第10話
翼くんが帰る時間になり、約束どおり連絡先を交換した。
「百合ちゃん、またご飯食べさせてね♪」
「うん、いいよ。」
「やったぁ~♪」
いきなり翼くんの顔が近付いてきた!
チュッ♪
えっ?と思う間も無く、額に柔らかい感触が落とされる!
「い、今のって……」
「今のは、美味しかった♪ご馳走さま!のキス♪」
「そ、そう……」
翼くんって、かなりの小悪魔……
「あれ?もしかして百合ちゃん、照れちゃった?」
「て、照れて無いわよ!年上をからかうんじゃありません!」
「ぷぷっ!そ~ゆ~事にしとくよ♪ってか、出会いから濃いキスしてんのに、今更っしょ!」
「ま、まぁ……それは……」
「んじゃ、終電無くなるから、そろそろ帰るね!おやすみ~♪」
「おやすみ……」
パタン……
ドアが閉まると同時に、部屋が静寂に包まれた。
私って一人っ子だけど、弟がいたらこんな感じなのかな……
でも、弟なら口移しでお酒飲ませたりしないわよね……
「ちょっとやり過ぎた……」
一人残された部屋で、プチ反省会を開催……
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《翼目線》
頼り甲斐がある男どころか、小悪魔ワンコ認定されちゃった……
でも、俺の頭を撫でてくれる百合ちゃんの手、温かかったな……
「百合ちゃん……反則だって……」
嬉し過ぎて、キスまでしちゃったし♪
額だけど……
「……」
ヤベッ!俺、今、絶対に顔が赤い!ってか、そんな事よりも百合ちゃんだ!
小学生の頃、お手伝いの増岡さんに『部屋は心を写し出すものよ。だから、自分の部屋はちゃんと片付けて、綺麗にしておきなさい。そうすれぱ、心も綺麗になるわ。』って言われた事を思い出す。
もしそれが本当の事なら、今、百合ちゃんの心の中は空っぽに近いって事だ。
「……そんなに離婚したのが、ショックだったのかなぁ……」
リュウジっていう元カレの話はするけど、元旦那の話はまったくしないし……まだ元旦那を愛してるとか……
「ええいっ!もう離婚してるんだ!弱気になってどうする!」
まだ離婚の傷が癒えて無いなら、俺が癒せばいい!心が空っぽなら、俺で満たせばいい!
「よし!頑張るぞ~♪」
改めて気合いを入れた。
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《百合子目線》
「本当に申し訳無いよ……」
──「いいって!俺が壊したんだし、ちゃんと弁償させて!」
「でも、ただの段ボールよ?代わりの箱で充分だから。」
──「だってまたご飯食べに行きたいし、その度に壊すかもってドキドキしながら食べるのも変じゃん!」
「それはそうだけど……」
──「んじゃ決定!デートっぽく、渋沢駅前で待ち合わせしよ~ね♪」
「で、デート?!」
──「モチロンじゃん!楽しみにしてるね~♪」
ピッ……
翼くんとの通話を切った後から、私の苦悩が始まった。ちゃぶ台代わりの段ボールを壊したお詫びにと、バイトが休みの明後日に、テーブルを買う申し出を受けてしまった……
ど~しよ~!渋沢駅前って言えば、全国的にも有名な若者文化の聖地じゃない!私ってば、デニムパンツとスニーカーしか持ってきて無いっ!
実家に多少の服は置いてあるけど、父と顔を合わせたく無い……
人とあまり関わる事が無いと思い、アパートには普段着しか持ってきていないのが仇になってしまった。
改めて服を見繕う為に、クローゼット代わりの押し入れを開けてみる。
う~ん……明日のお昼休みに、買い物へ出ようかな……でも、翼くんに合わせて私が若い子の格好をしたら、見た目にもイタイだけよね……
何とか着れそうなのは、トレンチのスプリングコートくらいだ。これにデニムパンツを合わせるのが精一杯だけど、スニーカーは流石に無いだろう……
「って、テーブルを買うだけだってば!」
でも、翼くんはデートって言ってたし……
「……」
いやいや、小悪魔の戯言よね……
でも翼くん有名だし、出掛けるにしても変な格好で並んで歩いてたら、翼くんが恥をかくかも……
靴だけでも買っておこうかな……
「うぅ……正直、痛い出費かも……量販店のテーブルを自分で買った方が、安くつきそう……」
そんなこんなで、出掛ける日になった。翼くんが昼過ぎまで撮影があると言っていたので、待ち合わせは15時だ。待ち合わせで有名な渋沢駅前のスフィンクス像がある出入口付近へ、やってきた。
「早く着き過ぎた……」
駅前を行き交う人達を眺めながら、暇を潰す。スーツを着こなした人は足早に歩き、若い子達は誰かと待ち合わせなのか、スフィンクス像の前でたむろしている。
はぁ……若いっていいな……大胆に足を出せるって、若い子の特権……寒さも感じないわよね……羨ましい……
靴は、春らしくサーモンピンクのパンプスにした。店員さんのアドバイスで、デニムパンツはロールアップをしている。これが、足を出せる精一杯だ。
翼くん、まだかな……
時計を見ると、丁度15時を指している。視線を足元に落とした時、ふと、人影が近付いてきた。顔を上げると、知らないチャラそうな男の子が二人……
「お?結構イケんじゃね?」
「ビンゴじゃん♪」
な、何?人の顔をジロジロ眺めて……
人を見定めるようになめ回すいやらしい視線に、居心地の悪さを覚える。
「おネエさん、待ち合わせ?ナンパ待ち?」
ナンパ待ちな訳無いじゃない……ここは無視するのが一番ね……
「さっきからずっといるし、暇っしょ♪オレらとどっか行かね?」
視線から顔を背けるよう、再び俯く。
「おネエさん、無視?オレの繊細なガラスのハートが傷付いちゃったんだけど!」
「マジヤベぇじゃん!慰謝料モノじゃん♪」
「って事で、おネエさん、行こっか♪」
ガシッ!
二人に両腕を掴まれた!
「ちょっと!離してよ!」
「嫌~だね♪」
「離したらおネエさん慰謝料払ってくれないっしょ?」
「何を言って……」
その時、ふわっと温もりに包まれた。
この香り……翼くんがいつもつけているコロンだ……
「お待たせ!」
翼くんの声が聞こえたと同時に、チャラい二人の男の子が凄んでくる。
「オレらが先約なんだけど!」
「ジャマすんな!」
二人の凄みに翼くんは動じるどころか、チュッ♪と私の頬にリップノイズを立てた!
えっ?えっ?ここ、外だって!
「俺の彼女に何か用?」
か、彼女って?!
「あれ?コイツ、どっかで見たような……」
二人の男の子が何かを思い出す前に、翼くんはサッ!と私の手を握って、歩き出した。