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第26話

 翼くんのコラムが掲載された雑誌が発売された。バイトの帰りに本屋へ立ち寄って、男性用ファッション誌を手に取る。


へぇ~、中々面白いかも……


コラムのタイトルは、“シェークスピアの戯言”。

内容は、シェークスピアの名言を翼くんなりの解釈で書き伝える、言わば、読者に向けてのメッセージだ。


“【備えよ。たとえ今ではなくとも、チャンスはいつかやって来る。 ─ シェークスピア】


今、君がやっている仕事や学校の勉強は楽しいですか?こんな質問をすると、10人中9人がノーと答えるかもしれない。”


こんな書き出しで始まるコラムは、どんな些細な仕事でも、意味はあると説いている。


“例えば、先輩のプレゼン資料をコピーする雑用を頼まれた。だけどこれは、内容を熟読して、先輩のプレゼン技術を自分の技術として習得するチャンス……”


“例えば美容院で、店長から技術向上には関係無い会計伝票の整理を頼まれた。だけどこれは、将来独立して自分の店を持つかもしれないその時に、きっと役に立つ……”


「……」


ポジティブな翼くんらしい考え……流石ね……


そのまま読み進めて行くと、翼くんらしからぬ文章が書かれていた。


“ただ、少し前の俺はそんな風に考える事が出来ずに、大きな仕事が来ない焦りや納得のいかない演技を模索する毎日が続いていた。そんな俺をある人の一言が変えた。その人は、俺が出演したドラマを見て、俺の事を名脇役だと言った。”


あれ?これって、私の事?


“それまで、主役を取らなければ俳優として認められないと思い込み、求められる演技が出来ず、霧の中をさ迷い歩いていた俺を救い出してくれた言葉だ。その時から俺は、死体役で台詞が無くても、どんなに小さな役であろうと、俺にしか出来ない演技を磨いていく舞台になると考えるようになった。”


そんな葛藤を抱えていたのね……

脇役なんて失礼かと思ったけど、イチ視聴者としての素直な感想が、新鮮だったのかも……

そして、翼くんにとって芸能界と無関係な私は、きっと張り詰めた気を抜ける相手なんだわ……


コラムは、読者みんなを勇気付ける言葉で締めくくっている。

雑誌をレジへ持っていき、アパートの部屋へ戻って何度も読み返した。




 「遅くなってごめん!」


雑誌発売から数日後の事だ。今では当たり前になってきた夕食時、翼くんから例の雑誌を差し出された。


「この前言ってたコラムが載ってる号なんだけど、百合ちゃんの感想を聞きたくて……」

「……それ、買ったわ。」

「えっ?ま、マジ?」


自分で購入した雑誌を取り出して、翼くんに見せる。


「本当だ……って事はもう読んだ?」

「うん。」

「……どうだった?」


翼くんは私の様子を伺うように、恐る恐る尋ねてくる。


「えっとね……」

「やっぱ無理っ!聞くのが怖いかも!」


今度は顔を背けて、聞くのを拒否している。


「じゃぁ、止めておこうか?」

「い、いや……でも、百合ちゃんに読んで貰いたくて書いたし……聞きたいような聞きたくないような……」


う~ん……ここは、私から伝えた方がいいかしら……


「……とりあえず食べようか。お味噌汁が冷めちゃうよ。」

「だね……頂きます。」


丁寧に手を合わせ、その後お味噌汁に口をつけた翼くんに、声をかける。


「コラム、良かったわよ。」

「ほ、ホント?!」


途端に表情が明るくなった……やっぱりワンコ……


「何処が良かった?」

「具体的に例を挙げているところが、解り易かったわ。それに、華やかで楽しそうに見える仕事にも、一般の人達と同じように苦労があって、辛いのは自分だけでは無いって思えるし。」

「うん、うん♪」

「それと、読者にとっての翼くんが、名脇役と言った私のような存在になれたらいいなって思った。」

「そ~ゆ~つもりで書いたから、めちゃめちゃ嬉し~♪何だか百合ちゃんと出会ってから、仕事が順調なんだよね!コラムのヒントも貰えたしっ♪」


私こそ助けて貰っている事が多いと思っていたけど、翼くんも、いい感じに肩の力が抜けているのかも……

もしそうなら、嬉しいな……


「……私で良ければ、いつでも力になるわよ。」


突然、翼くんはキョトンとして、私の顔を見始めた。


「それって……俺、百合ちゃんの傍に居てもいいって事?」

「どういう事?今でも傍に居るわよね?」

「いや……ちょっと強引に押し掛けてるからさ……」


強引な自覚はあったのね……でも、不思議と嫌では無い……


「本気で嫌なら拒むから、大丈夫よ。」

「そっか……ちょっと嬉しいかも……」


翼くんは嬉しそうに、お味噌汁をすすり出した。


こんな幸せそうに微笑む翼くん、見た事無いかも……


ほのぼのとした空気が部屋に漂う。

何かこういう感じって、いいな……と思っていた空気は、翼くんの一言で変わった。


「そうだ!今度、ウチの事務所の創立記念日パーティーがあるんだ!」

「そうなのね。」

「百合ちゃん、一緒に出てよ♪」


……はっ?


「む、無理っ!」

「だ~めっ!さっき、いつでも力になるって言ってくれたじゃん♪」

「い、言ったけど……」


意味が違うってば!今すぐ前言撤回したい気分……


「百合ちゃんがいれば、嫌なパーティーも乗り切れる気がするしっ♪」

「そんなに嫌なら断ればいいじゃない!」

「今までは出席を断ってたんだ。でも、今回は連ドラに出ているから、必ず出席するよう命令されちゃって……この通り!お願いっ♪」


翼くんは片目を瞑って私の様子を見ながら、手を合わせて拝んでくる。


そんな期待を込められた目で見られると、絶対に断れないじゃない……


「はぁ……わかったわ。ただし、バイトの後よ。」

「百合ちゃん、ありがと!大好きだよ~♪」

「はい、はい……」


コロッと顔が変わったわね……相変わらずの小悪魔ぶりで……




 上機嫌な翼くんが帰った後、シャワーを浴びて、ため息をつきながら顔に化粧水をつける。


「パーティーねぇ……」


7年前に働いていたロイヤルインフィニティホテルでは、政財界や芸能界のパーティーがよく催されていた。

大規模なパーティーには時々給仕に駆り出されていたから、何となく雰囲気はわかる。


みんな、華やかな雰囲気よね……


改めて鏡で自分の顔を見る。そこには、華やかなパーティーとは程遠い、普通の人……


「……」


クリームを気持ちだけ多目に塗って、就寝した。


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