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第11話

 「つ、翼くん!」


翼くんは私の呼び掛けにも無視して、足早に歩いていく。駅からかなり離れたところで、やっと足を止めて振り向いた。


「怖い思いをさせちゃってごめんね……撮影スタジオから直接待ち合わせに行く予定だったんだけど、服にコーヒー溢しちゃって、一旦着替えに帰ったんだ……」

「別に遅刻してないし、気にしないで。」

「すっごく気にする!こんな可愛い百合ちゃんを駅前に立たせた事が間違いだったよ!今度からはちゃんとアパートまでお迎えに行くから!」


か、可愛いって……一回りも下の男の子に、可愛いって言われた……

嬉しいけど、ちょっと複雑……って、小悪魔だったわね……


「それより百合ちゃん、いつもと格好が違うね♪」

「う、うん……いつもは仕事しやすいように、パーカーだから……」


デニムパンツは変わらないけど……


「トレンチコート着るだけで、いつもより大人っぽいし、そのサーモンピンクのパンプスも、よく肌色に馴染んでるよ♪ちょっとラメが入ってるのが今年のトレンド押さえてるって感じだし!あと、ロールアップも春っぽくていいよ♪」

「あ、ありがとう……」


さ、流石はモデル……私より女性モノに詳しそう……


「じゃぁ行こうか♪」


翼くんは手を繋いだまま、再び歩き出してしまった。


「何処へ行くの?」

「大名山に、輸入家具のいい店があるんだ♪」


大名山って、お洒落な雑貨店とかセレクトショップが多い町よね?


「そんないいモノじゃなくて、量販店で充分だよ。」

「大丈夫!大丈夫!気にしないで♪」

「気にするって!」

「じゃぁ、取りあえずどんなのがあるか、見に行こうよ!見るだけならタダだしさっ♪」

「ま、まぁ……見るだけなら……」


それよりも、繋がれている手は……


「……翼くん?」

「なぁに♪」

「そ、その……さっきも思ったけど、ここは外よね……」

「だね♪」

「ホラ、一応有名人だし、あまり目立つ事はしない方が……」

「目立つ事って?」

「ん……駅前で抱きついてキスするとか、手を繋いで歩くとか……」

「百合ちゃん気にし過ぎだって!堂々としてる方が、気付かれにくいもんだよ~♪」

「そ、そう?」


いえ……さっきから通りすがりの人達が、チラチラこっちを見ているのですが……


「それに、ウチの事務所は恋愛禁止じゃぁ無いからね!みんな気にしないでデートしてるよ♪」

「そ、そうなのね……」


やっぱりこれはデート?ただの買い物よね……


そんな事を思っていると、ピタッと翼くんが立ち止まった。


「ごめん!ごめん!デートなのにうっかりしてた♪」


そう言って握っていた手を一旦離し、今度は指と指を絡ませてくる!


こ、これは俗に言う恋人繋ぎ?!更に状況が悪化したっ!小悪魔過ぎっ!


「これで大丈夫♪で、どんなテーブルにする?」

「……布団を敷くスペースを考えると、小さめがいいかな?部屋が狭いし、足が折り畳めるものがベストかも。」

「気に入るのがあるといいね♪」


翼くんは繋いだ手を気にする事なく、満面の笑みを浮かべている。


駄目だ……何を言っても悪化しそう……黙って小悪魔ワンコに従っておこう……


諦めて、そのまま歩き出しだ。




 「着いたよ♪」


そう言って連れて来られたのは、ポップカラーの家具が賑やかなお店だった。

デザインも個性的なものが多くて、折り畳めるテーブルも沢山ある。


「ここならどう?デザイナーズ家具の店なんだ!」

「そうね。条件に合うものがありそうよ。」

「良かった~♪じゃぁ一緒に選ぼう!」


翼くんは何故か私よりも張り切って、テーブルを探し始めている。


やっぱりワンコ……楽しそうに、尻尾をフリフリしているように見える……


「見てみて!瓢箪型があるよ~♪これなら二人で並んで食べれるよ!」

「そ、そうだね……個性的だね……」


はしゃぐ翼くんの後ろをついて行きながら店内を見渡すと、一つのテーブルに目が止まった。

黄色の卵型で、丸みを帯びたフォルムが可愛らしいデザインだ。


って、値段、値段……あまり高いものは申し訳無いし……


値札をチェックしようとすると、フッ!と視界が暗くなった。


「ダメっ!百合ちゃんは、値段を気にしなくていいの!」

「つ、翼くん!目隠ししなくても……」

「これ気に入ったの?」

「うん……まぁ……って、目隠し取ってよ!」


翼くんは後ろから抱きつくように目隠しをしてきている。


「値段見ないって約束する?しないなら、ここでキスしちゃうよ~♪」

「し、します!します!約束しますっ!」

「な~んだ!残念♪んじゃ、これに決定ね!」


コクコク……黙って頷く。


デザイナーズ家具だし、逆に値段は聞かない方がいいかな……聞いたら倒れそう……




 配送を明日の朝イチでお願いし、大名山をぶらっと散歩する。途中、翼くんの買い物を済ませて渋沢駅まで帰ってきたところで、足に痛みを覚えた。


「ねぇ、百合ちゃん?」

「……」


慣れない靴で歩きまわったから、靴ずれしちゃったかも……でも、もう少しだし我慢できるかな……


「百合ちゃん?」


翼くんに顔を覗き込まれ、ハッ!と我に返る。


「な、何?」

「……」


無言で、じぃ~っと私の顔を見ていた翼くんは、いきなり私を横抱きにしてきた!


「きゃっ!ちょ、ちょっと!下ろしてよ!」

「いいから、じっとしてて!」


そう言って近くの建物の階段まで私を運び、そこへそっと下す。


「ここで待ってて……」

「どうかしたの?」

「いいから、動かない!」

「わ、わかった……」


一体、何事……?


訳もわからずそのまま待っていると、すぐに翼くんが戻ってきて、鞄の中から絆創膏の箱を取り出した。


「どっちの足?」

「何が?」

「痛めてる方……」


えっ?足を引きずっていなかったのに、何故わかったの……?


観念して左足のパンプスを脱いだ。傷を確認した翼くんは、ちょっと顔をしかめて箱の中から絆創膏を一枚取り出している。


「……何でわかったの?」

「百合ちゃんの歩くスピードが少し遅くなったから……」


それだけの事で、察知してくれたの?


「ごめんね……」

「何で翼くんが謝るの?」

「だってその靴、新しいでしょ?俺がデートって言ったから……履き慣れない靴なのに、百合ちゃんとデートできるのが嬉しくて、連れまわしちゃったね……」


たぶん我慢できる程度だから、大した靴ずれでは無い筈……それでも気に病んで、わざわざ絆創膏を買いに行ってくれたのね……


「……翼くんは、何でそんなに優しくしてくれるの?」

「そう思うのは、百合ちゃんが俺に優しいからだよ。」

「私は特に何も……」

「百合ちゃんは俺が落ち込んでる時に、抱き締めて慰めてくれたでしょ?百合ちゃんに得する事なんて何も無いのに……」

「……」

「だから、百合ちゃんに優しくしたいって思うんだ……」


それは、翼くんが私に優しくしてくれたから……それこそ得する事なんて何も無いのに、膝枕で寝かせてくれて……


縛り付けられていた心が、少しずつ解き放たれていく気がした。


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