【59】星の海
ヴォヤージュ宇宙基地において最も巨大な施設であるマスドライバー。
蒼い惑星と星の海を繋ぐ、軌道エレベータと並ぶ宇宙への架け橋だ。
「射出まで残り2分……全部門、最終確認を行え」
「各部門の責任者より報告……問題無しとのことです!」
マスドライバーの始点には1隻の護衛空母―インフィニティブルーが固定され、射出の時を待っていた。
本来インフィニティブルーは追加装備無しで大気圏突破可能なスペックを持つが、機関部の調整が完全ではないことから今回はマスドライバーによる加速を利用する。
「残り1分、空軍機が迎撃してくれているが大丈夫なのか!?」
「今は彼女らを信じるしかない!」
マスドライバー周辺ではユーケディウムの大編隊と基地所属の国防空軍MF部隊が激しい戦いを繰り広げていた。
スターライガは全機宇宙へ上がる都合上、迎撃用の戦力を抽出することはできない。
射出準備の邪魔になる対空射撃も厳禁だ。
つまり、インフィニティブルーが飛び立てるかはオリエント国防空軍に懸かっている。
「射出まで残り30秒! ボン・ヴォヤージュ!」
インフィニティブルーの艦尾にあるメインスラスターが点火、続いて艦全体を支えるカタパルトシャトルのロケットエンジンにも火が点された。
「秒読み開始、国防空軍機はマスドライバー周辺から離れろ!」
「10、9、8、7、6……」
管制室の職員全員が固唾を呑んで見守る。
「5、4、3、2、1……ゼロ! リフトオフ!」
オペレーターのカウント終了と同時にインフィニティブルーが加速、全長10kmに達するマスドライバーを一瞬で駆け抜け、鋼鉄の艦体は蒼空の向こうを目指し突き進んで行く。
「インフィニティブルーは順調に上昇中……やった! やりましたよ!」
「おお! 良いぞ!」
「最高の眺めね……」
「未来は蒼き方舟に託されたか……!」
大仕事をやり遂げた職員たちの歓声が、管制室中に響き渡るのだった。
宇宙を目指すインフィニティブルーの航跡は、ヴォヤージュ基地から遠く離れたヴワル空軍基地でも確認できた。
「どうやら射出されたようですな。レティ総司令官、やはり御子息の無事をお祈りですか?」
「そうね……私にとっては大切な一人息子だもの」
射出準備の様子は司令室にいるレティとペローズも逐一報告を受けていたが、自らの目で確かめることでようやく実感を得られた。
「果たして、このまますんなりと最後の敵まで辿り着けるかどうか……」
「あら、あなたは世界の終わりを望んでいるのかしら?」
そう聞かれたペローズは首を横に振る。
「むしろ逆ですよ、私にはカリーヌという幼い娘がいるんです。彼女の為にも世界は続いてもらわなければならない」
「我々大人ではなく、子どもたちのための未来というわけね……!」
蒼空の中の白い航跡が消えるのを、レティたちは最後まで見守っていた。
射出からわずか10分でインフィニティブルーは宇宙に到達し、生まれて初めて無重力空間を安定状態で漂っている。
「リリー、生まれて初めて宇宙に来たんだけど……全然地上と変わんないね」
「この艦に限らず、全領域艦には重力制御装置が搭載されている。そのおかげで艦内は常に1G―地上とほぼ同じ重力が人工的に掛かっているんだ。まあ、装置自体には乗組員の居住環境確保以外の目的もあるけどな」
宇宙の実感が湧かないというリリーに対し、ライガは非常に丁寧な説明をしてあげた。
重力制御装置は元々純地球製の技術ではなく、かつての戦争でフロリア星人たちがもたらした物である。
撃破された兵器から回収した装置を地球の技術者たちが頑張ってコピーし、戦時中にはそれを搭載できるよう改装された水上艦が現れている。
地球の全領域艦が水上艦の延長線上といえるデザインを持つのは、誕生した経緯によるところが大きい。
結局のところ、世界各国の海軍はSFチックな宇宙船よりもモダンな水上艦に慣れ親しんでおり、後者の方が運用ノウハウを活かしやすかったからだ。
パッと見では水上艦その物であるインフィニティブルーが大気圏内を飛んだり、ゆっくりと降下できるのも重力制御装置のおかげである。
ちなみに、重力制御装置はスペースコロニーでも使われており、装置実用化以前に提唱されていた「回転運動による重力発生」は非常事態時の対応となっている。
「さて、最後のブリーフィングを始めるけど……みんな揃っているかしら?」
本部と比べるとさすがに狭いインフィニティブルーのブリーフィングルーム。
進行役のレガリア含む14人だけで部屋の半分を占めている。
「ああ、全員いるみたいだ。始めてくれ」
ライガの報告を聞いたレガリアは立体映像のスイッチを入れるのだった。
今回の作戦はもはや言うまでもない、ライラック・ラヴェンツァリの打倒である。
彼女が決戦の場に指定したスペースコロニー「グラーフ・ツェッペリン」周辺は無数のスペースデブリが浮遊し、戦闘を行うには厳しい宙域である。
また、相手の方に地の利があるということは、何かしらのトラップが仕掛けられている可能性も否定できない。
そこで、ライラックが潜伏しているであろう宙域には少数機で構成された本隊が突入、残りの機体が陽動として支援する作戦を採る。
直接決戦に臨む本隊はライガとリリーの2人が担当し、彼らの機体には強襲攻撃を想定した追加装備が施されている。
一方、レガリアやサニーズなど陽動部隊の面々が乗る機体も宇宙戦用に微調整を行った。
最後の戦いである以上、敵勢力のこれまでに無い激しい抵抗が予想される。
あらゆる可能性を考慮し、臨機応変な対応で作戦に臨め。
ライラックの撃破―そして、MF隊全員の帰艦を以って作戦完了とする。
極めて困難な戦いが予想されるが……必ず生還せよ、それ以外は許可しない。
「ブリーフィングは以上よ……じゃあ、最後に『リーダー』の御言葉でみんなを奮い立たせてもらおうかしら」
そう言いながらレガリアはライガの背中をポンと叩き、彼に「リーダー」らしく振る舞うよう促す。
「御言葉かぁ……そうだな、俺からみんなに言えることは一つだけだ」
これまで共に戦ってきた仲間たちの姿を見渡し、「スターライガのリーダー」としてこう告げる。
「無事に帰って来い! 死んで英雄になろうとするな! 生きて帰った者こそ、真の英雄だ!」
そして、最後に「スターライガの指揮官」たるレガリアが指示を下すのだった。
「総員、心に槍を掲げよ! 全ての戦士に女神パルトナの加護を! スターライガ、出撃!」
インフィニティブルーのカタパルトでは「最終決戦仕様」のパルトナとスパイラル3号機がスタンバイしていた。
この2機は分割された陽動部隊のうち、サニーズ率いる前衛小隊「アルフェ・チーム」に続いて出撃する。
本隊の次にレガリア率いる後衛小隊「ヴィルタ・チーム」が発艦し、ライガとリリーの後ろを守るという特殊な隊形を組んでいる。
「ごめん、ちょっとライガに伝えたいことがあるから降りるね」
一番近くの作業員に一言謝ると、リリーは1番カタパルトにセットされているパルトナのもとへ向かった。
飛行甲板上は重力制御装置の範囲外であり、当然ながら彼女は水中を泳ぐようにコックピットへ近付いていく。
「おいおい、発艦直前に機体から降りるなんて、よほど大事な用か?」
チェックリストを見ながら最終確認を行っていたライガは、笑いながらもリリーが流されないよう彼女の手を引っ張ってあげる。
「私にとっては大事な用かもね……ねえ、少しだけでいいからヘルメットを外してくれる?」
彼女の真剣な表情を認め、ライガは何も言わずにヘルメットを外し素顔を晒す。
ひんやりとした「冷気」が彼の頬とサーバルキャットのような耳を撫でる。
仮に100年くらい昔の人々がこの光景を見たら、慌てふためくに違いない。
21世紀初頭まで「宇宙は極寒で空気が無く、人類が生身を晒すなど言語道断」とされていたからだ。
大昔の宇宙飛行士たちは、アメリカやロシアの博物館に展示されている「宇宙服」なる装備を着用していたらしい。
ところが、フロリア星人たちが特別な装備無しで宇宙空間にいたという事実に加え、地球側でも不慮の事故により生身同然で宇宙空間へ投げ出された飛行士が体調不良も無く生還したことから、地球侵攻以前の宇宙技術開発は大半が杞憂であったと結論付けられてしまった。
理由としては宇宙空間に漂うE-OS粒子が影響しているとされているが、詳細は未だ謎に包まれている。
……もっとも、人工衛星や宇宙飛行の技術は現代でも有効活用されているし、ライガたちが着ているコンバットスーツも宇宙服から発展した物だ。
宇宙の真実を知らなかった先人たちの努力は、決して無駄にはなっていない。
いずれにせよ、宇宙空間が地上よりも過酷であることは本当なのだから。
ライガに続いてリリーもヘルメットを外し、互いの額がくっつくほどの距離まで顔を近付ける。
そして、彼女はそっと幼馴染の唇を奪う。
「……ライガと一緒なら大丈夫だって、私は信じているから。私たちがまだ小さかった頃の約束……今でも憶えているのよ」
「『必ず君を守れる大人になる』か……僕もちゃんと憶えているよ。そして、今日がその約束を果たす時だ」
小さかった頃と同じようにリリーの頭を優しく撫でてあげると、彼女に自分の機体へ戻るよう促した。
「こちらパルトナ、スタンバイ完了」
「了解、ディフレクターを上げろ!」
作業員たちの撤収とディフレクターの展開を目視確認し、ヘルメットを被り直したライガはバイザーを降ろして気合を入れる。
「パルトナ、発艦スタンバイ」
「了解! パルトナ、発艦する!」
飛行甲板に埋め込まれているグリーンライトが点灯すると同時にスロットルペダルを踏み込み、普段よりも重たい機体が電磁式カタパルトの力で加速していく。
若干ふらつきつつもパルトナは無事に宇宙へと飛び立つのだった。
「フライトデッキからスパイラル04へ、1番カタパルトまで機体を移動させよ」
「スパイラル03、発艦スタンバイ」
3番カタパルトにセットされているスパイラル3号機も全ての準備を終え、あとはリリーが発艦を宣言するだけだ。
彼女は大きく深呼吸をしつつ周囲を見回し、操縦桿を握る力を強める。
「リリー・ラヴェンツァリ、スパイラル03……出撃します!」
先程のパルトナと同じようにスパイラル3号機も加速し、純白のMFは最後の戦いへ赴く。
甲板上ではライガとリリーの無事を祈る作業員たちが手を振って見送っていた。
カタパルトシャトル
全領域艦やSSTOがマスドライバーへセットされる際に支える台座。
これ自体にも再利用可能なロケットエンジンが搭載されており、大気圏突破のための「助走」をサポートする。
なお、カタパルトシャトルもマスドライバーの終点で空へ放り出されるが、すぐにパラシュートを展開し敷地内へ着地するようになっている。
「心に槍を掲げよ!」
オリエント国防軍において将兵が気合を入れる時に叫ぶ言葉で、少なくとも20世紀には使用を確認されている。
国外ではオリエント人のステレオタイプなイメージとして引き合いに出されることも多いが、オリエント人の前で軽はずみに使うのは好ましくない言葉である。




