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第34話

 「百合子、明彦くんの隣に座りなさい……」


父親が顎で、元夫の側へ座るよう促してくる。だけど、足がすくんで動けない……


「百合子、座りなさい。」


かろうじて頭を横に振り、拒否の意思を見せる。


「……その前に、説明して……どうしてあなたが……」

「百合子、君を迎えに来たんだ。」


元夫が笑顔で答える。


「……どういう意味なの?」

「実は、彼女に不審な点があって……妊娠5ヶ月にしてはお腹が大き過ぎると母さんが気付いて、問い詰めたんだ。すると、僕の子供では無い事を白状してね。」

「だからって、私には関係無いわ……」

「君との関係を断ちたくなくて、離婚届はまだ出していないんだ。」

「嘘……」


すると、父親が元夫を援護してくる。


「百合子、良かったな。まだ籍は汚れていないようだ。こんなにも明彦くんに思って貰えて幸せじゃないか。もう、アルバイトなんてしなくても暮らせるぞ。」

「そんな……」

「浮気の一つや二つ、水に流してあげなさい。今日はずっと誠心誠意、謝ってくれたんだ。」


まだ離婚は成立していない……驚愕の事実に、愕然とした。元夫はソファから立ち上がって、私に手を差し出してくる。


「百合子……済まなかった……今度こそ、君を大事にするよ。君にも僕が必要だろ?」


私はやっと笑う事を取り戻せた……もう二度と、あんな生活に戻りたくない……


「嫌……」

「どうしてだい?君は僕が居ないと、まともな生活も出来ないじゃないか。君は僕の傍にいるだけでいいんだよ。遠慮なんていらないから。」


元夫は……再び私を、篭の中へ閉じ込めるつもりなんだ……


「百合子、僕達の家へ帰ろう。」


笑顔なのに、目が笑っていない……この人は、完全に常軌を逸している……


パシン!

私の腕を掴もうとする元夫の手を、勢いよく払い除ける。


「百合子……一体どうしたんだい?」


はぁ……はぁ……

息が上がる……身体の震えが止まらない……


「……百合子?どうしたの?」


私の異変に気付いた母親が、心配そうに尋ねてきた。だけどそれには応えずに、最後の気力を振り絞って元夫を睨み付ける。


「絶対に嫌……」

「百合子?何故だい?僕にしか君を幸せに出来ないんだよ。わかっているだろ?」

「あなたの元へは、絶対に戻らないわ!一日も早く離婚届を出して!今すぐ私を自由にして!」


バン!とドアを勢いよく開けて、実家を飛び出した。


実家近くの駅まで走りながら、震える手でスマホを取り出す。


プルルル……

出て……早く出て……お願い……


十数回のコール音の後、通話が繋がった。


──「もしも~し♪百合ちゃん、もう用事は終わったの?」

「翼くん……助けて……」



  ・

  ・

  ・

《翼目線》



 渋沢駅で百合ちゃんを見送って、いつものクラブへ足を向ける。


「お?今日も手料理を食べ損ねたか?」

「まぁ、そんなとこかな……」


久し振りにクラブへ顔を出した俺を見て、シュウは苦笑いだ。


「はぁ……どうやったら、百合ちゃんを口説けるかなぁ……」


昔から気の合うシュウを前に、思わず本音が漏れる。


「百戦錬磨のお前が、何でドーテーみたいな事を言ってんだ?気持ち悪りぃぞ。」

「そう言うなって……」


バーボンが入ったグラスを傾けながら、ため息をつく。


「彼女は年上だろ?甘えて母性本能でもくすぐれば、一発で落とせるだろ。」

「それが……百合ちゃんから、小悪魔ワンコ認定された……」


ぷっ!

シュウがいきなり吹き出した。


「翼がワンコ?高校生の時は、クールで俺以外の人間を誰も近寄らせなかったお前がワンコかよ!面白れぇ~♪」

「……シュウ、笑い過ぎっ!」


わざとらしく睨むと、シュウは両手を挙げて、降参のポーズをとる。


「わかった、わかった。翼が本気って事はわかったからさ!」

「……」


コホン、と一つ咳払いをして、シュウは真面目な顔つきになった。


「翼、いいか?今までのお前はどうだったか?女の子に追いかけられてただろ?」

「まぁな……」

「それが、百合さんにはどうだ?お前が追いかけてるだろ?」

「だな……」

「そこでだ、一旦、百合さんに冷たくしてみろ。」

「そんな事出来ね~よ!」

「馬鹿!そこが肝心なんだよ!急にお前が冷たくなったら、百合さんはお前を気にする筈だ。そうすれば、お前を追いかけるようになるから。」

「でもなぁ……」

「冷たくするまでは行かなくても、向こうからの誘いを断ってみろ。あっさり引くようなら脈無し、残念がるようなら脈有りだ。」


う~ん……出来れば百合ちゃんからの誘いは、断りたく無い……でも、これも二人の為だ!


「わかった!頑張ってみるか!」

「おう!次来る時は、いい知らせを待ってるぞ!」


気合いを入れたその時、スマホが鳴った。


「もしかして……」

「百合ちゃんからだ!」


速攻で出ようとした俺を、シュウが止めてくる。


「いいか、翼、さっきの作戦を忘れるなよ。」

「任せておけ!」


覚悟を決めて、ピッ!と通話ボタンをタップする。


「もしも~し♪百合ちゃん、もう用事は終わったの?」


すると、聞こえてきたのは、焦ったように震える百合ちゃんの声だった。


──「翼くん……助けて……」

「ど、どうしたの?今、何処?」

──「渋沢駅行きの……電車に乗るところ……」

「わかった!すぐに駅前まで行くから!」


通話を切って、シュウに一言告げる。


「悪りぃ!行ってくる!」

「あぁ……言った側からこれかよ……」


シュウの呟きには耳を傾けず、クラブのVIPルームを飛び出して渋沢駅へ向かった。


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