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第1話

 【誠の恋をするものは、みな一目で恋をする。─ シェークスピア】



最初は憧れにも似た感覚だったかのもしれない。だけど、たぶん俺は、一目で恋をしたのだと思う。百合ちゃんと出会ったその日から……



  ・

  ・

  ・

《百合子目線》



 とある地方都市のクラブ。クラブとは言っても、オールディーズが流れるバブル末期の頃に開店したパブに少しだけ踊れるスペースがあるだけの店だ。


ユーロビートに合わせてお立ち台で決まった振りを踊るワンレンボディコン軍団から一線を引いた、デニムにTシャツでラフに踊る若者や在日外国人に人気があったらしい。


昔、龍二と朝まで踊り明かしていたオールディーズライブハウスに似ていて、夫が泊付出張の時に通っていた。


「また機会があれば、いらして下さい。」


カウンターにいたビートルズファンのマスターが、少しだけ寂しそうに話しかけてきた。

私は40歳目前にもなって夫から浮気相手に子供が出来たと離婚を切り出され、近々実家へ戻る事になっている。


「この近くに立ち寄る事があれば、顔を出させて頂きますね。」


次の機会なんて、二度と無い……分かっている……


曖昧に返してグラスのお酒を煽った。


「同じもの、フォアローゼスの黒にしますか?」


空になった私のグラスを見て、マスターがおかわりを勧めてくる。


「ハーフロックで、お願いします。」


マスターがバックヤードに行ったかと思うと、1本のボトルを手に持って戻ってきた。


「次の時にお勧めしようかと思っていたのですが、今日が最後だとお聞きしましたので……」


マスターが持ってきたボトルを、静かにカウンターへ置く。


「あっ……フォアローゼスのプラチナ……」

「是非こちらを私に奢らせて頂けませんか?」


私の事情は話していないけど、結婚指輪を外した左手を見て、何かを悟ったのかもしれない。それでもいつもと変わらないマスターの気遣いに、この店に来られない寂しさが胸に広がる。


「では、遠慮なく……」

「かしこまりました。」


マスターは、手慣れた手つきで大きな丸い氷をグラスに入れ、ボトルのバーボンを注いでいく。

コースターの上にグラスが置かれた時、店の入り口から賑やかな声が聞こえてきた。


  『へぇ~、地方のわりにいい店があるじゃん!』

  『だろ?去年のイベントの時に来て、気に入っちゃってさ!』

  『踊れるみたいよ~!翼、後で踊ろうよ♪』

  『いいよ。』

  『ずる~い!私も♪』


何気無く賑やかな声へ目を向けると、数人の若い男女グループが店に入ってくるのが見えた。一際背の高い男の子は、両脇に女の子を侍らせている。


えっ?!


ガタッ!


背の高い男の子の顔を見た瞬間、釘付けになり、思わず立ち上がってしまった!


少しだけ目尻が下がった大きな目……人懐っこい笑顔……龍二そっくり……


「りゅう……じ……」


そのまま固まっていると、ふと、背の高い男の子と目が合った。


「お姉さん、どうかした?」


不思議そうな顔を向ける男の子に、ハッと我に返る。


「な、何でもない……人違いだったわ……」


慌てて目を反らし、グラスに口をつけた。


龍二がいる訳無いじゃない……もう、二度と会えないんだから……



  ・

  ・

  ・

《翼目線》



 ボックス席に座り、何気無くカウンターへ目を向けた。さっき俺の顔を見て、驚いたような表情をしていたお姉さんが一人で座っている。


モデルをしていれば、多少なりとも話し掛けられる事もある。だけど、さっきの反応は違う。


「ねぇ、翼はさっきから何であのオバサンを見てるの?」


俺の隣に座ったモデル仲間の女の子が話し掛けてきた。


「ん?何だか俺の顔に見覚えがあるみたいだったからさ。」

「そりゃそうでしょ♪モデルもやって、俳優もしてるんだしっ!」

「俳優は、深夜ドラマのチョイ役しか出てないけどな。」

「見たよ見たよ!凄いじゃん♪」

「ん……ありがと。」


深夜ドラマを見ていれば、凄いなんて言葉は出ね~よな。死体役だったし……こいつも適当な事しか言わね~な……


俺の腕に手を絡ませているモデル仲間の女の子を、内心鬱陶しく思いながら、再びカウンターへ目を向けた。

お姉さんは誰も寄せ付けないかのように、クールなオーラを出している。


ああいうタイプって、自尊心を擽ると意外に脆いんだよね~。腕の中でどう乱れてくれるのか、見てみたいかも……


いつもなら何て事の無い出逢いでそのままバーの一風景としか考えないけど、何故かお姉さんの事だけは気になって、気付けばお姉さんの横の席に座っていた。


「お姉さん、一人?」

「……」


お姉さんは俺を見向きもしないで、丸く大きな氷が入ったグラスを傾けている。


「さっきはあんなに熱い視線で俺を見てくれたのにな~。」

「……人違いだったって、言ったわよね。」


相変わらず俺を見てくれないけど、返事をしてくれた事に、突破口を見つけた気がした。


「ねぇ、人と話す時は相手を見ろって言われなかった?」

「……あなたに興味ないから。」

「俺、リュウジって人に似てる?」

「……」

「さっき名前を呟いてたよね?」

「……」


う~ん……中々こっちを向いてくれないな……よしっ!ちょっと強引な手を使うか!


「こっち向いてくれないと、キスしちゃうよ?」

「……」


予想どおりこっちを向かないな……では、キスしてもいいって許可が出たという事で♪


チュッ♪

お姉さんの顔を覗き込み、軽く掠めるだけのキスをする。すると、ガバッ!と身体を仰け反らして、お姉さんが俺の顔をやっと見てくれた。


うわっ!改めて見ると、結構美人かも♪


脆く崩れそうな影を帯びた雰囲気が、綺麗さをより際立てている大人の女性だ。


「あっ、ごめんごめん!ちょっと味見したくなっちゃって!」

「……そんなに味見したいの?」

「ご理解が早い事で♪」


おっ?これは早々にホテル行き決定か?


期待を込めて、お姉さんに作り笑顔を向ける。


「そんなに味見がしたいなら……」

「……えっ?」


お姉さんはグイッとグラスのお酒を飲み干し、いきなり胸ぐらを掴んできた!


ヤバい!調子に乗り過ぎた!殴られる!


咄嗟に身体に力を入れると、胸ぐらをグッ!と引っ張られてお姉さんの顔が近付く!

お姉さんの唇が俺の唇に触れた瞬間、口の中にコク深いバーボンが一気に広がっていった!


「んっ!!」


ゴクッ!


冷たい筈のバーボンが、喉元を通る時には焼けるような熱さに感じる……

口の中が空っぽになると、そっと唇が離れていった。ゆっくり目を開けると、お姉さんの顔が間近に見える。


「味見は気に入った?」


お姉さんはそう言うと、胸ぐらを掴んでいた手を離し、長い髪をなびかせて俺の横をすり抜けていった。


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