第14話
「お先に失礼します。」
「森崎さん、お疲れ様!」
翌日、バイトが終り、オーナーに挨拶をして店の裏口から外へ出る。翼くんからは『10分くらい遅れそうだから、裏口で待ってて♪』と、メールが入っていた。
「ふぅ……」
建物の隙間に入り、一息つく。
今日はパスタが食べたいって言ってたわね……生のたらこを買ってたらこパスタにするか、ミートソースにするか、クリーム系か……サラダもあった方がいいかしら……
頭の中でレシピを考えていると、ふわっと翼くんのコロンの香りがした。
「つば……」
顔を上げたところで、声が止まった。
「翼と待ち合わせなの?」
そこには、大名山へ買い物に行った帰りに出会った、翼くんの知り合いの女の子がいた。確か、リナって名前……
「翼の事、いい加減に諦めてくれない?」
「……私は別に……」
「私が本命の彼女なの。あんたみたいなオバサンを、翼が本気で相手にするとでも思ったの?」
親しげだと思っていたけど、彼女なのね……
「このコロン、いい匂いでしょ?翼から貰ったんだ~♪『お揃いだから、いつでも俺を感じて!』ってね!」
「そう……」
そこまでの仲なんだ……
「だから、アンタが邪魔なの!ウザいから消えて!二度と私の翼に近づかないで!」
「……」
返事が出来ずに黙り込んでいると、女の子はいきなり私の髪の毛を掴み、振り回してきた!
「聞いてんのかよ!くそババア!」
「痛いっ!離して!」
「二度と翼に会わないって言え!」
バタン!
「誰かいるのか?」
店を閉めただろうオーナーの声が聞こえたと同時に、女の子は私の髪の毛を掴んだまま投げ飛ばした!
ドンッ!
「痛っ……」
地面に突いた左手に痛みが走り、鞄が落ちる。その弾みで鞄からはみ出たスマホを思いっきり踏みつけて、女の子は走り去っていった。
「誰?って、森崎さん!何があったの?!」
驚いて駆けつけてくれたオーナーが、散乱した鞄の中身を拾ってくれた。
「ちょっと転んでしまいまして……」
「でも、今、女の子が逃げていったよね?」
ここで女の子の話を出して警察沙汰になったら、翼くんに迷惑がかかる可能性が……
「……つまづいただけです。」
「森崎さんがそう言うならいいけど、立てる?」
オーナーが差し出してくれた手を握ろうとした瞬間、左手首に激痛が走る。
「……っ!」
「森崎さん、怪我してるでしょ?」
「……大した事はありません。」
「駄目、駄目!何処か骨が折れてたら大変だよ!俺、車で来てるから、夜間病院へ連れて行ってあげるよ。」
「でも……」
「ほら、行こう!」
「すみません……」
オーナーに促されて車に乗り込み、病院へと向かった。
「手首の捻挫ですね。骨に異常は見当たりません。」
夜間救急病院でレントゲンを撮られ、医師から症状を説明して貰う。
「捻挫は癖になりやすいですから、くれぐれも安静にして下さい。」
「どのくらいですか?」
「一週間は無理をしないで下さい。」
「わかりました……」
手首を包帯でぐるぐる巻きにされて診察室を出ると、スマホをすぐに取り出した。だけど、画面には蜘蛛の巣のようなヒビが入り、まったく起動しない。
連絡無しで、翼くん心配してるかも……
「見事なスマホになったね。」
私の手元を覗いたオーナーは、苦笑いだ。
「ですね……」
「一週間は休みでいいから。」
「ご迷惑をおかけします。」
オーナーに向かって、深々と頭を下げる。
「その代わり安静にして、確実に治してね。」
「はい……」
一週間休みって事は、単純に考えてもバイト代は4分の3に減額……スマホも買い替えないと……
手首よりも懐が痛いかも……
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《翼目線》
電車に乗って渋沢駅へ向かう途中、シュウから電話が入った。駅に着いて、歩きながらシュウにかけ直す。
「シュウ、どした?」
──「翼、お前、リナと連絡取ってるか?」
「いいや、あの子には連絡先教えて無いし。」
──「そっか……直接連絡を取って無いのか……」
「それがどうかしたか?」
──「前に、翼の付けてるコロンを教えて欲しいって言われたんだけど、お前の誕生日が近いから、プレゼントにするんだと思ってさ。でも、俺に預ける素振りも無いから直接連絡を取ってるのかと思ってな。」
「んな訳無いだろ。」
──「だよな。彼女出来たんだもんな♪」
「まあな。今日も手料理だぜ!いいだろ?」
──「お前からノロケを聞く日が来るとは思わなかったよ。まぁ、女に溺れるのもいいけど、たまにはクラブに顔を出せよ。」
「わかったよ。じゃぁな。」
通話を切って、スマホを鞄の中へ放り投げる。
今は、クラブよりも百合ちゃんの手料理だって♪
それから足早にパン屋の裏口へ向かう。だけど、百合ちゃんの姿は見えなかった。
「先にスーパーへ行ったかな……」
鞄の中へ放り投げたスマホをまた取り出して、百合ちゃんに電話をかけてみる。
──「おかけになった電話番号は、現在電波の届かない……」
百合ちゃんのスマホからの返答は、お決まりのアナウンスだった。
……何で?
嫌な予感がして、急いでスーパーへ向かう。そこにも百合ちゃんの姿は無い。アパートへ行っても、誰も出てこない。
「百合ちゃん……電話に出てよ……」
最近避けられていたような気がする……でも、わざわざドラマの感想を言ってくれたし、約束は破らないよな……
言い知れない不安が広がっていった……
すれ違いを避ける為に、アパートの階段に座って落ち着かない時間を過ごしていると、一台の車がアパート前に停まった。
『送って頂いて、すみませんでした。』
えっ?
聞き覚えのある声に、思わず立ち上がって車に目を向ける……そこには知らない男の車から降りてくる百合ちゃんの姿が……
『いいって。ゆっくり休んでね。』
『はい、ありがとうございます。』
『じゃぁ、おやすみ。』
……嘘だろ?
ショックのあまり、その場に立ち尽くした……