第21話
店を出て少し歩いた時、翼くんのスマホに着信が入った。
邪魔をしないよう少し離れたところで待っていると、話し終わった翼くんが残念そうな顔を向けてくる。
「百合ちゃん……デート終了……」
「何かあったの?」
「うん……雑誌の撮影なんだけど、追加したいアイテムがあるらしくて、今からスタジオへ行く事になっちゃった……」
「そっか……なら……」
私はここから帰ると言いかけた時、逃がさないとばかりに、翼くんが私の腕をガシッ!と掴んできた。
「な、何?」
翼くんの顔からは残念そうな表情が無くなり、代わりに悪戯な笑みが浮かんでいる。
こ、この顔、何か企んでいる時の小悪魔顔!
「実はさぁ、百合ちゃんも連れていくって言っちゃった♪」
「……へっ?」
「キャッシーが是非にってさ!」
「き、キャッシーって誰?」
「それは着いてからのお楽しみ♪」
「いや、私が仕事現場に行ったらマズいでしょ!」
「大丈夫、大丈夫♪悪いようにはしないからさっ!」
わ、悪い予感しかしない……
こうして引っ張られるように、雑誌の撮影スタジオへ連行されてしまった。
「翼くん、入りま~す!」
撮影スタジオの片隅……私は関係者パスを首からぶら下げ、縮込まりながら座っている。
回りには眩しい程のオーラを纏ったモデルさん達……
か、完全に場違いじゃない……
「おはようございます!よろしくお願いします!」
翼くんの声に顔を上げると、スタジオへ入ってきた翼くんに目を奪われた。
か、格好いい……
普段の少年っぽい小悪魔の雰囲気が消え、きらびやかなオーラを纏った爽やかな大人の男性に変身している。
いつもは下ろしている前髪を上げているせいかもしれない……でも、まるで別人みたい……
思わず見惚れている時、無地の背景をバックにしてスタッフさんに衣装の微調整をされていた翼くんと目が合った。
うわわっ!ずっと見ていたのがバレたっ!
慌てて目線を反らし、出されていたお茶を口に含んだ。
カシャッ……カシャッ……
「はい、いいよ!次は右手に持ち替えてみよっか!」
追加するアイテムは、夏に使える男性用バッグらしい。カメラさんの指示に応えるよう、翼くんは色々とポーズを決めている。
改めて見ると、プロなのね……クール系っていうのもわかる気がする……
一人で妙な納得をしていると、近くの席に座っていた女性モデル二人の会話が、聞こえよがしに耳へ入ってきた。
『見て!あの服、何処から見ても、量販店のものよね~!』
『ホントだ!あんな安物着て、よく堂々としてられるわね!誰の知り合いかしら!』
「……」
……た、たぶん、私の事よね……
『私だったら恥ずかしくて外を歩けな~い♪』
やっぱり私なんかが来てはいけなかった……私が傍にいると、翼くんに恥をかかせるだけ……
膝の上でギュッと手を握った時、ハイトーンな男の人の声が聞こえてきた。
「あら、その服、着心地良さそうね~♪」
「えっ?」
思わず顔を上げて、声の主を見る。すると、そこにはハイトーンの声に似合わないガタイの良い男性が……
あ、明らかに私に話しかけてる?!
「私も量販店は利用するわ!意外と質の良いモノがあるのよね~♪」
「そ、そうですね……」
えっと……この方も、パン屋オーナーと同じ二丁目系かしら……?
その男性は更に声を大きくして、女性モデル二人に流し目を向けた。
「服の値段だけに拘ってイイモノの本質が見抜けないなんて、モデルとして失格ね~♪」
すると、女性モデル二人はバツが悪そうに、立ち上がってスタジオを出て行った。
スタジオの扉が締まったのを見届けて、男性に頭を下げる。
「あ、あの……助けて頂きまして、ありがとうございました。」
「いいのよ~!つ~ちゃんが初めて連れてきた娘だもの♪」
……つ~ちゃん?翼くんの事かな?
「つ~ちゃんパパの事は知ってる?」
「はい……」
「プロダクションを経営してるでしょ?だから、つ~ちゃんに取り入ろうとする輩が多いのよ。あの二人もそうだから、気にしないでね♪」
「は、はい……」
モデルの世界でも、翼くんは気を抜けないのね……だからウチに来た時は、大人びた雰囲気が抜けた感じになるのかも……
「で……」
男性はいきなり顔を近づけ、値踏みするようじぃ~っと私を見始めた。
「な、何ですか?」
「ちょっと!動かないで!」
「は、はいっ!」
若干後ろに身体を反らせながらも、言われたとおり動かずにいると、その男性は意外な指摘出しをしてくる。
「ねぇ、百合ちゃんだっけ?」
な、何で私の名前を?
「は、はい……」
「普段のお手入れは何してるのかしら?」
えっと……肌の手入れの事よね……
「……化粧水と乳液を……」
「それだけ?クリームは?」
「使っていません……」
男性は深い溜め息を吐いて、呆れたような目線を向けてくる。
「あのね、それで済むのはピチピチの10代だけよ。今日からちゃんと美容クリームを使いなさい。」
「でも……お金が」
「何を言っているのよ!今だってお肌が乾燥気味じゃない!」
ひ、豹変したっ!
「クレンジングは?」
「お化粧を落とす時は……」
「化粧しない時は?」
「使わないです……」
男性は険しい顔をしながら、ビシッ!と指を差してしくる!
「クレンジングは毛穴の奥の汚れまで綺麗にするものよ!普段から使わないで、ど~するのよっ!」
「す、すみませんっ!」
「そのうち毛穴が広がって、ブツブツババアになるわよ!今だって肌がくすんできているじゃない!」
「それは、歳のせい……」
「女はいくつになっても綺麗になれる動物よ!」
「そ、そうですね……」
「美は一日にして成らず!湯船に浸かりながらホットタオルを顔に乗せるだけでも違うの!今日から実践しなさい!」
「いえ……アパートはシャワーしか無くて……」
「もうっ!そうやって手抜きの言い訳ばかりしていると、つ~ちゃんに捨てられるわよっ!」
す、捨てられるって……付き合ってる訳では無いし……
「あの……何か誤解が……」
「問答無用!せっかくの良い素材を殺してどうするのよっ!」
「す、すみませんっ!」
こうして翼くんの撮影が終わるまで、スタジオの片隅で、不思議な男性の美容講座を受け続ける羽目になった……




