第28話
社長は本妻さんに気を留める事無く、翼くんへ話し掛けている。
「今日はドラマのプロデューサーも招待してある。後で、挨拶をしておきなさい。」
「はい、わかりました。」
何て事務的な会話なの……本妻さんの前では、親子の会話なんて出来ないのかもしれないけど……
ふと、社長が私に目を向けてきた。
「翼、隣のお嬢さんは?」
「以前話した、コラムのヒントをくれた女性です。」
「ほう、彼女が……」
社長は私に微笑みかけてくる。だけど、目は笑っていない気が……
「まぁ、いい影響を与えてくれる女性とは、沢山付き合いなさい。」
あくまでも、沢山のうちの一人だと……やっぱり、こんな歳上の女性を連れてくるなんて、良くは思われていないわよね……
思わず俯きかけた時、グイッ!と翼くんが私の肩を抱き寄せてきた。そして、そのまま社長を見据えた。
「一度、ご報告しようかと思っていました。彼女とは、いいお付き合いをしています。」
えっ?!それって交際宣言に受け取られるじゃない!
「……お嬢さん、今後もいいお付き合いを……ね。」
社長は翼くんの言葉を無視して、私に釘を刺してくる。
何も応えられないでいると、年配の女性が社長の腕を引っ張った。
「あなた、あちらに近藤監督がいらしているわよ。ご挨拶に行きましょう。」
「ああ、わかった。」
社長は軽く手を挙げて、人混みの中へ消えて行った。
「何だか嫌な思いをさせちゃったね……百合ちゃんごめんね……」
翼くんは私を気遣うように、謝ってきた。
翼くんがパーティーの参加を嫌がっていた理由がわかった気がする……翼くんは家族の前でも、気を張っていないといけないのね……翼くん自身は何も悪く無いのに……
翼くんは、私が居ればパーティーを乗り切れるって言っていた……私が翼くんにしてあげられる事は……
翼くんの手を取り、指と指を絡ませるように手を繋いだ。私は傍にいると、伝えるように……
「えっ?ゆ、百合ちゃん?」
私から手を繋いだ事に、翼くんは驚いている。
「お腹が空いたわ。何か食べない?」
「……そうだね!せっかくだし、美味しい物を沢山食べよっか!」
あ……翼くんの笑顔が、自然な笑みに変わった……
少しホッとしながら、ビュッフェコーナーへ手を繋いだまま向かった。
「このキッシュ、美味しいわね。ワインにも合いそう。」
手を繋いだまま、料理の美味しさに舌鼓を打つ。
片手が塞がっているのは食べにくいけど、二人とも手を離す事はしなかった。
「本当だ!めちゃめちゃ美味しい~♪百合ちゃんも作れる?」
「型枠があれば似たような物は作れるけど、これと同じ味は無理だわ。」
「百合ちゃんオリジナルが食べたいの♪今度、ワインを飲む時のメニューは決まりっ!」
翼くんの口調が、少しずつ普段の甘えた雰囲気に変わってくる。
いつもどおりの翼くんだ……
そう思った矢先、またしても翼くんの笑顔が凍りついた。
「専務……」
「翼、来ていたのか……」
翼くんの視線の先を辿ると、私と同じ年頃の眼鏡を掛けた男性が立っていた。専務と呼ばれた男性は、見下したような、明らかに歓迎していない態度を取っている。
「専務……社長の息子なんだ。」
ボソッと耳元で翼くんが教えてくれた。
社長の息子……翼くんにとっては、腹違いのお兄さんなのね……
専務はまるで翼くんを、卑しいモノを見るかのような目で見ている。まるで、人として見ていないかのように……
「コラム読んだぞ。お前、ふざけてるのか?」
「……いえ……」
「何が名脇役だ。小さい頃、社長に拾って貰った恩を忘れたのか?」
「……忘れていません。」
「ウチの商品なら主役の一つや二つ、自分で営業してもぎ取って来い。タダ飯を食らって、ちまちまとした仕事なんてやってんじゃね~よ。」
あまりにも蔑んだ言葉に、息を飲んだ。
人ではなく、物扱い……翼くんの努力を見もしないで、なんて酷い事を……
そして、専務は私に目を向けてきた。
「そちらの綺麗な女性は?」
「……いいお付き合いをさせて頂いている彼女です。」
翼くんがそう答えると、専務は舐め回すような目付きで、私を品定めしてくる。
「ふ~ん、是非私とも、いいお付き合いをさせて頂きたいですね。今度、ゆっくり食事でもどうですか?」
専務のいやらしい目線に、ゾクリと悪寒を覚える。
な、何なの?翼くんが彼女だって言っているのに……
思わず眉間に皺を寄せるものの、専務は構わず私へ手を伸ばそうとする。
「こんな若造では満足しないでしょう。色々とね?」
き、気持ち悪い……
思わずブルッ!と震えた時、サッ!と翼くんの背中が視線を遮った。
「専務のご心配には及びません。お気遣い無く。」
「ふん……女の前だからって、格好つけてんじゃね~よ。せいぜい社長の恩を、仇で返すような事だけはするなよ。」
専務は捨て台詞を吐き、踵を返して人混みに紛れていく。
専務の姿が見えなくなった事で安堵の溜め息をつき、外の空気を吸う為に、二人でパーティー会場の外へ出た。
パーティー会場の外ロビーに置いてあるソファへ、二人で深く沈み込む。
「百合ちゃん……ありがとう……」
「何が?」
「傍にいてくれて……」
それから翼くんは、ポツリと語り始めた。
「……俺の母親、この事務所を立ち上げた時に所属していた女優だったらしいんだ。」
「女優さん……」
「父親は仕事を取る為に走り回って、母親は女優業の合間に事務所の仕事を手伝って父親を支えた……」
「……」
「一緒の時間を過ごすうちに、父親と母親は結ばれて、俺が産まれたらしい……」
「そっか……」
「でも、母親が病気で死んで、自分の出生を恨んだ時もあったんだ……俺なんて、産まれて来なければ誰も嫌な思いをしなくて済んだって……」
母親を亡くしたばかりの幼い翼くんが、たった一人で家政婦さんが作ったご飯を食べて過ごしているのが、安易に想像できる……
小さい頃から翼くんは、どれだけの悲しみと寂しさを抱えて生きてきたのか……
孤独……そんな悲しい言葉が当てはまる。きっと誰にも癒せない孤独を隠す為に、強がって何でもないように明るく振る舞って、自分を保って生きてきたのね……
「翼くんが産まれてきてくれて、私は嬉しいよ……沢山の力を貰ったし、どれだけ癒されたかわからないくらい、感謝しているわ……」
だから、私は傍にいるよ……翼くんの味方だからね……
そう伝えるように、繋いだ手に少しだけキュッと力を入れた。
「ヤバい……今、ものすごく百合ちゃんにキスしたいかも……」
気持ちは伝わったみたいね……しかも、過剰に……
「……無理。」
「だよね……せめて肩を借りてもいい?」
「いいわよ。」
「ありがと……」
一言お礼を言うや否や、翼くんは、私の肩に頭を乗せてきた。
私には、こんな事くらいしか出来ない……だけど、少しでも翼くんの心が癒えますように……




