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第17話

 翌日は図書館へ出掛けた。お金は無いけど、気分転換するには、ぴったりの場所だ。


「気分転換するなんて、何年ぶりかな……」


少しだけ前向きになった心境の変化に、自分でも驚いている。


きっと、これも翼くんのおかげかな……


図書館へ着いてどの本を読むか悩んでいる時、昔よく読んでいた本が目についた。英語で書かれたシェークスピアの作品集だ。


懐かしい……大学の図書館で、龍二と取り合いになったわね……それが付き合うきっかけ……


懐かしさも手伝って、その本を手に取り席へ座った。だけど、読み進めていくうちに、分からない単語がちょこちょこと出てくる。


「う~ん……流石に7年も英語に触れていないと、かなり忘れているわね……スマホで調べれるかな……」


何気無くスマホを手に取った時、ふと翼くんの顔が頭に浮かんできた。


「翼くん……」


一回りも年下なのに、私よりもしっかりしているし、人への気遣いが長けてる……時々小悪魔だけど……


そんな事を考えている時、翼くんから着信が入った。いそいそと廊下へ出て、通話ボタンをタップする。


「もしもし。」

──「百合ちゃん?今、何してた?」


翼くんの事を考えていたなんて言えない……


「い、今は区立図書館にいるの。」

──「図書館かぁ。まだ暫くいるんなら、俺も行っていい?俺の出番が明日に変更されたから、今日は暇なんだ♪」

「うん……わかったわ。待ってるね。」

──「また後でね~♪」


ピッ……

通話を切って、席へ戻る。


翼くん、来てくれるんだ……って、単語を調べるんだった!


一人あたふたしながら、辞書アプリを開いた。




 それから一時間程経った頃だ。


「【恋の始まりは、晴れたり曇ったりの4月のようだ。】」


シェークスピアの名言が聞こえ、それと同時に翼くんが向かい側へ座ってきた。


「翼くんも、シェークスピアを読むの?」

「うん。でも、百合ちゃんみたいに英語じゃ無いけどね。学生の頃は、日本語版を読んでたよ。」

「私も学生の頃、龍二とよく読んでいたわ。」

「そうなんだ。リュウジって人とは、同じ大学だったの?」

「うん。同じ英文科の先輩だったよ。二人ともイギリス文学を専攻していたの。まぁ、龍二はビートルズ好きの不純な動機で専攻したって言ったけどね。」

「百合ちゃんは何で専攻したの?」

「ロンドンの街並みに憧れてね。コーヒー党なのに、当時は朝から紅茶とクッキーを口にしていたわ。今思えば背伸びしたかっただけね。」

「ぷぷっ!百合ちゃん、可愛い~♪」

「か、可愛いって……」


ホント、翼くんはストレートに褒めてくれるな……小悪魔健在……


「俺も何か持ってくるよ。」

「うん。」


暫くして、シェークスピア作品集の日本語版を持った翼くんが、戻ってきた。


「俺が図書館にいると、いつもシュウが邪魔しにきてたんだ。今日は百合ちゃんと二人だし、ゆっくり読めそうだよ。」

「シュウくんって、前に駅前で会ったお友達?」

「そそ!友達っていうか、くされ縁かな。幼稚園からの一貫校だからくされ縁は沢山いるけど、アイツ、経済学部のくせに、いつも俺がいる文学部に潜り込んできてたんだ。」

「本当に仲がいいのね。」

「仲がいいというか、セレブ学校の中で俺とシュウは異色だったしね。同級生の中には、浦和グループの御曹司とか、華道の家元の娘とかいたよ。」

「す、凄っ!」


浦和グループって、私が働いていたロイヤルインフィニティホテルも、確かそうだったような……


「俺、本当は物書きがしたかったんだ。」

「そうなの?」

「でも父親に、物書きも俳優も想像力が大事だから、俳優の素質があるって言われて、父親の事務所に入ったんだ。」

「えっ?もしかして、この前言ってた事務所の社長って……」

「うん、父親の事だよ。」


以前、翼くんの家にもお手伝いさんがいるって言ってたし、充分セレブだと思うけど……一体どんな学校なんだろう……


「まぁ、俺は愛人の子だし、学費以外は普通の学生だったよ。大学の頃はモデルでアルバイトして、小遣いもアルバイト代だけだしね。」

「えっ?!」


愛人……の子供……?


「ん?どうしたの?」

「い、いえ……変な事聞いてごめんね……」

「気にしなくていいよ。俺が話したんだし。前に母親が病気で亡くなったって言ったよね?その後で親父に引き取られたんだ。まぁ、本妻家族や対外的な事もあって知り合いの子供って事にしてたけど、何処からかバレてたしね。」

「そ、そう……」

「で、ちょっとやんちゃしてた時にシュウと連るんでたんだ。アイツの家も色々な噂が流れてたから、良家のご子息は近寄らなかったしね。」

「そっか……」


翼くんは、気を遣う事に長けているのではなくて、人の気持ちに敏感なのね……きっと、私が思う以上に苦労してるのかも……


「だから父親には拾って貰った恩があって、物書きを諦めたってところかな。」

「そうなのね……でも、翼くんの書いたもの、読んでみたいな……」

「……」


あれ?翼くんが黙り込んでる……


「ご、ごめん……おかしな事、言ったかな……」

「ううん!俺が書いたモノを読みたいって言われたのが初めてだったからさ!何だか嬉しいなぁって思って♪」

「そう?」

「機会があれば、百合ちゃんに読んで貰おうかな~♪」

「うん、楽しみにしてるね。」


それからは、二人で黙って本を読んだ。

龍二との思い出が、翼くんの思い出に替わっていく……でも、不思議と嫌な気がしなかった。


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