【51】BROKEN ARROW(後編)
「(事前情報よりも素早いな……まさか、知らないうちに性能が上がっていたのか)」
ヴワル市中心部までの距離が残り20マイル(約32km)を切る中、リゲルは必死に敵機を追いかけている。
リグエルは運動性が低いとはいえ、ユーケディウム程度の機体なら十分後ろを取れると思っていたのだが、予想以上に機動が鋭くなかなか捕捉できない。
シミュレーションではドックファイトへ持ち込めていたのを考慮すると、やはり機体性能を改良してきたと考えるのが妥当だろう。
すばしっこい相手に有効な対抗策の一つは動き自体を制限させることだ。
高機動機の強みが優れた運動性と加速力であることは言うまでもない。
地形的な制約の少ない空中戦ではそれが大きなアドバンテージとなる。
そこで、自由自在な動きを封じてしまえば持ち味を失わせ、捕捉するのが多少は容易になる。
自然の地形や建築物といった障害物がほとんど無い空中でどうすればいいかというと……。
「ミノリカ、ポジションチェンジだ! 君が敵機の後ろに張りつけ!」
「ええ!? 勝手に変えちゃっていいの!?」
「現場判断だから問題無い」
今使えそうな障害物―それはMFだ。
ユーケディウムが移動する方向を潰すようにこちらも動き、スナイパーチームの攻撃範囲内へ誘導してしまえばいい。
だが、未熟なミノリカが敵機の未来位置を先読みしながら操縦するのは無理がある。
一方、真後ろを取ってひたすら付いていく程度なら彼女の技量でも何とかなるはずだ。
先導機の移動経路をトレースする訓練も行っている。
安定性向上のためのチューニングが施されたとはいえ、スパイラル7号機の運動性はエクスタミネーターやリグエルより高い。
「君はひたすら敵機に食らい付いてプレッシャーを与え続けるんだ。彼女が急旋回したら僕が動きを潰していく」
敵機の行動を予測し、それを確実に潰していくというのは相当の観察眼と技量が要求される。
これに関してはリゲルにしかできない役割だ。
「いいか、『絶対お前に噛み付いてやる』という意志を見せろ。少しでも怖気づいたら振り切られるぞ」
「分かった、何とかやってみせるよ!」
ミノリカは機体をリグエルの位置へと近付け、同機とポジションを入れ替える。
リゲルは前方へと突出し、敵機の回避運動を押さえ込んだ。
相手の苛立ちがマニューバを見ればよく分かる。
即行で考えた作戦ではあったが、意外なほど上手く行きそうだった。
ユーケディウムが都市圏へ直行しないよう追い込むこと数分、ついに敵機がスナイパーの射程圏内へ入った。
「こちらエクスタミネーター、お前たちの真正面だよ」
「ルミア? 意外と早かったわね」
取り返した核弾頭の引き渡しに向かったルミアが予想よりも早く戻ってきたため、状況はますますスターライガ有利へと傾いている。
それに伴い彼女がミノリカからポジションを引き継ぎ、バイオロイドは自分より格上のドライバー2人に挟まれる格好となった。
「シャサール1からスターライガへ、もっと高度を上げてくれ。このままだと照準がし辛い」
国防空軍のスナイパーチームは平地の森林にカモフラージュしているため、低高度の敵機に対する狙撃は難しい。
高度が高すぎるのも問題だが、ある程度上空にいるほうが狙いは付けやすい。
「了解した。ルミア、相手が上空へ逃げるよう誘導するぞ」
「待て! バイオロイドの野郎、妙な動きをしてやがる……!」
敵機に違和感を覚えたルミアはHISのズーム機能で確認してみる。
胴体に阻まれて分かり辛いが、マニピュレータで何かを弄っているように見えた。
「……あいつ、核弾頭に何か細工をしている?」
ミノリカの何気無い一言からバイオロイドの意図を察し、ルミアとリゲルに緊張が奔る。
「まさか、僕たちを巻き添えに自爆するつもりか!?」
「このま……作戦失……り。攻撃目……スター……殲滅へ変更……!」
交戦距離が近いためか混線が発生し、ノイズ交じりではあるもののバイオロイドの声が聞こえる。
どことなくリリーに似ているが、彼女と違い抑揚が無く淡々とした声。
内容はおそらく「都市圏への核攻撃は不可能なため、代わりにスターライガを自爆に巻き込む」であろう。
ここにきて追い詰められたバイオロイドは最悪のカードを切ろうとしていた。
「新手のカミカゼってことかよ……! おい、シャサール1! 早く狙撃してくれ!」
「ネガティブ、まだ正確に照準できていない!」
「相手は核を起爆させるつもりなんだぞ! 早くしやがれっ!!」
通信越しでも分かるほどのルミアの剣幕に押され、シャサール1はやむを得ず狙撃を強行した。
動き回る敵機を擬似スコープに捉え、彼女はトリガーを引く。
しかし、自信を持てない状態で放たれた弾丸はユーケディウムの左肩を撃ち砕くにとどまった。
リグエルの脇を掠めるように射撃したが敵機のコックピットへはわずかに届かない。
「シャサール2、フォロー頼む!」
「無理です隊長! ここからじゃ届かない!」
「なんてこった……」
シャサール1は思わず頭を抱えてしまった。
こちらがリトライの態勢を整えるまで敵が悠長に待ってくれるとは考えにくい。
つまり、国防空軍が援護できるチャンスはほぼ失われたといえる。
「……一発撃ってくれただけでもいい、後は私たちに任せろ!」
後輩の努力を労ったルミアはついに自ら攻撃を仕掛けた。
エクスタミネーター用に開発された試作武装「プロト・ヒートバスタードソード」を構えると、それをシュピールベルクの主兵装「ビームジャベリン」と同じ要領で敵機のバックパック目掛けて投げつける。
「コックピットだけを潰してやる!」
不安定な空中で武器を投擲するのはかなりの技量が要求されるうえ、回収も地上に比べて遥かに難しくなるが、ルミアはミスが許されない状況下で一発で攻撃を成功させた。
しかも、ヒートバスタードソードは本来両手持ちで運用する武装であり、投擲などは想定していないのだ。
元々投擲には向かない武装なので飛距離は大して出なかったが、リゲルが回避運動を押さえ込んだおかげで命中させることができた。
「サンキュー、リゲル。お前のおかげで何とか当てられたな」
「お礼を言っている場合じゃないぞ! あいつ、核弾頭を大切に抱えたまま墜落するつもりだ!」
身体をMF用武装で貫かれたバイオロイドは最期の瞬間、意識が途切れる前に自動操縦へ切り替えていた。
一度作動させたら解除できないこのモードは「スーサイド・アタック」―スラスターが焼き付くほどの推力で目標へ突撃する、ある意味ではユーケディウム最強の攻撃。
どうやら、バイオロイドは核攻撃を実行するための手段を何重にも用意していたらしい。
「チクショウ! 私たちの機体じゃ追い付けないぞ!」
「僕はそもそも攻撃が届かない……捨て身で飛び込めば……!」
一種の暴走状態へ突入したユーケディウムの速度に追い付ける機体はほとんど無い。
機体ごとぶつかる覚悟で行けば止められるかもしれないが、それは生還の可能性を自ら絶つことを意味する。
「馬鹿な事を考えるなよ! お前が逝くぐらいなら、身寄りの無い私みたいな人間が死ねばいい!」
「ダメだ……! 君に2発も核弾頭の処理をさせるわけにはいかない!」
「カワイイ弟子たちが待っているんだろうがっ!」
敵機をよそにヒートアップしていくルミアとリゲル。
互いを親友として信頼してきたことが今は仇となってしまっている。
だが、ヴィルヌーヴで待っている弟子たちの存在を出されたリゲルはそれ以上の反論ができなかった。
「……納得したか? それじゃ……長生きしろよ、相棒……!」
命を燃やす覚悟を決めたルミアは静かにスロットルペダルを踏み込もうとする。
その時、彼女らのやり取りを眺めるしかなかったミノリカが不意に叫んだ。
「待って! 西の方角から味方が……これって!?」
西の方角―ウェルメンハイム市のほうから高速で戦域へと突入してくる機体があった。
レーダーディスプレイでそれを確認したルミアたちは「確信」を抱く。
「ったく、ご都合主義的に登場しやがってよ!」
「なるほど……ヒーローは遅れてやって来るということか」
夜空を高速で駆け抜ける1機のMF―パルトナは低空飛行するエクスタミネーターなどを追い越し、急降下で敵機へと襲い掛かった。
10分ほど前―。
核弾頭強奪の報告を受けた時、ライガが率いる小隊はウェルメンハイム市街地にいた。
当初は敵の増援を警戒し市内に留まる指示を出していたが、市長会会議が予定より早く切り上げられたためリリカへ指揮権を譲り、自らはルミアたちの救援へ向かったのだった。
指令室から逐一報告を受けていたので状況は理解している。
「ヴワル市まで残り10マイルを切っている! 頼むぞ、ライガ!」
オペレーターに言われるまでもない。
核攻撃は絶対に止めてみせる。
ヴワルには大切な思い出がたくさん詰まっているし、帰るべき場所を守らなければならない。
それに、攻撃目標に入っているであろうヴワル空軍基地には母がいるのだ。
「しかし、死してなお任務を遂……ようと……」
「指令室、ノイズが酷いぞ? それとも機体側の不調か?」
ライガの聴覚を耳障りなノイズが襲う。
HISを操作し通信状態の復活を試みるが、オペレーターの声はとうとう戻って来なかった。
「ルミア、聞こえているか! ここまで来て無線がイカれやがった!」
「あ……ぞ。……た?」
ルミアの声は一瞬だけ聞こえたが、ノイズに遮られ内容が分からない。
理由は不明だがパルトナに何かしらのメカニズムトラブルが起きているのだろう。
だが、機械の不調にしてはやけにタイミングが良すぎる。
少なくともウェルメンハイム市にいた時は予兆は無かったからだ。
「……なん……は? ジャミ……しか……いる!」
先程よりは明瞭に聞こえたものの、これを最後にルミアとの通信は完全に途絶した。
「―ようやく二人きりで話せるわね。あなたの機体だけに通信を割り込ませるのは、なかなか手間が掛かったわよ」
ライガの表情が一瞬固まった。
どことなくリリーに似た、聞き覚えのある声の持ち主。
彼女の名はライラック・ラヴェンツァリ。
「……博士、わざわざ俺に勝利宣言でもしにきたのか」
ライガの声には明確な苛立ちが込められていた。
「私は勝利宣言などしない。なぜなら勝利は義務であり、私に敗北など存在しないからよ」
一方のライラックは相変わらず傲慢な言い回しで切り返す。
「そして、あなたも勝利の義務を果たさねばならない運命にある」
「何が言いたいんだ、貴女は!」
「それが、『彼女』の子として生を受けたあなたの『責務』よ」
会話のドッジボール状態に歯を軋ませたくなったが、一旦深呼吸し気持ちを落ち着かせる。
「いくら貴女とはいえ、冷やかしだけなら通信を切るぞ」
ライラックはレティと仲が良かったこともあり、息子のライガとも小さい頃はよく遊んでくれた。
生まれる前に実の父を失っている彼にとって、ライラックは「パパ」か「もう一人のママ」と呼べる存在だった。
70年近く前の話なのであまり覚えていないが、少なくとも世界に対し宣戦布告をするような人物ではなかったはずだ。
「……核弾頭を2つ強奪したと言ったわね? あれは半分嘘よ。確かに、あなたのお仲間が取り返した物はいつ爆発してもおかしくなかった。だけど、残る1つは信管を意図的に取り外し、安全装置だけを残している」
「つまり、100%爆発するワケではないということか」
「そう、核爆発を見せつけること自体が目的ではない。今回はあくまでもデモンストレーションよ」
いくらバイオロイドが製造すれば数を補えるとはいえ、正攻法でオリエント国防軍とぶつかり合えば苦戦は免れない。
スターライガと国防軍が共同戦線を張り、可能性は低いが日本やアメリカも参戦してくれたら壊滅は必須だろう。
だが、破滅的な攻撃力を誇る核兵器の存在をチラつかせれば、よほどのバカでない限り迂闊に戦いを仕掛けることはできない。
こちらは何百万人の命を一瞬で奪うことができる―その事実を一般市民へ突き付ければ、軍隊も民衆の声を無視できなくなる。
軍隊を強引に動かした先に待っているのは、民衆の激しい反発だけだ。
正規軍の動きを封じること―これがライラックの真の目的だったといえる。
つまり、彼女はスターライガ相手なら確実に勝てると踏んでいたのである。
「ナメた真似しやがって……!」
「私の計画を挫きたければ、死ぬ気で止めるべきね」
「貴女は敵か味方か、一体どっちなんだ!?」
スターライガを完全に敵と認識しているのなら、聡明且つ負けず嫌いなライラックが自らハンデを課すとは考えにくい。
逆に味方だったとしてもこれまでの行動には疑問符が付く。
「ふふっ、強いて言うなら『世界の敵』。とはいえ、できればあなたとリリーは同志にしたいと思っている。あなたのお友達が核爆発で死ぬのは勝手だけど、あなたを喪うのは痛手だからね」
同志だと? ……ふざけるな!
僕は選民思想にも、それを実行するための戦いにも興味は無い!
ましてや、僕の戦友に死ねという奴とは相容れない!
貴女ほど急ぎ過ぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない!
「……そう、今はその答えで良い。だけど、いずれは旧態依然とした人類へ失望する時が来るでしょう。あなたには『人類の革新』のパイオニアになってくれることを期待しているのだけれど」
「『未来』とは『現在』が存在したうえで成り立つものだ。『現在』を軽視する者に『未来』は切り拓けない」
そうライガが反論すると、ライラックは諦観したように溜息をついた。
「……急ぎなさい。あなたの機体ならまだ間に合うでしょう?」
「俺は貴女の同志になる気など無い。だが、核弾頭の情報を教えてくれたことには感謝している」
「もしも私が嘘つきだったらどうする?」
「嘘をついているとは思えない……根拠は無いが、直感的に信じられる気がするんだ」
「信じてくれてありがとう。それじゃあ、せいぜい頑張ることね」
ライラックの最後の一言……それだけは70年前と変わらない。
再び通信にノイズが混じった後、彼女の声は完全に途絶えていた。
「こちら指令室、ようやく繋がったな。機体トラブルでも起こったのか?」
通信回線への割り込みが無くなったためか、今ならオペレーターの声がハッキリ聞こえる。
「ああ、ちょっと設定を弄ったら直ったぜ。ルミアたちが手こずっているのなら、俺がやる!」
これまでのやり取りは一旦頭の隅に置き、ライガはスロットルペダルをもう一度強く踏み込むのだった。
通信切断を確認し、ヘッドセットをデスクの上に置く。
「(レティ……貴女の息子とはいえ、彼と戦う時は手加減しないわよ)」
ライラックは椅子から立ち上がり、コートラックから取ったジャケットを羽織ると部屋を出ていく。
電源を入れたまま放置されたPCのデスクトップ画面には、誰も見たことの無いMFの設計図が映し出されていた。




