【61】天翔けるスターライガ(後編)
「サニーズ! 後方にスラッガーフェイスが付けているわ!」
シュピールベルクとシルフウィング、スラッガーフェイスとシャドウブラッタによるドッグファイトは熾烈を極めている。
この4機はいずれも運動性に優れる格闘機であるため、相手よりも有利なポジションを取ろうと急旋回を繰り返しているからだ。
仮に敵機の背後に付けても、攻撃できる時間はほんの一瞬しかない。
攻撃ばかりに集中していると後ろから撃ち抜かれるか、あるいは真っ二つされてしまう。
スターライガ側は残りの機体を全て本隊護衛へ向かわせており、ここからは操縦技量と機体性能による真剣勝負だ。
「チッ、しつこい女は嫌われるぞ!」
敵機の位置を目視確認しながらサニーズはスロットルペダルを蹴り、Uターンのように鋭い旋回で振り切ることを狙う。
しかし、敵機のドライバーも腕を上げているのか、以前よりも明らかに食らい付いてきている。
本来は大気圏内を得意とするシルフウィングの機体特性も影響しているのだろう。
「あなたたちの相手は私よ!」
シルフウィングを追いかける敵機たちに対し、シュピールベルクのレーザーライフルによる牽制攻撃が飛ぶ。
蒼い光線をスラッガーフェイスは最小限の動作でかわすものの、シャドウブラッタは大きな回避運動を取りシルフウィングから離れていった。
先程までの混戦時から気になっていたが、やはりスラッガーフェイスを駆るエレナはサニーズ個人を狙っているのだろう。
「フッ……貴様に助けられるとはな」
「軍にいた頃に何回か助けられたから、そのお返しよ。ほら、まだ敵機に張り付かれてる!」
シャドウブラッタへ攻撃を仕掛けつつ、レガリアは僚機に対し注意を促す。
サニーズとしてはシルフウィングの性能を100%引き出しているつもりだが、意外にも振り切ることができない。
自分たちが思っていた以上に若い力は育っているのだろう―それだけに、このようなカタチで実感するのは残念である。
機動力自体はスラッガーフェイスのほうが高いらしく、着実に距離を詰められている。
「流石だな……何も言うことは無い。だが、ここまでだ」
シルフウィングの運動性へ追従してくるエレナに対し、サニーズは率直に感心していた。
そして、本気で戦える相手だと判断した彼女は、初めて愛機の「フルパワーモード」を解禁するのだった。
軽量化を追求しているシルフウィングは高剛性のわりに機体フレームの耐久性が低く、これまでは過剰な負荷を掛けないようカタログスペックの80%程度の出力で運用していた。
ロサノヴァからは「最大出力は本当に必要な時だけ使え」と言われていたし、サニーズ自身も必要だと思う状況に出くわしたことが無かった。
20%程度のパワーダウンなら、自らの腕や味方との連携で補えるからである。
だが、今回ばかりは少々勝手が違う。
スラッガーフェイスの最高性能はシルフウィングの出力80%より高いはずであり、何よりも別の敵機と戦うレガリアにあまり頼ることはできない。
彼女は彼女で尻を追いかけ回す「ゴキブリ」を退治しなければならないからだ。
「(1分だ……1分で仕留める。貴様が墜ちるか、私が空中分解するか……チキンレースといこうじゃないか!)」
HISに表示されているE-OSドライヴの回転数が19500rpmから22800rpmへ急上昇する。
「手加減抜きで楽しませてくれよ、エレナ・トムツェック!」
その瞬間、純白と青緑のMFのマニューバは更に鋭さを増した。
一方、レガリアとフェンケの対決は互いの機体特性を活かすことで膠着状態を迎えていた。
運動性自体はフェンケのシャドウブラッタのほうが僅かに高いが、レガリアのシュピールベルクにはファイター形態の高機動力がある。
前者はドッグファイト、後者は一撃離脱戦法を狙い続けているため、結果として互いに決め手を欠く状況が続いている。
「(このままでは埒が明かない。陽動部隊と再合流する前にエネルギーが切れるわね……)」
元々高出力なうえに光学武装を多用するシュピールベルクの燃費はあまり良くなく、レガリアはE-OS粒子と推進剤の残量に気を遣いながら戦闘を行っていた。
現状ではまだ余力が残っているが、気が付くと予想以上に消耗していることも珍しくない。
「(サニーズ……は、ちょっと頼れそうにないか)」
ふと視線を移すと、純白と青緑のMFが激しいドッグファイトを繰り広げている様子が見えた。
横からチョッカイを出すと怒られそうなので、ここは自力で切り抜けるしかないだろう。
「フェンケ少尉、聡明な国防空軍の士官ならこの戦いが無意味であると分かるはずよ。我々の……いえ、この世界の明日の為に退いてくれると助かるのだけれど」
これ以上戦いが長引くのを避けるため、レガリアは一か八かオープンチャンネルで休戦を呼び掛ける。
フェンケをぶん殴ることは何時でもできるが、ライラックを打ち倒せるチャンスは今日が唯一かもしれないからだ。
良い答えが返って来るとは思っていないが、結果はどうか……?
「愛する人を喪った世界の明日など……! 貴女を射ち落とし、その首を天国のドーラへ掲げる!」
呪詛に満ち溢れたフェンケの声を聞いた時、レガリアは明確な不快感を抱く。
だが、それと同時に彼女の中に残された「哀しみ」も確かに感じ取っていた。
「……個人のエゴで戦うなど、軍人としては失格ね。たとえ、『哀しみ』があなたの身体を突き動かしているとしても……!」
最初、レガリアは自らの心の中に流れ込んで来たモノが何か分からなかった。
相手の言葉に対し燃え盛るような怒りを感じた後、心を締め付けるような痛みが彼女を襲う。
それは……フェンケが今まさに抱いている感情そのものだったのだ。
「……!? 私の心に踏み込んだ……ふざけないでよっ!!」
心を読まれたと錯覚し、激昂したフェンケの攻撃がシュピールベルクへ向けられる。
「これはまぐれなのよ! ……クッ!」
レガリアはこう釈明したが、残念ながら偶然ではない。
彼女やリリーは「人類の革新」へ少しずつ近付いており、これは第1段階に過ぎないからだ。
アサルトカービンの銃撃を間一髪で回避すると、機体をファイター形態へ変形させつつ一旦距離を置く。
説得は成功するどころか、逆に相手を怒らせる結果に終わった。
フェンケの哀しみに触れてしまったとはいえ、彼女とエレナを倒すしかスターライガに突破口は無い。
「レガリア、シャドウブラッタの動きがおかしいぞ! 何があったんだ!?」
戦場の異様な状況をサニーズも察したらしいが、彼女を心配させまいとレガリアは笑ってこう答えるのだった。
「大丈夫よ。ただ……少しばかり、本気を出さなくちゃいけないみたいね」
パルトナやシルフウィングと同じく、シュピールベルクも普段から最大出力で運用しているわけではない。
元々エネルギー消費が激しい機体であるため、ドラオガと戦った時も「95%」のパワーにとどめていた。
そう、シュピールベルクは「100%の性能」をまだ出したことが無いのだ。
これまでは高度な整備技術とレガリアの技量でカバーしてきたのである。
「悪いけど、私の首は天国へ持って行けるほど綺麗じゃないの!」
敵機の位置を再確認し、クルリと機体を反転させたシュピールベルクが銃弾の雨を掻い潜る。
「当たれ! 当たれっ! 当たれぇぇぇぇっ!」
先程までとは全く異なる機動力に驚いたフェンケのシャドウブラッタは、左手にもアサルトカービンを持ち弾幕を展開する。
しかし、緋色のMFは正解ルートをなぞるように攻撃の隙間を抜けていく。
「全力で行くわよ、シュピールベルク!」
銃撃が止んだ一瞬の隙を突き、シュピールベルクは人型のノーマル形態へ姿を変える。
そして、腰部ハードポイントから右手に取った改良型ビームジャベリンを敵機に向かって投擲した。
「そんな見え透いた攻撃!」
投擲されたビームジャベリンの速度はレーザーや銃弾よりも遥かに遅く、フェンケのシャドウブラッタは容易く回避しつつ再装填したアサルトカービンによる攻撃を行う。
……もっとも、回避されることは最初から想定済みである。
「真っ向から突っ込む!」
シャドウブラッタが短時間ながら回避運動を取っている間、シュピールベルクは最大推力で一気に距離を詰めていた。
アサルトカービン程度の攻撃力ならシールドと機体その物の装甲で十分防ぐことができる。
自分の頭ぐらいある銃弾が近くを掠めていくが、レガリアは全く物怖じせずスロットルペダルを踏み続けた。
彼女の意図を察したフェンケはすぐに防御姿勢を取るが、それが整う前にシールドを構えたシュピールベルクの体当たりが炸裂する。
極めて原始的な攻撃ではあるものの、重さ2000kgの鉄の塊が音速に近い速度でぶつかれば全く無傷とはいかない。
たとえ機体へのダメージは抑えたとしても、受けた衝撃自体を減らすことはできないからだ。
「ぐあぁっ!」
狭いコックピットの中でフェンケの身体が大きく揺さぶられる。
シートベルトとHANSを装着していなかったら脊椎を傷めていたかもしれない。
衝撃に耐えて目を開けた時、彼女が見たのは自らへ向かって振り下ろされる蒼き光の刃だった。
「っ! まだまだぁっ!!」
攻撃が命中する直前、シャドウブラッタは上半身を僅かに右側へ傾ける。
その結果、コックピットを溶断するはずだったビームソードの斬撃は鎖骨に相当する「スタビライザー」と左肩を一気に切り裂いた。
ビームの閃光と高熱を我慢しつつフェンケは右操縦桿を操作、残されたアサルトカービンによる反撃を試みる。
「遅いのよ!」
だが、それよりも早くシュピールベルクは後退しており、シャドウブラッタが撃ち抜いたのは放棄されたシールドであった。
敵機にしつこく纏わりつかないのが一撃離脱を得意とするレガリアの戦い方だ。
一旦距離を置いた緋色のMFは左手に構えたレーザーライフルでシャドウブラッタを牽制しつつ、先程投擲したビームジャベリンの回収を急ぐ。
「これ以上付き合ってはいられないわ! あなたを倒し、私たちはその先へ行く!」
右手にビームソード、左手にビームジャベリンを携えたシュピールベルクは再び加速。
チャフとフレアをばら撒きつつ、シャドウブラッタとの間合いを急速に詰めていく。
「その憎悪を……『哀しみ』だけを断ち切る!」
圧倒的なスピードを前に、今回ばかりはフェンケも反応できない。
気が付いた時にはビームジャベリンがシャドウブラッタの腹部を貫通しており、目の前には緋色のMFが迫っていた。
そして、蒼く輝くビームソードの一閃が漆黒のMFの胴体を切り裂くのだった。
おかしい……。
さっきまでは全然付いていけていたのに、敵機―シルフウィングの機動が急に鋭くなったせいで全く追い付けない。
「なんだこのスピードは!? まさか……前回はまだ本気じゃなかったとでも言うのか」
「そう、そのまさかだよ」
唐突にオープンチャンネルで耳に入ってくる相手の声。
彼女―サニーズはまだまだ余力を残しているようだった。
「初めて戦った時は貴様如きにフルパワーを出すまでもないと思っていたが……何度でも立ち向かってくる勇気に敬意を示し、私とシルフウィングの全力で相手をしてやる。それが『戦士』としてのマナーだからな」
「『戦士』だと……違う、私は『兵士』なんだぞ!」
エレナの叫びを聞いたサニーズは思わず失笑する。
どうやら、この小娘は自分が何をやっているのかすら分かっていないらしい。
「ハンッ、何を言っているんだ貴様は? 『兵士』が自らの欲望のままに闘ったらダメだろうが」
「な……!?」
「軍隊の歯車であるつもりなら、闘いへの欲求を殺せ。軍人としての責務よりも強くなることへの渇望が勝っている今のお前は、もはや『戦士』以外の何者でもない」
サニーズは別に「強さ」を否定しているわけではない。
むしろ、彼女自身はどんなカタチであれ「強さ」を追い求めることを肯定している。
その点では自分を超えようという決意を持つエレナに期待を寄せていた。
だが……独りよがりの闘いを始めてしまった時点で、彼女は軍人としては失格である。
軍隊とは「国土や国民を守る」のが目的であり、自らの強さを極める場所ではないのだ。
真のエースドライバーに求められるのは「卓越した技量」「気高き誇り」「折れぬ心」「仲間への信頼」……そして、「本質を見極める目」。
軍隊や今回の戦い……自らの本質さえ分からなかった時点で、エレナは「真のエース」に必要な要素の一つが根本的に欠けていたと気付くべきだった。
サニーズに勝ちたい―。
それへの執着がエレナの「心の目」を閉じていたと言っても過言では無い。
確かに、彼女は天才的な操縦センスを持っているし、その能力も極めて高い。
しかし、自らの本質に気付かない限り、本当の意味でライガやレガリアに比肩し得るエースドライバーにはなれないだろう。
「貴様が強さを証明したいのなら、私に勝ってみせろ! 付いてこい!」
次の瞬間、シルフウィングは圧倒的な加速力を以ってスラッガーフェイスを突き放す。
エレナもすぐに推力全開で追いかけようとしたが、スロットルペダルを踏み抜いているにもかかわらず敵機の姿は遠くなっていく。
「もっと速く飛べないのか!? スラッガーフェイス!」
叫んでも機体は応えてくれない……いや、彼女の心の迷いが足を引っ張っているのか。
「遅い! やはり、貴様では私とシルフウィングに追い付けないみたいだな!」
その直後、スラッガーフェイスの左肩が蒼い斬撃に切り裂かれる。
咄嗟に反応して回避しなかったら、コックピットへ直撃していただろう。
「(なんて速さだっ! これが元エースドライバーの実力なのか!?)」
シルフウィングのスピードを目で追うことはできない。
未来位置を予測しレーザーライフルを発射するが、光線の向かう先は敵機が先程通過した場所だ。
そうしている間にもビームレイピアの斬撃とレーザーアサルトライフルの銃撃がスラッガーフェイスを襲い、機体へのダメージを蓄積させていく。
搭乗機の火力の低さを豊富な手数で補う―これが高機動戦闘を得意とするサニーズの戦い方だ。
「音速を超えた戦いを見せてやる!」
両手にビームレイピアを構えたシルフウィングの攻撃が熾烈さを増す。
レーザーライフルを破壊されたスラッガーフェイスは格闘戦に持ち込むべくビームソードへ持ち替えたが、今度は右腕ごと斬り落とされてしまう。
「(次は後ろから! だが、避けられるか!?)」
中破した機体でなんとか回避運動を試みるエレナ。
しかし、努力も空しくバックパックに攻撃を受けてしまうのだった。
「やられた!? パワーも推力も……落ちていく……」
MFのバックパックはE-OSドライヴとメインスラスターを収める重要箇所である。
当然ながら設計者もそれを理解しているので装甲を厚くするのだが、サニーズの一撃は構造上脆い部分を正確に狙っていた。
これは卓越した技量はもちろん、敵機の特徴をしっかり把握していなければできない芸当だ。
つまり、スターライガは何かしらの方法でスラッガーフェイスの設計を知っていることになる。
「この世からの卒業試験だ! バラバラに切り裂いてやる!」
最後のトドメと言わんばかりに加速したシルフウィングが迫って来る。
出力が上がらないスラッガーフェイスにもはや戦う力は残されていない。
「私の負けだ……実力も機体性能も……!」
コックピットの中でそう呟きながら項垂れるエレナ。
そんなことなど御構い無しにビームレイピアの斬撃が左腕と両脚を溶断し、鋭い刺突が腹部を貫く。
「これでラスト……『サヨナラ』だ!」
突き刺した2本のビームレイピアをハサミの要領で動かすと、スラッガーフェイスの上半身と下半身が真っ二つに分かれる。
放心状態のエレナを乗せたまま、スラッガーフェイスのコックピットブロックは暗い宇宙を漂い続けるのだった。
「(次はもっと強くなって帰って来い。もっとも、コテンパンにされて立ち直れるかは貴様次第だが……)」
撃破されたスラッガーフェイスのデブリを機体の手に取りつつ、サニーズは広大な宇宙空間を眺める。
今までは戦闘に夢中で気付かなかったが、改めて見ると「星の海」は本当に綺麗な世界だ。
神話の時代―まだ宇宙を知らなかった頃の人々が憧憬を抱いていたのも納得がいく。
操縦桿から右手を放し、遥か遠い星へ向かって伸ばす。
「……敵機の全機撃墜を確認。レティさんご自慢のエース部隊との決着は付いたわね」
星々へ想いを馳せていると、レガリアのシュピールベルクがシルフウィングの右肩にマニピュレータを添える。
「ああ……宇宙旅行といきたいが、そうも言ってられんな。私たちも陽動部隊と合流するぞ」
「補給はどうするの?」
E-OS粒子と推進剤にはまだ余裕があるが、バイオロイドが物量作戦を仕掛けてきたら底を尽くかもしれない。
「今は時間が惜しい。このままグラーフ・ツェッペリンの周辺まで向かうべきだ」
「了解、それじゃあ私の機体に掴まりなさい。全速力で飛ばすわよ」
そう言うとレガリアは機体をファイター形態へ変形させ、上面に乗るよう促す。
シルフウィングが手頃な部分を掴んだのを確認し、彼女はスロットルペダルを踏み込むのだった。
ライラックの野望とスターライガの正義、この世界の明日を懸けた決戦の幕が上がろうとしていた。
ドーラ
ドラオガの愛称。ちなみに、「ドラオガ」とは古代オリエント語で「地上性のドラゴン」を意味する。




