2101年12月25日
決戦を終えたスターライガの面々は帰るべき場所へ戻り、それぞれのクリスマスを過ごす。
「申し訳ありません、お嬢様。先の戦闘の怪我がまだ癒えないもので……」
大量のユーケディウムを相手取った戦いで搭乗機が中破し、自身も大怪我を負ったメイヤは右腕に巻かれた包帯を撫でる。
例年ならシャルラハロート邸のクリスマスパーティはメイヤの手料理が振る舞われるのだが、今年ばかりは彼女に無理をさせるワケにはいかず、ディナーの調理は他のメイドたちへ任せている。
身内のブランデルはもちろん、パーティへ招待したルミアやリゲルが料理に舌鼓を打っている中、主催者のレガリアはメイド秘書の部屋へ暖かいボルシチを届けに来ていた。
「気にしないで、今は身体をしっかり休ませないとね」
その時、トントンと静かにドアをノックする音が聞こえる。
「……? どなたでしょうか?」
「ルミアだよ。メイヤさん、部屋に入ってもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
返事を確認したルミアは軽く一礼しつつシンプルに纏められた部屋を進んで行く。
彼女の後ろからはブランデル、リゲル、ニブルスの3人がぞろぞろと付いてきた。
「私たちだけ愉しむワケにはいかないと思ってさ……グラス一杯ぐらいなら医者にも怒られないでしょ?」
「パーティはお開きだけど、僕たちはメイヤさんに付き合うよ」
「食べやすい料理と飲みやすいお酒を持って来ました。だから、二次会はメイヤさんも一緒にと思って……」
主が気に掛けてくれただけで嬉しかったのに、仲間たちの粋な計らいを受けたメイヤは思わず涙を流す。
「皆さん……! わざわざ私なんかの為に……ありがとうございます……!」
「へへッ、一緒に戦ってきた大切な仲間だからね。『祝勝会だけ外すのは可哀想だ』って言う意見で纏まっただけだよ」
そう言いながら白ワインをグラスへ注ぐと、それをルミアはメイヤの左手へ持たせてあげた。
そして、「スターライガの指揮官」であるレガリアの一声から新たな宴が始まる。
「(これが私の大切な仲間たち……彼女らの笑顔が絶えないよう、私は戦い続ける……!)」
談笑する仲間たちの姿を見守りながら、レガリアは心の中で強い決意を固めるのだった。
深々と雪が降り積もり、今年も綺麗な銀世界に彩られたサニーメル市。
コンチェルト家のクリスマスは例年とあまり変わらない。
市内に位置するサニーズの実家を訪れ、彼女の父親や帰郷したロサノヴァと食卓を囲むのだ。
本職のパティシエであるチルドが振る舞う料理はとても美味しく、彼女のクリスマスケーキを一度食べたら既製品では満足できなくなってしまう。
「ごめんねー、今年はちょっと下準備ができなくて……いつもより出来が悪いかも」
チルドはこう弁明しているものの、丁寧に調理された七面鳥のローストを見るとそうは思えない。
「そんなことは無いと思うぞ? 君が作る料理はいつでも美味い」
「しっとりとしていて脂っこさも少ない……調理方法も食材選びも良いね」
切り分けられた肉を美味しそうに頬張るサニーズとロサノヴァ。
「そ……そうかな? 二人が喜んでくれるのなら良かった……」
その様子を見たチルドは嬉しかったのか、両手で顔を覆いモジモジしている。
一昨日まで戦場にいた人間とは思えない光景だが、今はそれでいい。
来たるべき新たな戦いに備え、再び牙を研ぎ始めるその日までは……。
オリエント連邦有数の名門であるオータムリンク家だが、そのクリスマスパーティは意外に質素だ。
両親と酒を酌み交わしていたシズハは酔いを醒ますため、少し肌寒い廊下へ足を運ぶ。
「(この書類にサインをしたら、今度こそ後戻りはできなくなる……か)」
バイオロイドとの戦いを終えた後、彼女はレガリアから二枚の紙を渡されていた。
一枚は自分自身、もう一枚はミノリカ宛ての物で内容自体は同じである。
その内容とは「モビルフォーミュラ操縦者の長期契約について」。
オータムリンク姉妹はスターライガへ正式加入する際、MFドライバーとして年末までの短期契約を結んでいた。
待遇的にも戦死時の補償こそライガたちと同じだが、それ以外の権限や契約金において差を付けられている。
レガリアが新たに提示した長期契約はエースドライバーたちと同格になることが確約され、技術部門への開発要望提出や小隊長としての作戦参加が認められるようになる。
当然、契約金もそれ相応の額まで引き上げられるだけでなく、撃墜数など戦果に応じたボーナスが新たに支給されるのだ。
裕福な家庭に生まれ育ったので金には困っていないが、それでも報酬が増えるのは魅力的といえる。
ただし、この新契約にサインすると最低3年間(2102~2104)はMFドライバーとして活動することを義務付けられ、個人的な問題で契約期間を満了できなかった場合は莫大な違約金が発生する。
また、契約解除時の状況次第ではスターライガに関する一切の発言を制限される可能性が高い。
そして、レガリアは可能であれば好意を抱くシズハを傍に置いておきたいと考えている。
つまり、一度契約を交わしてしまったら一生レガリアへ付いていくことになることを覚悟するべきだ。
「あ……姉ちゃん、ここにいたんだ」
壁にもたれ掛かりながら契約書を見つめていると、ビール瓶を抱えたミノリカが歩み寄って来た。
「酔いを醒まそうと思ってな……」
「それ、レガから渡された契約書でしょ?」
姉の手元を訝しげに覗き込んだミノリカは片方の書類を奪い取り、記載内容をじっくりと確認する。
一通り読み終わった後、彼女は契約書をシズハへと返した。
「ここまで来たのなら、私はとことんやるよ。レガやライガたちと一緒に戦って、世界には戦いが溢れていることを知ったから。人間同士の戦争はやりたくないけど……でも、地球人が自ら宇宙へ出る時代なら身を守る手段が必要だと思うの」
「宇宙進出した人々を護る剣……スターライガが次に為すべき役割か」
妹の話をシズハは相槌を打ちながら聞いている。
「……お前を説得しようとしても無駄なのは分かっている。だが、戦士として命を懸けるか当主として一族の繁栄に尽くすか……もう一度だけ考えてくれ。決めてしまったら後戻りできない選択肢だからな」
そう言うとシズハは先程の書類をミノリカへ渡し、廊下の奥に向かって歩き始める。
「ちょっと! もう寝ちゃうの!?」
「最近は忙しすぎてな……父さんたちには休むと伝えておいてくれ」
大きな欠伸をしながら背筋を伸ばす姉の後ろ姿を見守るミノリカ。
「分かったわ……おやすみなさい、姉ちゃん」
彼女の……いや、オータムリンク姉妹の選択は既に決まっていた。
ヴワル市内のとあるマンション。
故郷スプリングフィールドまで戻ることが殆ど無く、恋人もいないサレナのクリスマスは毎年一人きりである。
今年は姉のリリーと過ごせる可能性もあったが、彼女は「コミケ」というイベントのために日本へ行っているので、やはりクリぼっちとなってしまった。
もっとも、今年ラヴェンツァリ家に起こった出来事を振り返るとクリスマスを祝う気持ちになどなれない。
元々クリスマスの日は自宅で過ごすサレナだが、今年は部屋の電気も点けずベッドの上で毛布に包まっていた。
「(母さん……貴女は……何をするつもりだったの……?)」
暗闇の中でウトウトと眠りに落ちかけていた時、インターコムの音で意識を呼び戻される。
ブラウスを着ながら慌てて玄関を開けると、宅配業者の女性スタッフが荷物を抱えて待っていた。
「失礼します、サレナ・ラヴェンツァリさんのお宅でしょうか?」
受け取った2つの荷物の外見はプレゼントボックス―中身は食品らしいので、テーブルの上に置いて早速開封してみる。
細長いほうは少し高価そうなシャンパンとクリスマスカード、もう一つは真っ白なクリスマスケーキが入っていた。
クリスマスカードには手描きと思われる可愛らしいイラストが描かれ、裏面を見るとこれまた手書きのメッセージが添えられていた。
今年は一緒にクリスマスを過ごそうと思ってたけど、本職の仕事で日本へ行くことになってごめんね。
その代わりにシャンパンとクリスマスケーキを送っておきました。
お姉ちゃんからのプレゼントをしっかり味わって欲しいな。
来年の私たちの誕生日―2月4日には二人でちょっとした旅行にでも行きましょう。
……辛かった2101年が終わり、2102年は良い年となりますように。
―Lily Laventsari
同じヴワル市内でもこちらはヴェレンディア区の高級住宅街。
ライガの家では独立している2人の子どもたちとレティを招き、例年通りクリスマスパーティが行われていた。
ただ、今年は少し雰囲気が異なる。
いつもなら1年間で起こった出来事について話すレティとライガがなかなか会話しないのだ。
「……ライガ、せっかくのクリスマスぐらいは肩の力を抜いたら? 私だって今日は仕事のことは考えていないのよ」
場の空気の悪さを感じたレティが息子を諭すと、ライガもようやくリラックスしたように息を吐く。
「そうだね……母さんの言う通り、家族の前でこういう姿は見せられないな」
その様子を見たルチルは嬉しそうに微笑んでいたが、一つ気になることがあり夫へそっと耳打ちする。
「(ねえ、レティとケンカでもしたの? マザコン気質なあなたにしては珍しいと思うけど)」
「(ケンカってわけじゃないが……まあ、色々あったのさ)」
「(ふーん……)」
結局、バイオロイド事件にあまり興味が無く、そもそもスターライガのことを知らないルチルは親子に何があったのか分からなかった。
まあ、仲直りしたみたいなので良しとしよう。
「そうそう、あなたたちって来年フィンランドまで旅行に行くんでしょ? だったらお土産で可愛いムー○ングッズを買ってきてよ」
その時、思い出したかのようにレティが来年の旅行のお土産をねだり始める。
「え? 元々オシャレな食器でも贈ろうかと思ったんだけど……ムー○ンのぬいぐるみで良いの?」
「ええ、それで良いわよ。50cmぐらいのやつね」
仕事中は有能でカリスマ性溢れる歴戦の指揮官だが、家に帰れば可愛い物が好きな息子思いの母親。
レティ・シルバーストンとはそういう女性である。
ルチルや彼女の子どもたちは、世間のイメージと目の前にいる本人のギャップに思わず笑ってしまった。
ダーステイ家のクリスマスは今年も和やかに過ぎていく。
だが、オロルクリフ家の12月25日は祝祭日とは程遠い雰囲気に包まれている。
12月23日深夜、難病と戦い続けていたレイナがこの世を去ったからだ。
そう、姉たちが宇宙でバイオロイドと戦っていたあの日、末女のレイナも自らを蝕む病魔に最期まで抗い続けていた。
正式な葬儀は年末までに行われる予定だが、彼女へ別れの挨拶をするためにわざわざオロルクリフ邸まで訪ねてくれた親族もいる。
来客も途絶えた25日の夜、ルナールはレイナが使っていた部屋に一人佇んでいた。
丁寧にメイキングされたベッドの上には棺が置かれ、その中で妹は安らかに眠っている。
子どもの頃はねぼすけさんのメルリンをよく一緒に起こしに行ったものだが、レイナが目を覚ますことは二度と無い。
思い出に浸りながら部屋を見渡していた時、ドレッサーの上に残された紙切れに目が留まる。
それはヴァイオリン演奏用の楽譜―ルナール自身の手で創られた曲であった。
「(どうして私の楽譜がレイナの部屋に……?)」
不思議に思いつつも楽譜の内容を確認していると、少しずつであるがこの曲を思い出すことができた。
曲名は「死に逝く者への祈り」。
元々は仕事の依頼で作曲したモノだったが、諸事情によりお蔵入りとなって以来コンサートでも演奏せず、楽譜を見るまで存在さえ忘れていた曲である。
少なくともルナールは長らくこの楽譜へ触れていなかったにもかかわらず、埃を被っている様子は見られなかった。
おそらく、今月初めの一時帰宅の際に姉の部屋から持ち出したまま病院へ戻り、片付けることなくこの世を去ったからだと思われる。
もしくは、死後にルナールが見つけてくれることを見越しての行動なのか。
……この曲の楽譜を読んでいた時、レイナはどんな気持ちだったのだろう?
「(そうだな……ある意味、君を見送るのに最も相応しい曲かもしれないな)」
ルナールが何かを思い出したかのように部屋を出て行くと、今度は使い込まれたケースを携えて戻って来る。
この中には大学時代まで愛用していたヴァイオリンが収められており、懐かしい匂いを感じつつ彼女はそれを取り出した。
ドレッサーの前にある椅子へ腰を下ろし、ゆっくりと弦を弾き始める。
オリエント連邦が生んだ稀代のヴァイオリニスト、ルナール・オロルクリフの奏でる魂の音色が空気を震わせた。
妹が決して瞳を開けることは無いと知りながら、彼女は全身全霊の演奏を星の海へ捧げる。
「(この曲を創った意味……十数年も経ってようやく分かったよ)」
即興の演奏会を静かに見守る2人の人影―メルリンとリリカの姿が廊下にあった。
ありがとう……そして、さようなら。
だけど、姉さんたちとは必ず再会できるって信じてる。
いつか星の海で……私は何十年でも待っていられるから。
だから、姉さんたちは私よりもずっと長く生きてね。
……約束だよ。
ボルシチ
東欧諸国では一般的なウクライナの伝統料理。
地理的に近いオリエント連邦でも広く普及している。
インターコム
所謂「インターホン」のこと。
オリエントの電機メーカーが英語圏風の名称を用いているため、国民の間ではこう呼ばれる。




