【5】もう一人のシャルラハロート(前編)
ライガたちがサンリゼ市で大変な目に遭っていた頃、オリエント連邦最大の都市であるヴワル市も所属不明機の攻撃に晒されていた。
カーオーディオから流しているニュースによると、被害状況の詳細は不明だが一部地域では負傷者や行方不明者が出ているらしい。
「ったく、真っ昼間から破壊活動なんて正気の沙汰じゃないねえ」
紅いカラーリングのドイツ製高級セダンを運転する女―ブランデル・シャルラハロートはワザと大声で愚痴る。
彼女はレガリアの義妹であり、主に不動産業で頭角を現している。
今日も所有しているオフィスビルの視察を終え、自宅のある「トランシルヴァニア島」へと帰る途中だ。
トランシルヴァニア島は国内最大の湖である「ヴワル湖」の中央部に存在し、島全体がシャルラハロート家の私有地となっている。
ちなみに、ブランデルは姉レガリアがサンリゼ市へ「出張」している理由については知らされていない。
「ええ、国内でも特に治安の良いヴワル市でテロが起きるなんて信じられません」
助手席に乗っている赤髪の女性―ニブルス・オブライエンが外の風景を眺めながら呟く。
ブランデルより3歳年下のニブルスはヴワル市南部の名家であるオブライエン家の出身で、姉が家督相続人となることが決まっていたため家を出て名門国立大学で秘書教育を学び、8年前からブランデル専属の秘書として働いている。
元々ブランデルは活発な性格のためほとんどの雑務を自らこなしていたが、ニブルスを雇ってからは彼女へ仕事を任せることで負担が軽減された。
今では唯一の肉親であるレガリアを除き最も信頼される人物となっている。
ブランデルたちは別に市内中心部から逃げているワケではなく、被害状況の確認と避難場所の確保を行うため一旦自宅へ戻るつもりだった。
かつて武力蜂起という名のテロ行為で両親を喪っているブランデルにとって今回のような無差別攻撃は許し難いものであり、本心ではテロリスト相手に戦いたいと思っている。
しかし、元軍人とはいえ丸腰でMFへ白兵戦を挑むのは流石に無茶だと判断し、結局自宅方面へ逃げかえって来たのである。
ニュースではオリエント国防空軍が迎撃に上がったと報じているが、空に漂う空中戦の痕跡はむしろ範囲を広げつつこちら側へ向かっているようにも見える。
「今日が平日の昼間で良かったね。週末だったら渋滞で大パニックになっていたかもしれない」
交通量がまばらなハイウェイをとばしつつニブルスへ話を振るブランデル。
だが、ニブルスは車の進行方向をずっと見つめている。
次の瞬間、彼女の目が突如見開かれた。
「ブ、ブランデルさん! 危ないっ!!」
ニブルスが叫ぶのとほぼ同時に2機のMFが組み合いながら道路上へと落下してくる。
「分かってるっ!!」
ブランデルは目の前の事態に素早く反応し、ハンドブレーキを用いて車を急減速させる。
リアタイヤのロックにより盛大な白煙を上げながらも車は何とか停止することができた。
もっとも、非常に危険な状況であることは何ら変わっていないのだが。
「何なの、あの人……私たちのことを……見てる?」
頭を伏せていたニブルスが視線を外に向けると、落ちてきたMFのドライバーと目が合ったように感じた。
「空軍の娘には悪いけど、今のうちに逃げるよ! しっかり掴まって!」
そう言うとブランデルはアクセルペダルを底付きするまで踏み込み、車を急発進させる。
「MFが1機追いかけて来ますぅ!」
先程ブランデルたちの車を見ていたMF―サンリゼ市でライガたちが戦ったのと同型機が低高度で追尾してくる。
どうやら、謎のMFはブランデルたちの排除へ目標を切り替えたらしい。
厄介な事になったと感じつつも空いているハイウェイを駆け抜け、彼女らの乗る車はトランシルヴァニア島にあるシャルラハロート邸の関係者用地下駐車場へと辿り着いたのだった。
それが、ブランデルを新たな戦いへ導くとも知らずに……。
シャルラハロート邸の関係者用地下駐車場はセキュリティ対策の都合上3箇所存在し、普段から使用されているのは「カーパークA」及び「カーパークB」と呼ばれる区画である。
ブランデルたちが逃げ込んだのは滅多に解放されることの無い「カーパークC」だが、ここの入り口が開かれていた理由は彼女にも分からなかった。
そして、車のヘッドライトが照らす先には先程の機体とは異なる謎のMFが複数並んでいた。
「こ、これも……MF!?」
「何故ここに置いてある? しかも見たことの無い機体だ……!」
状況が理解できず目を合わせるブランデルとニブルス。
だが、こうしている間にも先程の所属不明機が追いかけて来る可能性がある。
彼女らには一刻の猶予も無かった。
「ニブルス! 私を置いて逃げるんだ!」
「えっ!?」
「あの機体に乗って迎え撃つ!」
呆気にとられるニブルスの肩を叩いて降車を促し、彼女が退避したのを確認するとブランデルは一番近くにあった謎のMFのコックピットへと乗り込む。
「動くといいけど―いや、こいつ……動くぞ!」
理由は不明だがMFは暖機運転が既に行われた痕跡があり、即座に戦闘行動が可能な状態となっていた。
そして、それを見越していたかの如く先程の所属不明機が駐車場内へと突入してくる。
「(ターゲット確認……将来的に脅威となる可能性の高い人物として排除することを提案する)」
所属不明機のドライバーが何者かと交信しているが、ブランデルはそんな事などお構いなく敵に向かって突撃する。
「やれるものなら……かかってこいやぁっ!!」