第12話
翼くんが手当てをしてくれている時だった。
「よう、翼じゃん。そんなところで何してんだ?」
数人の若い子達が翼くんに気付いて、近寄ってくる。話しかけてきたのは、若い子達の中心にいる翼くんと同じくらいの年齢だろう男の子だ。翼くんは立ちあがって、笑みを浮かべている。
「シュウじゃん!彼女が足を痛めちゃってな!」
「……彼女?」
シュウと呼ばれた男の子は、少し驚いたように私の顔を見始めた。
「へぇ~……翼がそんな言葉を使うようになるとはねぇ……」
「何か意味深な言い方だな。シュウも早く特定の彼女作れよ。」
シュウという男の子は、にこやかに私に挨拶を始める。
「お姉さん、こんにちわ♪」
「……こんにちわ。」
軽く会釈をすると、同じグループの中にいた女の子から鋭い視線を向けられた。
「何だ……ババアじゃん……絶対違うって。」
ボソッとその女の子が呟いた言葉に、現実に戻された……
そうよね……翼くんと一緒にいる時間にほっこりとしていたけど、第三者からすればこんなおばさんと一緒にいる事が不自然よね……どう見ても年の離れた姉弟……
女の子の一人が、すかさず翼くんの腕に手を絡ませてくる。
「翼!最近全然会えなかったから、リナ、寂しかったよ~!今から遊びに行こうよ♪」
「シュウに遊んで貰えよ……」
「翼じゃないと嫌だぁ~!子供じゃぁ無いんだし、一人で帰れるよね?オバサン♪」
女の子は挑戦的な目線を私に向けてくる。
……翼くんも私に構ってばかりでなく、同じ年頃の子と関わるのも、大事よね……みんなも翼くんと遊びたいだろうし、これ以上私に付き合わせるのは申し訳無いかも……
呼び捨てするくらいだから、きっと親しいんだろうな……
「……翼くん、もう歩けるから大丈夫よ。お友達と遊んでおいで。」
シュウくんと話していた翼くんが、驚いたように私へ振り返った。
「ゆ、百合ちゃん……何で……」
「えっと……久しぶりにお友達と遊びたいかと……」
「……」
あれ……空気が固まった……
固まる空気とは別に、翼くんの腕に手を絡ませている女の子は、満足そうだ。
「オバサンもそう言ってるし、行こうよ♪それとも、二人きりがいい?」
翼くんは、甘えるように上目使いで見る女の子の腕を、バッ!と乱暴に振りほどき、私の足元にしゃがんで靴を履かせてくれた。
「……百合ちゃん、行こう。」
「でも……」
「いいから!」
それからエスコートするように腕を突き出してきた。
「……俺の腕に掴まって。」
有無も言えない雰囲気に、おずおずと手を絡ませる。
「行こっか……」
「うん……」
翼くんは友達に何も言わず、そのまま歩き出してしまった。
何か気に障る事を言っちゃったかな……
アパートまでの道のりを歩く間、翼くんは無言のままだ。沈黙に耐えきれず、思いきって話しかけてみる。
「あの……」
「何?」
「何か怒ってる?」
「……怒ってるよ。」
やっぱり……でも何で……
「俺を……足を痛めてる百合ちゃんを置いて遊びに行くような、薄情な人間だと思ってた?」
「ち、違う!そんな事思ってないよ!」
「じゃぁ何であんな事言ったの?」
「それは……」
翼くんにとっては、そう聞こえちゃったんだ……
謝ろうとした時、翼くんから先に謝られた。
「ごめん……」
えっ?何で翼くんが謝るの?
「百合ちゃんにとって、俺は頼りないんだってわかってる……」
「そ、そんな事はないよ!」
「もっと甘えて貰えるよう頑張るから……」
そう言って、翼くんは再び黙り込んでしまった。
翼くん……何だか無理しているように感じる……無理して私に合わせようとしているような……
そんなに気を遣わせたい訳じゃ無い……
「翼くん……無理して私に合わせようとしないで……」
「別に、無理なんかしてない!」
「翼くんが頼りないなんて、思った事は無いから。色々と気を遣って貰えて嬉しいよ。ただ……」
「ただ?」
「私が、甘えるって言われてもわからないだけだから……」
「……」
そう……甘えるってよくわからない……気を遣って貰う事に慣れてないから……
「百合ちゃん……元旦那に甘える事ってしなかったの?」
「うん……」
「リュウジって人は?」
「龍二は……甘えるというより、友達みたいな感じかな……持ちつ持たれつっていうか……」
「持ちつ持たれつか……」
翼くんは呟いた後、考え込んでしまい、そのままアパートへ着いてしまった。
「……送ってくれてありがとう。」
「今日はゆっくり休んでね。って、そうだ!」
翼くんは何かを思い出すように、ゴソゴソと鞄を漁り、一つの箱を取り出している。見ると、今日一緒に行った雑貨店の包装紙だ。
「はい、これ。」
「何?」
「百合ちゃんにプレゼント。」
「でも……」
「プレゼントって言っても、俺も使うものだから。」
「……ありがとう。」
素直に受け取ると、翼くんは軽く手を挙げて帰っていった。
部屋へ入り、貰った箱を開けてみる。出てきたのは、ペアのマグカップだった。カップをくっつけると、男の人と女の人がキスをしているような模様になる。
「もしかしてこの前、ガラスコップでコーヒーを出したから……」
もしかして翼くんは、気を遣っているのではなくて、それが当たり前なのかも……だから私なんかにも優しくしてくれるのね……
お礼を言う為、スマホを取り出した。
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《翼目線》
百合ちゃんをアパートへ送った帰り道、溜め息をつきながらトボトボと歩いた。
百合ちゃんが言った事には、思い当たる節がある。確かに、百合ちゃんに気を遣っていた自覚はあるからだ。しかもそれが更に気を遣わせてしまうなんて……
「はぁ……更に子供っぼいって思われたかな……うまくいかないなぁ……」
それにしても、甘える事が分からないなんて……
「……」
まぁ確かに、年下には甘え難いかもしれないけど、関係なく思って欲しいって無理なのかなぁ……
「持ちつ持たれつか……」
そっか!持ちつ持たれつだ!
何だかその言葉が、ストンと胸に落ちてきた。
無理に頼って貰おうとか、甘えて欲しいとか、思わなくていいんだ!たぶん百合ちゃんは、お互いが気を遣わない関係の方が楽チンなんだ♪
そう思うと、何だか気分が楽になった気がした。