第23話
褒め殺しの刑執行も何とか終わり、気分的にヘトヘトになりながら、お手洗いへ行った。
「帰りにドラッグストアへ行ってみようかな……」
最近、翼くんが食料品代を出してくれるおかげで、ギリギリの生活費という訳では無くなってきた。クリームを買うくらいなら、余裕は出来ている。
翼くんは悩みながらも努力して俳優業も順調だし、更に執筆まで頑張っているし、色々と努力をしているわよね……
「頭が上がらないな……」
はぁ……とため息をついた時、お手洗いへ誰かが入ってきた音が聞こえた。
よしっ!とりあえず私は、お肌のクリームを塗るところから始めようっ!
何年か振りにちょっとだけ前向きになり、お手洗いの個室を出ようとした。
ガチャ……ガチャ、ガチャ……
「あれ?開かない……」
何で?と思うや否や、ドア上側からバシャッ!と、思いっきり大量の水がかかってきた!
「きゃぁ~!!」
『きゃぁ~!!だってさ。まともに服も買えないような貧乏ババアのくせに、カマトト振ってんじゃぁね~よ!』
えっ?!だ、誰の声?!
『立場もわきまえないで、翼に言い寄らないでくれる?年を考えろっつ~の!』
『翼も翼だよね~!こんなババアに引っかかるなんて。』
『ホント!頭悪いんじゃぁないの!』
『まぁ、ドラマもパパのコネって言うしね!きゃはは♪』
こ、この人達、何を言っているの?きっかけは知らない……でも、翼くんは悩みながらも頑張って、ドラマの役も良い評判を勝ち取っている……
『やっぱいいよね~!事務所社長の息子って!コネで仕事も貰い放題だし、玉の輿だし♪』
ち、違う……コネなんかじゃ無い……コラムの企画も編集長に持ち込んだって言っていた……翼くんは努力で仕事を掴んでいる……
『でも、いくら誘っても落ちなかったじゃん!もしかして、マザコンじゃない?!だから熟女好きなのかもよ!』
『今でもママと一緒におねんねしてるかもね~♪』
プツン……
ある事無い事言い放題の声に、キレた!!
バンッ!!と思い切り個室のドアに体当たりをしてドアを無理矢理開ける!外へ出ると、ドアを押さえていただろう女性が床へ転がっていた。
「ちょっと!何すんのよっ!!」
床へ転がった女性と、起き上がらせているもう一人の女性……この二人、さっき私の服を批判していたモデルさん達だ。
「怪我したらどうするのよ!!アンタと私達は価値が違うのよっ!!」
ポタッ……私の髪の毛から、水滴が滴り落ちる。
努力をしていると胸を張れるものが何も無い私の事は、何と言われてもいい……だけど……
拳を握りしめて、二人を睨みつけた。
「怪我?自業自得よね?」
「何なのこのババア!ちょっと翼にちやほやされただけで、偉そうにしてんじゃね~よ!」
「私の事はいい……だけど翼くんを悪く言うのは我慢出来ない……取り消してよ……」
「はぁ?何言ってるのか、聞こえないんだけど!」
大きく息を吸い込んで、声を張り上げる。
「翼くんは努力で仕事を掴み取っているの!見た目しか取り柄が無いアンタ達とは違うんだから!さっきの言葉を取り消しなさいよ!」
その時、バンッ!とお手洗いのドアが勢いよく開き、キャッシーさんが飛び込んできた。
「あんた達、何やってるの!って、百合ちゃん!びしょびしょじゃない!」
キャッシーさんの声に、翼くんまでお手洗いの中へ飛び込んできた!
「百合ちゃん!!」
びしょびしょの私に驚いたかと思うや否や、ギュッ!と私を抱きしめてくる。
「つ、翼くん!濡れちゃうよ!」
「構わないから……」
「構うよっ!」
「もう黙って……」
そして、翼くんは静かに女性モデル二人へ顔を向けた。
「共演者を拒否る時、コネって便利なんだよね~。でも、今回はコネも必要無いかな?」
聞いた事も無いような翼くんの低い声に、女性モデル達はビクッ!と身体をこわばらせている。
「編集長、今後の話をまかせてもいいですか?」
翼くんが扉の向こうへ話しかけると、開いた扉の廊下に編集長さんが顔を出した。
「あぁ、構わないよ。ウチの雑誌に出たいモデルなんて、いくらでもいるからな。二人ともこっちへ来なさい。話がある。」
「はい……」
観念したのか、女性モデル達はうなだれてお手洗いを出ていく。
「私、百合ちゃんが着れそうな服をスタイリストさんに借りてくるわ!」
編集長さんに続いて、キャッシーさんもお手洗いを出ていき、翼くんと私の二人が残された。
「どうしてここへ……」
「百合ちゃんが戻って来ないから、みんなで探してたんだ。」
みんなにも心配かけちゃったんだ……悪い事したわね……
翼くんは私を温めるよう、更に腕の中へ包み込んでくる。
「百合ちゃん……ありがとう……」
「……えっ?何が?!」
「さっき、俺の事で怒ってくれたでしょ?」
「それは……あまりにも言う事が酷かったから……」
「凄く嬉しかった……」
「そ、そう……」
って、キレたのを聞かれてたのね……は、恥ずかしい……
「百合ちゃん……二回目のキス、してもいい?」
ぶっ!思わず吹き出しそうになる!
「だ、駄目に決まってるじゃない!」
「何で?今、無性に百合ちゃんにキスしたいんだけど……」
「我慢してっ!」
「……わかった。笑顔になるまで待つ約束だもんね……」
「そ、そうだったかな……?」
「何で疑問形?」
「何となく……」
それから、キャッシーさんが借りてきてくれた服に着替えて、アパートへ帰った。
ドアの前まで送って貰った時、翼くんが香水が入った紙袋を差し出してきた。
「はい!これ、今日コロンを選んでくれたお礼だよ♪」
「えっ?これは翼くんのアロマ……」
「俺も百合ちゃんに選んだんだ!」
「でも私、飲食店で香水は付けないから……」
「そう言うと思って、部屋で使うアロマにしておいたよ!アロマディフューザーも邪魔にならないよう、一番小さい物だからね♪」
「あ、ありがとう……」
「じゃ、またね~♪」
翼くんは満面の笑みと共に、帰っていった。
また物を貰っちゃった……空っぽだった部屋に、翼くんから貰った物が増えていく……
部屋へ入り、アロマをディフューザーにセットしてみた。電源を入れて暫くすると、何だか落ち着くような、少し甘さもあるような香りが広がっていく。
「いい匂い……翼くんが私に選んでくれた香りかぁ……」
そういえば、何の香りをチョイスしたのかしら……
紙袋の中にある調合表と香りの説明書を取り出してみる。
「どれどれ?百合の香り……は、私の名前からよね……それと、イランイラン……って何?」
香りの説明書を見ると、薔薇から抽出された香りだと書いてあった。
そっか……名前にちなんで、フローラル系を中心に選んでくれたのね……
“イランイランには、男性を誘う媚薬効果があると言われており、新婚夫婦の寝室には必ず置く国もあります……”
嘘っ?!な、何でこの香りをチョイス?!
「……いやいや、深い意味は無いよね……」
一人納得するよう言い聞かせ、更に説明文を読み進めていく。
「えっと……」
“実際のところフェロモン香水の効果は微妙ですが、好きな匂いの異性に惹き付けられると言われていますので、特定の異性を惹き付けたい場合は、その異性に好きな香りを選んで貰うと良いでしょう……”
「……」
え……選んじゃった!だから私の好きな香りだって言った時、翼くんが照れてたんだ!
ど、どうしよう!顔を合わせ難い……
「……」
って、考え過ぎだわ……翼くんだって何も考えて無いかもしれないし、そもそもキスしたいっていうのも、小悪魔ワンコがじゃれてるとしか思えないし……
「は……はっくしょん!」
流石にこの時期のずぶ濡れは、まだ寒いわね……くだらない事考えていないで、シャワーを浴びよう……




