第29話
暫くの間、黙ってソファで過ごしていると、パーティー会場のBGMが聞き覚えのあるワルツに変わった。
「懐かしいワルツ……」
「百合ちゃん、踊れるの?」
「7年前まで、ここの系列ホテルの、ロイヤルインフィニティホテルで働いていたのよ。その時、社員研修で希望者にはワルツのレッスンも受けられたの。」
「そっか……」
翼くんはいきなり立ち上がったかと思うと、私の前に片膝を跪き、手を差し出してきた。
「お嬢様、一曲ご一緒願えませんか?」
「えっ?翼くん、踊れるの?」
「学校の選択体育で、社交ダンスもあったんだ。」
「流石はセレブ学校……」
「まぁ、ほとんどフケてたけどね。」
「何となく想像出来るかも……」
「それでも良ければお願いします。」
「はい。」
差し出された手を取ると、翼くんは抱きかかえるように私の腰へ腕を回してくる。
「じゃ、行くよ。」
「うん。」
二人でリズムを取ると、最初の一歩を踏み出し、ロビーを縦横無尽に踊り出す。
「百合ちゃんと踊るのがわかっていれば、もっと真面目に授業を受けたのにな……」
「充分上手だと思うわよ。翼くんのリード、凄く踊りやすいわ。」
「ホント、百合ちゃんって俺を喜ばせる天才だよね。」
ワルツなんて、二度と踊る事なんて無いと思ってた……こんなに楽しいものだったのね……
パーティー会場から流れてくる音楽に合わせて、二人ともステップを踏み続けた。
そんな様子を写真に撮られているとも気が付かず……
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《翼目線》
「何だ!これは!」
事務所のデスクに叩きつけられた週刊誌には、俺と百合ちゃんが踊っている写真が載っている。
見出しには、
《ドラマで好演の翼、謎の美女とパーティーを抜け出す!》
《人目を気にせず堂々のハグ!》
と、センセーショナルな文字が踊っている。
そして、苦々しい顔で怒鳴り付けてくる専務……
「踊っているだけです……」
「何故こんな人目につく場所で踊る必要があるんだ!こいつはこの前の年増女だろ!恥ずかしいと思わないのか!」
「……思いません。俺の事は何と言っても構わない。だけど、彼女に対しての侮辱は控えて下さい。」
「何だと?!誰に向かって生意気な口をきいてるんだ!」
一触即発の雰囲気を、父親である社長が割って入ってくる。
「その辺にしておけ。」
「ですが社長……」
社長は専務をなだめ、俺に向き直った。
「踊っているのを見たのは、週刊誌の記者だけでは無かったみたいだ。」
「どういう事ですか?」
「近藤監督も見ていたらしい。それでさっき、お前に映画出演依頼があったよ。」
「俺が……映画に……?」
う、嘘だろ?しかも近藤監督といえば、実在人物を題材にした映画で海外の映画祭にもノミネートされる程の人物……
「明治時代の華族から一大デパートを築き上げた主人公の話で、お前は脇役だが話の鍵を握る重要人物らしい。話は受けるだろ?」
「勿論です!」
「だから、踊っていたのも、役作りだとコメントしておいたよ。」
「えっ?」
ウチの事務所は、恋愛自由な筈……なのに、何の相談も無しに、勝手に……
「社長……お付き合いをしていると、言った筈ですが……」
「馬鹿野郎!」
いきなり社長が声を荒げてきた。
「相手が同じ芸能界にいるのなら、双方にとっても話題作りになるだろう!だけど、彼女は一般人だ!彼女がカメラに追い回されてもいいのか!」
「それは……」
「だからお前は浅はかなんだ!今回は彼女の顔が写っていないから良かったものの、大事にしたいなら、行動を自重しろ!」
「……はい。わかりました……」
父親の言う事はごもっともだ……頭を下げて、そのまま事務所を出た。
「はぁ……」
溜め息しか出ない……
そうだよな……俺は百合ちゃんと一緒に過ごせる事が楽しくて、外へもデートに出掛けたけど、百合ちゃん自身が追い掛けられる可能性もあったんだよな……一度、リナにも狙われたし……
事務所のエレベーターを待ちながら深い溜め息をもう一度ついた時、到着したエレベーターの中から、声をかけられた。
「……もしかして、翼か?」
その声に顔を上げると、学生時代の同級生が部下を従えて立っていた。
「春樹か?久し振りだな。」
春樹は浦和グループホテル部門の跡取りで、幼稚園から小学校の頃には仲良くしていた。
「こんなところでどうしたんだ?」
「翼がホテル内でパパラッチに写真を撮られただろ?そのお詫びをしに来たんだ。」
「経営者自らがか?」
「だからこそだ。」
流石は経営者……学生の頃から一際大人だったけど、未だに父親から怒鳴られる俺とは違うな……
……ん?そういえば百合ちゃんは春樹のホテルで働いていたのか……これはチャンスかも!
「春樹、この後少し時間貰えるか?」
「お詫びが済んだ後なら、30分くらいの余裕はある。表のカフェで待っててくれるか?」
「忙しいところ、悪いな。」
春樹は軽く手を挙げて事務所へ入って行き、俺は一足先にカフェへ向かった。
「遅くなって悪い。」
暫くして、春樹がカフェにやってきて、俺の向かい側へ座った。
「いいや、大丈夫だ。どうせ暇だったからな。」
「何言ってんだ。モデルもして、ドラマにも出て、忙しいだろ。コラムも読んだぞ。」
「マジか……知り合いに読まれるのは恥ずかしいな……」
「恥ずかしがる事は無いだろ。中々良かったぞ。」
「そっか……」
やっぱ自分の文章を読んで貰えるって、楽しいかも……例えそれが批判であっても、次は納得させようという原動力にもなる……専務みたいな理不尽な意見は無視すればいいし……
「こうやって翼と話をするのは、小学生以来か?」
「だな。」
「高校生の頃、留学から戻ってきたら、翼はやんちゃになっていたからな。」
「そういう春樹だって、セレブオーラがハンパなかったぞ。」
「そんな事無いだろ……」
春樹は苦笑いしながら、コーヒーに口をつけている。
「それで、話は何だ?懐かしい話をする為に呼び止めた訳では無いだろ?」
「やっぱわかるか……実はお前のところで雇って貰いたい人がいるんだけど……」
この言葉に、春樹は一瞬眉間に皺を寄せたのを見逃さなかった。
こいつも立場的に、こんな話を沢山依頼されてるんだろうな……俺もそのうちの一人かって思っただろう……
だけど、百合ちゃんが今のバイト生活から脱却するチャンスだ!
必死になって、百合ちゃんが昔、ロイヤルインフィニティホテルで働いていた事、元旦那の田舎で暮らす為に辞めたけど、離婚して戻ってきた事を話した。




