【60】天翔けるスターライガ(前編)
インフィニティブルーの現在位置からグラーフ・ツェッペリンまでの距離はさほど離れていない。
MFの機動力なら10分も掛からないぐらいだ。
しかし、実戦経験豊富なサニーズはこの程度の移動であっても仲間に周辺警戒を徹底させている。
「おかしい……敵の目と鼻の先なのに、やけに静かだ」
「マスドライバーに押し寄せてきた連中が全戦力だとは思えないしな」
サニーズの右後方に機体をポジショニングしているルミアも違和感を抱いていた。
彼女らは敵襲が来ると予想していたのだが……。
「こちらパルトナ、目標地点までの距離は残り半分。このまま何事も無ければ良いんだが」
ライガとリリーの目的はあくまでも「ライラックを倒すこと」であり、極端に言えばそれ以外の敵を相手取る必要は無い。
そういう仕事をするのは陽動部隊の役目だ。
機体の消耗も可能な限り避けたいし、パルトナとスパイラル3号機は予備機に格下げされたスパイラル6号機及び8号機の脚部を改造したブースターポッドを増設しているため、小回りが利き辛くなっている。
対MF戦に持ち込まれないのなら、それが一番良い。
「安心しろ、貴様とリリーをエスコートするのが私たちの―」
その時、サニーズの言葉が中途半端に詰まる。
「―クソっ、高速で接近してくる敵機を捕捉した! 数は2機!」
「こっちにはまだ映ってないぞ!」
どうやら、敵部隊は前衛のアルフェ・チームの方が近いらしく、それよりも後方にいるライガたちの機体ではまだ捕捉できない。
「リグエルよりシルフウィングへ、この識別信号は国防空軍のものだ!」
「何ですって!?」
リゲルは隊長機であるサニーズに対して報告したつもりだったが、何故か反応したチルドが驚いている。
それはともかく、ここまで来てオリエント国防空軍が妨害をしてくるとは予想外だった。
「目の前の国防軍機! 今は人間同士でやり合っている場合じゃないんだ、道を開けてくれ!」
戦闘を回避できる可能性に賭け、ライガがオープンチャンネルで呼び掛ける。
……だが、返ってきたのは沈黙であった。
「ライガ! 相手が少数機なら、全速力で突破しなさい!」
後衛として控えるレガリアから直接指示が飛ぶ。
彼女の言う通り、ごく少数の敵機だけなら決戦仕様の機動力を活かして強行突破できるかもしれない。
問題はリリーがそれに付いてこられるかであるが、その心配は不要なようだ。
「レガの言う通りだよ! ここは思い切って行こう!」
「……よし、しっかり付いてこい! 飛び方は身体に叩き込まれているはずだ!」
「了解!」
相方の意思表示を確認し、ライガは愛機のスロットルペダルを踏み込むと同時に操縦桿の「多目的ボタン」を押す。
普段は防御兵装の手動操作に割り当ててているが、今回だけはブースターポッド作動へ変更している。
「みんな、空軍のバカヤロウどもの相手は任せた! ここから先は俺とリリーでやる!」
「ええ! 二人とも、必ず生きて帰って来なさい!」
レガリアが激励の言葉を送った時、ブースターを点火した2機のMFの姿は小さな蒼い光点になっていた。
「さあ、流星になってこい!」
一方、本隊が自分たちを追い越していくのを確認したサニーズも、彼女なりの言葉で鼓舞するのだった。
「……状況を確認!」
「こちらカシオペア3。敵戦力は護衛空母1隻にMFが14機、そのうち2機は突出して接近しています」
カシオペア3―フェンケ・ヴァン・デル・フェルデンがそう告げると、エレナ・トムツェックは操縦桿を握る力を強める。
クビアト島襲撃の報はその時点で宇宙へ上がっていたエレナの耳にも届いていたが、ドラオガが戦死したと知らされた時は正直に言って信じられなかった。
しかし、それ以上に驚いたのは先日合流したカシオペア隊残存隊員のことである。
彼女らの「隊長の敵討ち」に対する執念……そして、スターライガへ抱く凄まじい敵意は想像を絶するレベルだったのだ。
特に、ドラオガを心から尊敬していたフェンケの場合、以前会った時とはまるで別人ような雰囲気を纏っていた。
「フェンケ、あまり気負わないようにな。戦場では冷静さを欠いたヤツから死ぬぞ」
「私は別に気負ってなどいないし、冷静さも保っています……!」
本人はこう否定しているものの、言葉の震えが彼女の心理状態を如実に反映していた。
「隊長は気を遣ってくれてるんだよ―あ、間もなく敵先行部隊と交戦可能距離に突入します」
敵機との距離を観測していたレムリーズからの報告を受け、エレナは全機へ交戦許可を出す。
「全機、まずは突っ込んでくる2機をやるぞ」
「オリオン1、警告を行わないで攻撃するんですか?」
「その前にカシオペアの連中が噛み付くからな」
エレナ機のマニピュレータが指差す方向を見ると、確かに2機のシャドウブラッタが敵機にヘッドオンを仕掛けようとしていた。
「ライガ、前方に敵機が2機!」
レーダーだけを見ているであろうリリーはこう言っていたが、ライガは宇宙の闇に溶け込む漆黒のステルス機―シャドウブラッタの存在を見逃さない。
地上に比べたら有視界戦闘が難しい宇宙とはいえ、最後に頼れるのは己の目と直感なのである。
「いや、ステルス機が紛れ込んでいる!」
「くっ……位置の再確認を!」
「その必要は無い、このまま突っ切るぞ!」
以前スラッガーフェイス及びシャドウブラッタと戦った際のデータから、これらの機体は運動性が高く機動力は平均程度であることが分かっている。
つまり、決戦仕様の速度を活かせば十分振り切ることができるはずだ。
あくまでも目的は「グラーフ・ツェッペリンへの到達」だというのを忘れてはならない。
「うん、分かった!」
敵機からの攻撃などものともせず、ライガたちの機体は敵編隊のど真ん中を強行突破する。
スパイラル3号機とシャドウブラッタがすれ違う瞬間、リリーは敵機のドライバーと視線が合った気がした。
「(これは……憎悪? だけど、どうしてそんなモノを感じ取ったの……うぅっ!)」
シャドウブラッタのドライバー―フェンケが纏う負のオーラが障ったのか、一瞬だけとはいえリリーを眩暈に似た不快感が襲う。
幸い敵機が後方へ離れていくと同時に治まってくれたものの、単なる体調不良とは考えにくい。
確かに元々感受性が強いリリーだが、このような経験は今まで全く無かったからだ。
「リリー! 動きが少し乱れているぞ、大丈夫か!?」
「ええ……敵機とすれ違う時、何も感じなかったの?」
心配してくれたのに質問で返すようなマネをして悪いと思ったが、意外にもライガはあっさりと答えてくれた。
「……純粋な憎悪だな。だが、戦場ではよくあることだ」
だが、彼はそれ以上言葉を続けるつもりは無い。
「そう……」
結局、眩暈の原因について明確なヒントを得ることはできなかった。
エレナの指示よりも先に攻撃を仕掛けたカシオペア隊の2人だったが、シャドウブラッタの機動力ではパルトナ及びスパイラル3号機を追撃することはできない。
「クソッ、振り切られた!?」
「カシオペア2、もう奴らを追いかけるのは不可能だ。諦めろ」
本来ならカシオペア2―ドレイクの行動は命令違反であるものの、エレナはそれを咎めることは避けた。
処罰などは帰還してから改めて考えればいい。
……もっとも、今回の相手と戦って無事に戻れればの話だが。
「各機は方位1-1-4へ針路を転回! スターライガにヘッドオンで仕掛けるぞ!」
「オリオン2、了解!」
「カシオペア2、了解」
「……」
フェンケだけ応答が無い。
もはや、隊長の声さえ聞こえないほどの闇に呑まれてしまったのか。
「カシオペア3、聞こえているのか! 私の指示を復唱してみろ!」
「方位1-1-4へ転回し、敵部隊に正面から吶喊―以上です」
「分かっているのならいいが……」
ヘッドオンで突っ込めとは指示したが、それで敵機を落とせるかは分からない。
敵編隊の中央に入って撹乱を行い、散開した敵機を各個撃破していくのが理想的な状況だ。
無論、戦力差を考えれば突撃した瞬間に壊滅する可能性も大いにありえる。
「なるべく味方機とはぐれないように行動しろ……今だ、Feuer! Feuer!」
エレナの独特な号令と同時にオリオン・カシオペア混成部隊が一斉射撃を行いつつ、スターライガの大編隊へ襲い掛かった。
「アルフェ・チーム各機は散開して敵機を追い込め!」
「シュピールベルクよりヴィルタ・チーム各機へ、アルフェ・チームの散開を待って射撃開始!」
スターライガ側は前衛のアルフェ・チームが散開し反撃の準備、後衛のヴィルタ・チームで敵部隊を迎え撃つという戦術を選んだ。
「今よっ! 攻撃開始!」
敵部隊が射線上へ入ってきたタイミングを見計らい、レガリアは小隊全機へ攻撃指示を下す。
複数方向からレーザーや無反動砲の砲弾が飛来し、後方はサニーズ率いるアルフェ・チームに押さえられている。
どうやら、エレナの立てた作戦は完全に裏目に出ていたようだった。
「しまった!? オリオン2、被弾した!」
「だいじょ―おい、コックピットに直撃しているぞ!?」
ダメージを受けたと言うレムリーズ機の状況を確認したエレナは驚愕する。
部下のスラッガーフェイスは左腕が完全に吹き飛ばされ、胴体の装甲板も爆風で捲り上がっていたからだ。
よく見るとコックピットに風穴が空いているようにも思える。
設計者の想定通りシールドと左腕がダメージを受け止めたため、コックピットブロックまで破壊されるには至らなかった。
当然、実戦では上半身ごと消し飛ぶ事例も珍しくなく、今回のレムリーズは極めて幸運だったと言えるだろう。
「1分も持たないなんて……我ながら情けないよ!」
「それではもう戦えない! 追い討ちを掛けられる前に後退しろ! これは命令だ!」
レムリーズは悔しそうにダメージインジケーターを確認していたが、隊長に言われるまでもなく戦闘続行は不可能である。
「……了解。オリオン2、後退します」
結局、使用可能な携行武装を全てエレナ機へ託すと、彼女は中破した機体を庇いながら戦闘宙域を離脱するのだった。
強襲を包囲攻撃で返された時点で計算が狂っているのに、貴重な戦力を失ってはますます勝機が遠のいてしまう。
……元々勝機など無いと言ってしまえばそこまでだが。
ちなみに、レムリーズ機へ致命傷を与えたのは、スパイラル7号機の無反動砲による攻撃だったことが戦闘後に判明した。
「(レム……お前は私がプライドを守る為の戦いにまで付いてこなくていいんだ)」
大局を見据えれば無意味だと分かるこの戦いで、大切な部下を死なせずに済んで良かったとエレナは内心ホッとしていた。
同時に、職業軍人でありながら不必要な意地を張る自分自身を「惨め」だとも感じている。
スターライガからしてみれば、オリオン・カシオペア混成部隊が邪魔者であることなど一目瞭然だからだ。
「(クソッ! 一体何の為に戦っているんだ……私は!)」
迷いを抱いている中で放たれたレーザーライフルの光線は、敵機を掠めること無く宇宙の暗闇に消えるのだった。
「お前たちだけはこの手で叩き潰す!!」
「隊長を殺す必要など無かったのに、あなたたちは一線を越えた!」
一方、迷うこともできず憎しみへ呑み込まれつつある若者が二人。
今は亡き隊長への尊敬がこの結果を招いてしまったのか。
若者が持つべき柔軟さを失ったドレイクとフェンケの姿を見たスターライガの面々は、「哀れみ」さえ抱いていた。
「腕は悪くない、若さゆえの勢いも良し……だが、憎悪を纏った攻撃など当たるものか!」
ドレイク機が繰り出すヒートダートの連続攻撃を、リゲルのリグエルは最小限の動作で回避し続ける。
リゲルはカシオペア隊との戦闘にはほとんど関わっていないため、これは完全にお門違いといえる。
そして、冷静さを欠いていたドレイクはリグエルの「些細な動き」を全く見抜けなかった。
「これで決めるっ!」
ヒートダートを敵機のコックピットへ突き立てようとするシャドウブラッタ。
だが、ドレイクの渾身の一撃は容易にかわされたばかりか、逆にリグエルに右腕を掴まれるというピンチを招く。
「真面目な性格が操縦に出ているね。攻撃がストレート過ぎるんだよ、君は」
若さが残る相手をそう評しつつ、リゲルは愛機のパワーを最大限引き出しシャドウブラッタの右腕を引き千切った。
リグエルが搭載するE-OSドライヴはガミルスよりも高い出力を誇り、現在スターライガが運用する機体では最強のパワーを持つ。
この強大なパワーから繰り出される徒手空拳がリグエルの武器その物である。
勢いそのままに放った回転蹴りがシャドウブラッタの胴体に直撃し、漆黒のMFは回転しながら宇宙を漂う。
大気が無い宇宙空間では空気抵抗により減速することが無く、何かしらの力が加わらない限り一定速度で動き続けるからだ。
ドレイクはスラスターを駆使し何とか機体姿勢を保とうとするが、もう遅い。
最大推力で突撃してくる黒きMFの姿が彼女からもハッキリと見えた。
「僕は君を殺さない……殺すのは憎悪だけだ!」
リゲルの気迫がリグエルの右アッパーへ伝わり、シャドウブラッタの胸部に深くめり込む。
「ぐふぅっ!?」
シートの方に押し出されてきた補助計器盤で身体を圧迫され、ドレイクは形容し難い呻き声を上げる。
「食らえ! 彗星アッパー!」
普通ならこのままマニピュレータをコックピットまで貫通させるが、今回は相手の命を奪うことが目的ではない。
敵機の表面装甲を貫いた段階でリグエルは右腕を引き抜き、それ以上の追撃は行わなかった。
……予想以上に攻撃が深く入ってしまったのは想定外だったが。
「派手にやったなぁ! ありゃ死んだんじゃないのか?」
エレナと戦いながら一部始終を見ていたルミアは肩をすくめる。
「君を殺さない」などと言っていたくせに、コックピットを直接狙ったのには驚かされた。
仮に自分が同じことをやっても、力を入れ過ぎて相手はあの世逝きだろう。
「フッ……腕が良いから手加減ができるのさ。力が入り過ぎるのはアマチュアの悪い癖だな」
「けッ、リゲルのくせによく言ってくれる。残っている連中は手加減できるような相手じゃないぜ」
スターライガ側が敵機を速攻で2機仕留めたのは紛れも無い事実だ。
だが、残るべくして残ったのは「国防空軍の現役最強ドライバー」と「憎しみに呑み込まれた若者」である。
ルミアの言う通り、一筋縄ではいかないだろう。
「引導を渡すのは僕たちの仕事じゃない。それぞれ因縁のある相手にやられたほうがスッキリすると思うよ」
4本の蒼い光跡が互いに交差を繰り返す様子―高機動戦闘の光を見守りながらリゲルはそう語るのだった。
宇宙における方位
「スターライガ」の世界では宇宙でも方位を用いており、「銀河系中心の方向」を方位0-0-0(北の方角)としている。ちなみに、太陽系の中なら「地球の方向へ向かえ」「月から遠ざかれ」といったアバウトな表現でも通じる。




