【7】純白の百合(前編)
サンリゼ市やヴワル市での事件から数日後、ライガはオリエント連邦南部のスプリングフィールド市を訪れていた。
スプリングフィールドはかつての隕石災害の跡地とされている「リペリング・クレーター(リペリング盆地)」に築かれた南部最大の都市で、寒暖差が大きく降水量が少ないのが特徴である。
これまでの数日間で様々な出来事があった。
事件の直後には全世界の放送電波が同時に乗っ取られ、正体不明の人物による短時間の犯行声明が流された。
「たった今、私は忠実なる配下へオリエント連邦国内で破壊活動を行うよう命令した。サンリゼ市ではあくまでも陽動にとどめたが、ヴワル市における本格的な活動は世界中に衝撃を与えた。
驚いたことに私の行動を予見したかの如く迎撃態勢を整えていた組織もあったが、それは問題ではない。
破壊活動に従事した存在―彼女らは人工生命体『バイオロイド』。
従来とは一線を画す科学技術と医療技術が生み出した、『一部の人々』を代替し得る新人類のサンプル。
本来は世界規模での人口激減に対する切り札として私が研究を完成させ学会で発表したが、愚かにも日本や欧米の学者たちは『倫理基準』や『宗教観』などという理由だけで研究を否定したのだ。
遠くない未来に人類が危機を迎える以上、もはや感情論を挟む余裕など存在しない。
そもそも、ヒトが『神の手』ではなく原始の海を起源としていることは誰もが知る現実である。
―さて、本題に入る。
私の次の攻撃目標は2101年6月11日土曜日、日本の京都で行われる国際科学サミットだ。同サミットでは人工生命体の作成を禁止する忌まわしき法案について会議される。
会場周辺の一般市民やスタッフに危害を加えるつもりは無いので、その点は安心してほしい。
だが、サミットに参加する学者たちは一人たりとも京都から生きて帰れないと思え。我がバイオロイドが必ずや貴様らの首を討ち取り、その成果を全世界へ示すだろう。
もし、私の声明に不満を抱き、奮い立つ者がいるのなら受けて立とう。
原始的な肉弾戦や近代的な銃撃戦、メディアを通しての舌戦に軍隊を総動員しての戦争―どのような手段であっても私は勝利を収め、命乞いの暇などを与えずに処刑する。
それでも私を討ち取ろうとする勇者がいるのなら、何時でも挑戦するがいい。
もっとも、私を声だけでか弱い女だと判断した場合、大きな間違いだと知ることになるが。
願わくば、この声明を見聞きしている貴方が『一部の人々』にならないことを祈る」
この声明が発表されて以降、世間はテロ対策で大忙しとなっていた。
オリエント連邦では公共交通機関が運休となり、ライガは自宅のあるヴワルからスプリングフィールドまで車で数時間かけてやって来たのだ。
しかも、ハイウェイでは何回も警察の検問に引っ掛かり、結局スプリングフィールドへ到着したのは日没後のことであった。
本来なら日帰りで用事を済ませるつもりだったが、予定を変更し市内中心部のホテルで一泊してから改めて行動することにした。
いずれにしろ、この町で会う相手は一日ぐらい遅れても気にしない人間だから問題無い。
相手にその旨を電話で伝えた後、ライガは空いているホテルを探し車を走らせたのだった。
翌日、市内のランドマークとなっているフレンツェン広場時計台の下に一人の女性がいた。
スマートフォンを弄る彼女は美しい金髪に透き通った青い瞳という正統派故に目立つ容姿を持ち、美人揃いといわれるオリエントの中でも一際輝いている。
その名はリリー・ラヴェンツァリ。
若い頃、サブカルチャー界の本場とされる日本にて修行を積んだオリエント連邦屈指のイラストレーターとして知られている。
リリーとライガは互いの母親が親友同士だったため、幼少期にはスプリングフィールドやヴワルの豊かな自然の中で一緒に遊んだ幼馴染の間柄である。
小学校へ上がると住む場所が異なることから交流する機会は減ったが、今でも年に数回程度は連絡を取り合っているという。
「(しかし、女を待たせる男ってのも中々にアレだよねえ……ま、いいけどさ)」
楽観主義者的な側面を持つリリーは幼馴染の遅刻を全く気にしていない。
それよりも久々にライガと会えることに胸が躍っていた。
「(お、来た来た。サーバルキャットみたいな耳に水色の髪……やっぱりよく目立つなあ)」
地球人とフロリア星人の血が混じるライガにはフロリア星人の特徴である獣耳が存在する。
彼は普通の人間と同じような耳も持つが、本人曰く聞き取れる音域が異なるらしい。
また、人混みの中でも目立つ部位のため、集合する際の目印としても役立つ。
「すまん! 道が分からなくて遅れちまった!」
「大丈夫、リリーもさっき来たばかりだし。GPS頼りでもこの辺は走り辛いでしょ?」
スプリングフィールドに限らずオリエント連邦の都市は網の目状の道路を先に開通させた後、空き地を建物で埋めていくように発展しているため何かと迷いやすい。
「何回同じ曲がり角を走ったか忘れたぞ」
「それはともかく、直接会うってことは真面目な話なんでしょ?」
そう言いながらリリーは胸の下で腕を組む。
別に狙ってやったわけではないだろうが、その仕草によって彼女の豊満な胸が強調されることとなる。
幼い頃の姿しか覚えていないライガには十分すぎる刺激だったが、彼は色々と湧き上がるモノを我慢して話を続ける。
「ああ、だから近くの店にでも―」
次の瞬間、言葉を遮るように空から降り注いだ一条の光線が広場の時計台を貫いた。
突然の出来事に人々が驚く中、サンリゼでライガとレガリアを襲った例の所属不明機―バイオロイドが広場へと降り立つ。
「来やがったな、例の奴らめ!」
即座に危険だと判断したライガはリリーを庇うように前へ出る。
「あいつら……ニュースで言ってた連中だ!」
「リリー! 伏せろっ!!」
叫ぶと同時にライガがリリーを伏せさせると、すぐ近くをレーザーが掠めていく。
レーザーの熱と光が二人を襲ったが、出力が低かったためか大事には至らなかった。
だが、2射目は威嚇射撃では済まないだろう。
「クソっ、逃げるぞ! 絶対に手を離すな!」
「ええ!? ちょ、ちょっと待ってよ!」
状況を飲み込めていないリリーの腕を掴み、ライガは自分の車へ向かってひたすら走った。
幼い時に誓った「必ず君を守れる大人になる」という約束を果たすため……。
GPS
劇中で言うGPSとは所謂「カーナビ」のことも指す。