、お父さんも怒っていたけど、復縁すれば百合子が元気になると思って、許したのよ……」
「そうだったの……」
笑顔が出ない理由、離婚されたショックだと思われていたのね……
──「でも、昨日、百合子が怯えてるように見えて、もしかしたらって思った矢先にこんな騒動でしょ?あんな嘘までついて……だから、お父さんが最初から復縁を断れば良かったって後悔していてね……」
「お父さん……」
本当にお父さんの愛情は伝わり難い……でも、私の事を考えてくれていたのね……
──「ところで……」
「何?」
──「翼くんってイケメンね~♪」
ぶっ!
思わず吹き出しそうになる。
そうだ!母親は韓流スターや若い演歌歌手に夢中になるくらい、ミーハーだったわ!
──「実際のところどうなの?お付き合いしているの?」
「し、していないわよ!」
──「え~!何でよ?」
「だって、一回りも年下なのよ!今回、匿って貰う時に元夫と出会っちゃって、今回の騒動になっただけよ!」
──「でも、昔お付き合いしていた、名前は確か……」
「龍二?」
──「そうそう!何だか雰囲気が似ていない?どうせ女の方が長生きするんだから、年下もアリよ~♪」
「と、とにかくそれは無いから!」
──「そう?まぁ、騒動が収まったらお礼がてら、翼くんを連れていらっしゃいな♪」
母親と翼くん、意気投合しそう……絶対に連れて行くのは止めよう……
そう、心に誓った。
そして、夜になった。
その日、翼くんは帰って来なかった……




